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吾妻行雄「ウニによる磯焼け」

東北大学 名誉教授 吾妻 行雄 

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私は、ウニと海藻の生態学が専門で、両者の関わり合いについて、北海道と東北地方の海で、約40年間、潜水して研究を行ってきました。本日は、直立する海藻が消失する「磯焼け」に及ぼすウニの影響についてお話します。

海の波打ち際から、凡そ水深30 m、海底が岩や大小の石からなる場所を沿岸岩礁域と呼びます。

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そこでは、海の中の林、海中林と呼ばれるコンブやホンダワラなどの大きな海藻の森が形成されます。海中林は、光合成を行って大量の有機物を生産します。そして、葉っぱを落とし、枯れて倒れて運ばれて、食べられ、または微生物に分解され、生産された有機物は、様々な生物へと循環されて生態系が成り立っています。自らの複雑な枝や葉っぱが創り上げる三次元的な空間によって、多様な生物が棲む、食う、食われる、隠れる、そして産卵する場所として機能しています。また、水産業の重要な対象種であるウニ、アワビ、サザエ、イセエビなどの海の底で生活する動物、メバル、カサゴ,ソイ、アイナメなど、魚の生活する場所として漁業が支えられています。
しかし、時として海中林は消失することがあります。これが磯焼けと呼ばれる現象です。磯焼けが起こると、海中林が生産していた有機物の量は、百分の1にも減少し、海中林に生活を依存した多様な生物も居なくなり、漁業生産も大きく低下します。
日本では海に面した39の都道府県の8割で磯焼けが起こっています。コンブの仲間の海中林が消失する磯焼けは、北半球と南半球の温帯から寒帯にかけて、世界で広くみられます。その主要な原因の一つは、高い水温と海水中の栄養の欠乏により死亡することです。東北地方太平洋南部の沿岸では、冬から春に、海中林の発芽と成長を促す、水温が低く、栄養の豊富な海流、親潮の影響が弱くなっています。そして、温暖化が著しく高まると、北海道の南部から東北地方の太平洋に分布するマコンブとホソメコンブは、2040年代に消失すると予測されています。

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コンブの仲間の海中林の磯焼けのもう一つの大きな原因は、海藻を食べる主要な動物であるウニが増えることです。増えたウニが海中林を食べ尽くしてしまうのです。海中林が消失した海底は、ウニが沢山生息し、無節サンゴモという石灰質のピンク色の海藻に覆われ、英語でウニの荒れ地sea urchin barrenと呼ばれます。何故、ウニは増えるのでしょうか。その原因の一つは、ウニを沢山食べて、その個体数を減少させる外敵となる動物が減ることによります。その代表的な動物は、北太平洋に分布するラッコと北大西洋に分布する体長が2mにも大きく成長する魚、タラの仲間のタイセイヨウダラです。これらの動物が多いとウニを沢山食べるので、ウニが減ってコンブの海中林が形成されます。しかし、少なくなるとウニは食べられずに増えて、磯焼けが起こります。アメリカのアラスカ州のアリューシャン列島に、19世紀に沢山分布していたラッコは、その毛皮を標的にした狩猟により、ほぼ絶滅し、磯焼けが起こりました。しかし、ラッコは、20世紀の初めに、条約で保護されて再び増え、コンブの海中林が回復しました。そして、1990年代には、主要な食べ物であった鯨を、大量に捕獲した人間によって奪われたシャチが、ラッコを食べるようになり、ラッコは劇的に減少して、再び磯焼けが起こりました。
タイセイヨウダラは、アメリカ東部のメーン州で、1930年代に漁業による激しい乱獲で個体数が著しく減少し、ウニが増えて磯焼けが起こりました。
いずれも、ウニを増やして、磯焼けを起こした原因は、人間の経済活動によると言えます。

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さて、ウニは産卵期に、雄は精子、雌は卵を海水中に放出して受精します。受精卵は分裂して、その後、孵化した幼生は、食用のウニでは14日から40日に渡って海中を浮遊する生活を行います。その時期は、死亡率が極めて高いことが知られています。幼生はウニの形となる変態と呼ばれる発育過程を経て、ウニの子供、稚ウニとして海の底での生活が始まるのです。
ウニが増える二つ目の原因は、この死亡率の高い幼生の期間が、水温が高くなると発育が早まって短縮するからです。これによって、幼生は死亡を免れ、稚ウニの数の増加に結びつくのです。このような仕組で、カナダの大西洋ノヴァスコシア州沿岸のウニは増えて、大きな集団となってコンブの海中林を食べ尽くしました。同様に、北海道日本海南部の奥尻島では、1983年生まれのキタムラサキウニが著しく増えたことが16年間のモニタリング調査で明らかにされています。

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東北地方太平洋の宮城県沿岸では、東日本大震災後に、キタムラサキウニの稚ウニが大量に生まれ、大人になる満2歳以降に生い茂るコンブの仲間、アラメを直接食べて消失させました。ウニは強固な5つの歯でアラメの茎の基部を噛み切ってアラメの体を海底に倒す、または茎から枝へと登って、いずれも最も好む葉っぱ、続いて枝、茎の順番に食べていくことが分かりました。
さて、コンブの仲間の海中林が、ウニに食べられて消失した荒れ地に、どのようにすれば、その海中林を再生できるのでしょうか。それは、海中林を消失させるウニの量よりも、はるかに少ない量になるまでウニを除去することです。しかし、ウニの除去によって海中林が回復しても、そのままでは再びウニが移動して集まって海中林を食べてしまいます。そのため、ウニを除去し続ける。海中林を再生させる場所をフェンスで囲って、ウニの侵入を防ぐ、などの方策が講じられています。

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一方、荒れ地に沢山いるウニは、身と呼んで、私達が食べる生殖巣が極端に小さく、痩せて、商品価値が無く、放置されます。ウニの生殖巣は生殖器官であると共に食べ物からの栄養を蓄積する器官です。荒れ地で採集したキタムラサキウニに、5月から7月の2ヶ月間、生のマコンブまたはワカメのメカブを与えると、商品価値の基準となる生殖巣の大きさ、味、色、臭いを著しく改善できることが分かりました。荒れ地から除去したウニを短期間蓄養し、品質を改善して商品化できれば、ウニ除去が促進されて海中林の回復にも寄与できると考えられます。
近年、気候変動により、九州と四国沿岸では、水温の上昇と、それに伴い、食欲を増した海藻を食べる魚によって海中林が消失しています。また、北海道南西部日本海沿岸では、コンブの栄養となる海水中の窒素が欠乏して、沢山いるウニを除去してもコンブの海中林が形成されない場所もあります。
気候変動に伴う海の温暖化と酸性化、そして海流の変化が進み、温度が急激に上昇する海洋熱波と嵐の頻度と強さが増して、沿岸岩礁域の生態系には、増えたウニに加えて、さらに大きな負の影響が及ぼされると想定されています。激変する環境に耐えうる海中林を、人間の手で維持・再生する新たな技術の開発が望まれています。

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