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田中研之輔「リスキリングのこれから」

法政大学 教授 田中 研之輔

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『リスキリング』という言葉を最近、よく聞くようになりました。

岸田首相も、日本経済の活性化のための「人への投資」の一環としてリスキリングの支援に、今後5年間で1兆円を投じるとし、総合経済対策にも支援策を盛り込みました。

また、NHKが主な企業100社に行ったアンケートでも、リスキリングを「導入した」または「導入する予定」と答えた企業は、全体の8割を超えました。
企業の中でも関心が高まっています。

リスキリングとは、社会変化の中で求められる知識を学び、新たなスキルを身につけることで、これまでとは異なる業務や職業に就くことを指します。

そこできょうは『リスキリング』について、なぜ今、注目されるのか、また、その目的についてお話しいたします。

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リスキリングが注目される理由は、次の4点です。
1点目はテクノロジーの目覚ましい発展、2点目は組織内キャリアから自律型キャリアへの働き方の転換、3点目はミドルシニア社員の再活性化、4点目がライフイベント期の学び直しです。詳しく見ていきましょう。

1点目は、テクノロジーの目覚ましい発展です。テクノロジーを導入することで、労働の自動化が進みます。オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授らが発表した「雇用の未来」という論文では、「今後20年間で、米国の総雇用者の約47%の仕事が自動化され、仕事自体がなくなるリスクが高い」という発表がなされました。私たちが日頃利用するコンビニエンスストアでもセルフレジが設置されたり、銀行での手続きがオンラインでできるようになるなど、毎日の生活や職場を劇的に変化させています。
実際に、業務の自動化により仕事がなくなる場合には、リスキリングをして、新しい職場へとチャレンジしていくことが求められます。また、テクノロジーの進化は、各業種の中でのデジタル化を牽引し、成長産業を創出していきます。テクノロジーを導入することで、これまでは主観的なフィードバックだったものが、客観的なデータに基づいてより的確な分析をしていくことも可能です。成長産業で働いていくためにもリスキリングは欠かせません。

2点目は、組織内キャリアから自律型キャリアへの働き方の転換です。組織内キャリアとは、これまでの日本型雇用の伝統的な働き方を指します。入社した企業の中で、適宜、ジョブローテーションをしながら、長年、働き続けていくキャリアになります。それに対して、自律的なキャリアとは、自ら主体的にキャリアを形成しながら、組織を活かしていく働き方になります。組織にキャリアを預けるのではなく、自らキャリアのオーナーになって、働いていくのです。コロナ・パンデミックでこれまでのオフィスでの働き方ができなくなった時に、リモートワークやオンラインワークも浸透しました。企業は一人ひとりのライフスタイルにあった多様な働き方を認める一方で、自ら主体的にキャリア形成していく働き方を求めるようにもなりました。自ら手をあげて新しい部署に移動する社内公募制度、社内外での副業、新しいことにチャレンジする制度や環境が整ってきました。新しい業務に取り組むには、必要とされるスキルの習得が不可欠です。

3点目は、ミドルシニア社員の再活性化です。働く意欲のある人に70歳までの就業機会を確保するよう、企業に努力を促す改正高年齢者雇用安定法が施行されて、「70歳現役時代」を迎えました。20代で社会に出てから、50年近く働き続けることになるのです。今、企業で問題となっているのが、50代社員のキャリア停滞です。終身雇用や年功序列で守られ長年働き続けてきた中で、目の前の仕事はこなしているものの、モチベーションが低下し、変化への適合を苦手とする社員が少なくありません。ある企業の人事責任者は、50代社員を「コンクリート」のように硬くて、頑丈で、変わらないと表現したこともありました。しかし、私が直接、50代社員にヒアリングをしてみると、「チャンスが与えられるのであれば、今からでも挑戦したい」と内に秘めた思いを持っているのです。50代社員が自ら社会変化に適合していく、具体的な行動としてリスキリングを促す企業も増えています。

4点目は、ライフイベント期間での学び直しです。少子化対策はこの国の社会課題です。産休や育休を取得しやすい制度や文化づくりが欠かせません。オンラインでの学習機会も充実化してきていて、誰もがいつでもどこからでも学ぶことができます。育休・産休中の学び直しをキャリアアップに繋げていくためにも、リスキリングに関連する助成金制度の確立なども求められています。もちろん、産休・育休の時期に、リスキリングする余裕なんかない、と思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。あくまでも、ライフイベント期のリスキリングは強制するものではなく、余力がある場合に、少しでも取り組むことができれば、十分なのです。

これら4つの要因から今、リスキリングが注目されています。それでは、リスキリングのこれからについても、政府・企業・個人の視点、から一緒に考えていくようにしましょう。

政府にとってリスキングの狙いは、「成長産業への労働力の流入とイノベーションの促進」です。「人への投資」を通じてリスキリング施策を充実化させることがゴールではありません。リスキリングによって、成長産業に労働力を流入させ、この国の経済を牽引するイノベーションを起こしていかなければなりません。人口減少に伴う人材不足は今後も数十年単位で続きます。人材不足を嘆くのではなく、人材を活かすために、リスキリングによるイノベーションの創出を広く国民に伝えていくべきなのです。

企業にとってリスキリングの目的は、「人的資本の最大化」です。社員一人ひとりが自らのポテンシャルを最大化して、働き続けるために、すべての社員が行動しやすいリスキリングプログラム、具体的には、社内研修やイベントでの学びの機会、オンライン学習ツールなどの継続的な利用をプロデュースしていくことが求められています。リスキリングプログラムを用意する人事部や人材開発部の社員は、常日頃から経営層と連携しながら、中期計画の中で人的資本を最大化するためのリスキリングプログラムを戦略的かつ計画的に準備していくのです。

個人にとってリスキリングの目的は、「人生100年時代を謳歌するためのセーフティネットの確立」であるということです。私たちは自らのこれからのキャリア形成のために、主体的かつ持続的に取り組んでいくようにしたいものです。性別・年齢・職歴を問わず、リスキリングを通じて、いかようにもまさに変幻自在に成長していくことができます。私が専門とするキャリア開発の現場では、変幻自在なキャリアを促進させるプロティアン・キャリアという最新知見も世界的に注目されています。

このように政府・企業・個人、リスキリングの目的はそれぞれ異なりますが、これから歩んでいくべき方向性は同じです。それは、リスキリングを通じて、1人でも多くの国民が心理的幸福感高く、チャレンジをし続ける、より良い社会や未来を創っていくことです。リスキリングとは、これまでやってきた実績をそれぞれが認め、これからの躍進のためにそれぞれが一歩を踏み出し、変化し続けていくこと、成長し続けていくこと。
リスキリングとは、この国の未来を担う持続的かつ集合的な活動なのです。

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