NHK 解説委員室

これまでの解説記事

平田オリザ「演劇を生かした教育」

芸術文化観光専門職大学 学長 平田オリザ 

s230207_003.jpg

 いま、演劇教育あるいは演劇的手法を使ったコミュニケーション教育の導入が全国に広がっています。私自身は、これまで二十年以上、演劇教育は対話の力をつけると考え、全国の小中学校で授業を続けてきました。いまも年間三十校から四十校程度の学校を回っています。また、私の暮らす兵庫県豊岡市では、七年前から市内三十四のすべての小中学校で演劇教育の導入が始まり、話し合いが得意な子が増える、他の授業でも発言率が増えるといった大きな成果を発揮しています。
その豊岡市には一昨年、日本で初めて演劇やダンスの実技が本格的に学べる公立大学として、兵庫県立の芸術文化観光専門職大学が開学し、私はその初代学長に就任しました。大学でも、一般教養などで演劇を取り入れる大学が少しずつ増えています。
今日は、この、演劇的手法を使ったコミュニケーション教育とはどういった内容なのか、どのような力がつくのかを話していきたいと思います。

 学校で演劇というと、学芸会のようなものを想像する方も多いと思います。しかし、いま広がりを見せているのは、授業の中、教室のなかで出来る簡単なコミュニケーションゲームや、スキットと呼ばれる短い台本を使って子どもたちが展開を考えていくワークショップ形式のものが主流となっています。

s230207_001.jpg

s230207_002.jpg

私がよく行う「転校生が来た」というスキットを使ったワークショップでは、まず一時間目は役を決めて、自分のせりふを言いやすいように台本を書き換えたり、動きを考えて上演してみます。二時間目はワークシートを使って自分たちでせりふを考えます。三時間目には発表と振り返り。三時間だけで終わる授業です。
 子どもたちはここで、役割分担や、話し合いの中での時間管理の大切さを学びます。
 子どもたちには最後の振り返りで、次のような話をします。
皆さん、今日は演劇の授業を楽しく受けたと思います。でも難しかったところもあったでしょう。一番難しかったのは、どの班も時間配分だったと思います。
 これまでの授業では先生から「これについて話し合いなさい」と言われて、それについて話し合っていればよかった。しかし今日の演劇の授業では、役を決めて、せりふを考え、練習をして、発表までしなければなりませんでした。ある班は役を決めるのに時間がかかりすぎたり、ある班は一つのせりふにこだわって先に進めなくなってしまいました。
 ジャンケンで決めていいこと、二、三分で結論を出さなければならないこと、とことん話し合わなければならないことを区別できるようになるのが大人になると言うことです。これから中学高校と、話し合いの授業が増えていきます。そのときに、今日の演劇の授業のことをちょっと思い出してもらえればと思います。

演劇教育の強みは、どの子にも居場所を作りやすい点にあります。私は小学校の先生方には、声の小さい子がいたら、無理して大きな声を出させないでいいですよと指導します。声の小さな子は、声の小さい子という役をやれば一番うまいのです。話すのが苦手な子にも少しずつ居場所を作って、コミュニケーションの楽しさを感じてもらうのも、この授業の役割です。
演劇教育の最大の目的は、他者理解にあると思います。
教育の世界ではシンパシーからエンパシーへという言葉が最近よく使われます。私はこれを「同情から共感へ」「同一性から共有性へ」と訳してきました。
 シンパシーは、可哀想な人がいたときに可哀想だなと自然に思う感情です。情操教育などを通じて、こう言った気持ちを育てることも重要です。

しかしエンパシーは、異なる価値観、異なる文化的な背景を持った人の行動や発言を理解しようする態度や技術を指します。
 同意はしないけれど理解にとつとめる。「僕はそうしないけれど、君がそう言う気持ちはわかるよ」というのがエンパシーです。
 演劇という他者を演じる行為は、エンパシーを育てます。他者を演じることで、「どうして、この人はいまこんなことを言ったんだろう、自分なら絶対こんなこと言わないのに」あるいは、「なぜ、この人はいま黙っているのだろう、自分なら、きっとこういうのに」といった違和感から気づきがうまれ、他者への理解が始まります。
異なる価値観を持った他者を認めること。さらにその他者と、どうにかしてうまくやっていくこと。
私はコミュニケーション教育の授業のまとめで小学生たちに次のようなことを伝えます。
 皆さん、今日の授業で何が難しかったと思いますか? 今日の授業は演劇の授業なので、まったく正しい答えがないということです。何が好きか何を面白いと思うかは人それぞれです。メロンが好きな子をイチゴ好きに変えられないよね。イチゴが好きな子をメロンが好きにもさせられません。どうしてメロンが好きなんだ、イチゴの方が栄養価が高いからイチゴ好きになれと首を絞めても無駄だよね。論理的に説得することは無理です。
 でも皆さんに兄弟がいたとして、お母さん、お父さんから「三時のおやつ何にする?」と聞かれて、喧嘩してたら、どっちも出なくなっちゃうでしょう。三時のおやつなら、お母さん、お父さんが買い物に行く一時半とか二時までに話しあって、結論を出して、伝えるところまでをやらなくてなりません。今日はメロンでいいから明日イチゴにしてとか、今日はイチゴでいいから、明日メロン多めにしてとか、兄弟仲良くするから両方出してとか。この中に、メロン大嫌いとか、イチゴ食べるなら死んだ方がましという人がいたら別ですが、ほとんどの子はそうじゃないよね。どっちかが出た方がいいでしょう。だったら、どうしますか? 話し合いますね。そして時間内に結論を出して、それをきちんと伝えます。
 話し合うというのはそういうことです。社会に出たら、自分の意見が百%通ることの方がまれでしょう。それよりも、相手が何を望んでいるかを受け入れてあげると、自分の意見も通りやすくなります。これが折り合いをつけるということです。
 こんな話を、演劇の授業のあとにすると、子どもたちは深く頷いてくれます。折り合いをつける、合意形成能力は、子どもたちにつけたい能力としていま、もっとも重視されている観点の一つです。
 多くの国では、学校教育のなかで演劇という科目があります。日本では高校の芸術教育は音楽、美術、書道そして工芸からの選択となっていますが、多くの国では音楽、美術、演劇という科目です。音楽の先生や美術の先生がいるのと同じように、演劇を専門とする教員も存在します。先進国の中で、日本だけが演劇を学校教育に取り入れる活動が、大きく遅れてしまっているのが現状です。
 しかし今般の学習指導要領の改訂で、「主体的、対話的で深い学び」ということが強く打ち出され、対話力の向上が一つの大きな目標、子どもたちにつけさせたい力の中核となりました。国語教育の中でも、従来の書き言葉中心の教育から、話す、聞くと言った音声言語の教育にも力を置くように内容が変わってきています。
 これからいっそう、演劇的手法を使ったコミュニケーション教育は広がっていくでしょう。指導者の育成など課題も多くあります。多くの関係者と情報を共有して、子どもたちが笑顔になる授業の開発に取り組んでいきたいと思っています。

こちらもオススメ!