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岩城一郎「社会インフラの老朽化対策」

日本大学 教授 岩城 一郎 

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 1960年代から80年代にかけて集中整備された橋やトンネルといった社会インフラの一斉老朽化が近年、社会問題となっています。我が国では2012年12月、1970年代の建設から30年以上が経っていた笹子トンネルで天井板落下事故が発生しました。この事故を受けて、政府は2013年をメンテナンス元年と位置付け、インフラの長寿命化を国の重点施策としました。さらに、国土交通省では2014年に全国に約70万ある橋に対し、国が定める統一的な基準により、5年に1回、近接目視点検を行うことを基本とする省令を制定しました。そして、笹子トンネルの事故から10年経った昨年12月に総合的かつ多角的な視点から戦略的に地域のインフラをマネジメントする方針を打ち出しました。

橋のメンテナンスに関する問題は地方の市町村ほど深刻と言われています。その理由は道路橋の約7割が市区町村で管理されており、こうした自治体では概して予算や技術力が不足しているためです。
国土交通省によりますと、建設から50年以上経過した橋は今年度34%に上り、10年後に59%まで急増するとしています。このまま放置しておくと、橋の老朽化がますます進み、将来通行止めなどにより、住み慣れた土地を離れなければならないことも予想されます。本日は社会インフラの中でも、特に地域の橋に焦点を当て、その現状とともに、老朽化を食い止める方策について考えたいと思います。

 橋はその材料、構造形式、役割や重要度、置かれている環境等、実に様々です。例えば、日平均交通量が10万台を超える都市内高速道路橋もあれば、地域の集落に通じる1本道に架かる橋もあります。その役割は全く異なりますが、人々の暮らしを支えるという点ではどちらも重要です。このように目的も役割も大きく異なる橋を画一的にメンテナンスすることは現実的ではありません。また、交通量や安易なコスト評価だけで、地域の橋を切り捨てることも理知的とは言えません。それぞれの橋に合ったメンテナンスのあり方を考えることが重要です。橋のメンテナンスに関する技術や技術者のレベルも千差万別です。高速道路橋や長大橋のような重要構造物をメンテナンスするために、ビッグデータを扱い、最先端のセンシング技術などを駆使する高度な技術者もいれば、地域の名もない橋を長持ちさせるために地道に活動する技術者もいます。このように、メンテナンス技術にはハイテクとローテクの両方があって、どちらも重要であり、適材適所に使い分けることでメリハリの利いたメンテナンスが実現します。

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橋の多くは水の作用によって劣化します。予算をかけずに橋の劣化を防ぐには、水の影響を極力防ぐことが大事です。そのためには、日々の歯磨きに相当する予防が重要となります。例えば、排水桝をきれいにしておく、橋の上にたまった土砂を取り除く、橋の手すり、すなわち欄干を塗装するなどです。こうした行為は虫歯に例えると、医療行為ではなく、日々の歯磨きに相当するものです。医療行為は医師が施しますが、歯磨きであれば住民でも行うことが可能です。また、災害時を含め、普段使い慣れている橋に異常を感じた際には役場に緊急通報することも重要です。こうして、住民が橋の簡易なメンテナンスに関わってもらうことで、橋は確実に長持ちしますし、住民のインフラに対する無関心を、関心、そして愛着へと変える効果も期待されます。

このように住民にも地域の橋の簡易なメンテナンスを担ってもらうため、大学の研究室において、住民でも実施可能な橋の日常点検チェックシートを考案しました。

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A4サイズで、表面がチェックシート、裏面が橋梁点検カタログ・橋の119番・使用上の注意事項から構成されています。学生らしい色合いやフォントを生かし、住民にも親しみやすいものになっています。例えばガードレールであれば、変形やさびといった損傷の有無と有りの場合、部分的か広範囲かを問うシンプルな内容となっています。点検は住民の安全に配慮し、橋の上の歩道や路肩のみから行うこととし、判断に迷ったら裏面のカタログを参照しながら評価する仕組みです。以前から住民と学生との協働による村づくりを進めてきた福島県平田村において、このチェックシートを配布したところ、多くの住民から地域の橋の日常点検結果が送られてくるようになりました。

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回収したチェックシートは、大学にて10点満点で評価し、点数の高いものは橋の歯磨きが必要なものとして赤や橙、低いものは健全なものとして青や緑で色分けし、電子地図上にプロットします。そうすると自分たちの地域のどこに歯磨きの必要な橋があるかが一目でわかります。それを見て、週末に住民が集まり、前述の通り、排水桝を清掃したり、橋の上にたまった土砂を撤去したり、欄干の塗装を行う。このような行為を橋のセルフメンテナンスと呼んでいます。住民により、橋の日常点検を行い、その結果を地図上に可視化し、歯磨きを行う。このようにサイクルを回すことで、平田村にある約60の橋は良好な状態に保たれています。こうした活動は地域住民のみならず、高校生や高専生、大学生の教育の一環とし、さらには役場職員や地元企業などに浸透しつつあり、現在約30の市区町村で実施されています。

地域の橋をはじめとするインフラは住民の生活を支えるまさに基盤であり、これが廃れては地方創生など成り立つはずもありません。一方、地域には都会にはない強み、「地域力」があります。住民と役場職員、あるいは住民同士が結束し、そこに地域の大学や地元企業のサポートを得て「地域のインフラはみんなで守る」を合言葉に、長持ちするための活動を行えば、まだまだインフラも地域も廃れることはありません。そればかりか、住民のインフラに対する当事者意識が芽生え、将来、橋の老朽化が顕在化し、廃止・撤去を議論することになっても、住民がその意思決定に主体的に関わり、適切な合意形成が果たせるものと思います。

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