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沼田雅之「プラットフォーム就労の課題」

法政大学 教授 沼田 雅之

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2022年11月25日、東京都労働委員会は、ウーバーイーツの配達員は労働組合法の労働者にあたるとして、ウーバーイーツの運営会社に対し、配達員らで組織する労働組合と誠実に交渉を行うよう命令しました。日本ではじめて、ギグワークに従事する就労者を「労働者」と認めたということで、大きな話題となっています。このニュースに接した方の中には、街中で見かける配達員が「労働者」として扱われていなかったことに驚いた方もいるかもしれません。この「労働者」として扱われていない就労者の増加は、世界的にも問題になっているのです。

こういった働き方について、「単発な演奏」を語源とするギグワークなどと呼ばれることがあります。
しかし、東京都労働委員会の命令でも、専業的に従事している就労者が一定程度いるとされていることから、その就労獲得形態の特殊性を表す「デジタルプラットフォームを介した就労」とするのが適切だと思います。

そこで本日は、このデジタルプラットフォームを介した就労者をめぐる現状と今後の課題についてお話しいたします。

情報通信技術の発達は、次々と新しい働き方を生みだしています。例えば、デジタルプラットフォームを介した就労が挙げられるでしょう。これは、インターネット上のウェブサイトやスマートフォンのアプリケーションといった仮想上の「場」(=プラットフォーム)で、一時的に労働力を利用したいという者と、一時的にでも労働力を提供して報酬を獲得したいという就労希望者がマッチングされることをいいます。世界的に見れば、このような働き方は、フードデリバリーだけではなく、ライドシェアや家事代行などでもその利用が広がっています。

デジタルプラットフォームを介した就労が拡大した理由は、情報通信技術やプログラムの進化に求められます。しかし、これらに支えられたウェブサイトやスマートフォンアプリは、デジタルプラットフォーム就労の「器」でしかありません。デジタルプラットフォームを介した就労の利用拡大は、その「器」を魅力的だと感じる多くの人に支持されることが必要です。

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様々な調査によれば、デジタルプラットフォーム就労者の多くは、時間や場所にとらわれない自由な働き方にその魅力を見いだしています。これはフリーランスといわれる就労者にも共通しています。フードデリバリーを例にとると、就労の開始と終了は、スマートフォンのアプリの起動と終了という就労者の「自由意思」によって決定されます。会社員のように、所定労働日や始終業時刻が予め決められているわけでもありません。もちろん、満員電車に揺られる通勤もありません。このように、デジタルプラットフォーム就労者は、ピラミッド型の企業組織の中で経営層から管理職を経て一般労働者に連綿と続く「命令の鎖」による明確な指揮命令を受ける関係になく、働く場所や時間に関して自由であり、煩わしい人間関係からも解放されているのです。なるほど、多くの人を引きつける魅力的な働き方だと思います。

しかし、こういった働き方には、課題もあります。ウェブサイトやアプリを介して取引される仕事の依頼そのものや報酬額は、膨大なデータとアルゴリズムを独占しているデジタルプラットフォームによって優位に決定されています。たとえば、就労者がアプリに表示される業務の依頼を断り続けると、アプリケーションの利用が停止されたりすることがあるとされています。料金交渉などもできません。就労者はアプリなどによって「最適化」された働き方が求められますが、この「最適化」はAIに基づいたアルゴリズムによって計算された机上のものです。決して人間的な働き方という意味での最適化がなされているわけではありません。こういった実態からも、デジタルプラットフォーム就労者は、利用しているデジタルプラットフォームの決定に一定程度拘束されていると評価すべきでしょう。会社員の場合の「人による支配」が、「アルゴリズムによる支配」に変わっただけなのではないでしょうか。これら就労者の働き方は時間や分単位に分割されているものの、結局、日雇労働者の働き方と本質的にはなんら変わらないのです。

ところが、デジタルプラットフォーム就労者の多くは、個人事業主として扱われています。この場合、労働者としての法的保護もなく、会社員等に適用されている有利な社会保障制度も適用されません。副業や兼業の場合はともかく、専業的なデジタルプラットフォーム就労者にとっては重要な問題です。これらの専業的な就労者は、「自由な働き方」という利益を得る一方で、会社員なら当然に享受できる保障の機会を失っています。労災補償も問題ですが、中長期的にみれば、低年金などの社会問題を生じさせることにもなるでしょう。

海外では、ヨーロッパを中心に、デジタルプラットフォーム就労者を「労働者」として保護しようとする動きが高まっています。

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フランスの破毀院は、フードデリバリーサービスで就労していた配達員とプラットフォーム事業者との関係は労働契約であると判断していますし、イギリスの最高裁もライドシェアの運転手を「労働者」としています。
ヨーロッパでは、立法化の動きも活発です。EUでは、「プラットフォーム労働指令」案が審議されています。この指令案では、デジタルプラットフォームとそのプラットフォームを介してプラットフォーム労働を行なう者との間の契約関係は、法的に雇用関係であると推定されるとする規定が設けられる予定です。また、アルゴリズム管理における透明性、公平性、説明責任を促進することも目指されています。

最初に紹介した東京都労働委員会の命令は、ウーバーイーツの配達員を労働者であると判断しました。その後、運営会社は中央労働委員会に再審査を申し立てましたので、まだ決着はしていません。仮に、この命令が確定したとしても、配達員に対して最低賃金が適用されたり、労働時間が規制されたりするわけではありません。もちろん、労災制度による補償も自動的にはなされません。労働組合と使用者が対等な立場で交渉を行うことを促進するというのが労働委員会の目的の一つです。今回の命令はこの観点から企業に包摂されていない配達員をも広く労働者と解したのです。
一方で、労災補償など、デジタルプラットフォーム就労者に対してどのような労働法・社会保障上の保護が必要かについての核心的議論は、ほとんどなされていません。今回の労働委員会命令がきっかけとなり、日本においてもこのような就労者に必要な保護とはなにかについて議論が進展することが期待されます。

労働者として保護すべきという議論になると、デジタルプラットフォーム就労者の中からも「自由な働き方を奪うのか」といった否定的な意見が出されます。しかし、デジタルプラットフォーム就労者は独立した自営業者といえるほどに経済的に独立していません。むしろ、他者のために自分自身で労務を提供し、その対価・報酬で生活をする者というのが実情でしょう。そして、このような就労者をめぐる状況は、企業に包摂されている労働者と共通しています。フリーランスなどといわれる企業に包摂されない就労者が増加しています。おそらくこの流れは今後ますます加速することでしょう。そうである以上、働き方/働かせ方に中立的な労働法・社会保障上の施策が必要です。「自由」と「一定の保護」は、相反する利益ではありません。

一方で、ハラスメントの横行など就労者の人格を脅かす存在ともなっている企業組織自体も変わらなければなりません。企業労働と企業に包摂されない働き方との間の垣根は確実に低くなっています。自由な働き方を希求する就労者が魅力的と感じる企業組織とならない限り企業の持続的な発展は望めないという主張は、決して言い過ぎではないと思います。

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