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岩永雅也「特異な才能の子どもへの学習支援」

放送大学長 岩永 雅也

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 中央教育審議会は、2021年1月、文部科学大臣への答申で「令和の日本型学校教育~個別最適な学びと、協働的な学びの実現~」を提言しました。その中で、学校教育全般に関する提言に加え、特異な才能のある児童生徒の指導や支援の在り方などについても、個別最適な学びの一環として検討すべきことが指摘されました。それを受け、同年6月、文部科学省は「特異な才能を持った児童生徒への指導のあり方」に関する有識者会議を設置しました。私も一員として加わったその有識者会議では、特異な才能を持った子どもたちへの教育と支援のあり方について1年以上にわたって議論・検討を行い、2022年9月、その議論の整理と提言を含む「審議のまとめ」を答申・公表しました。ここでは、その「審議のまとめ」の内容を紹介し、併せて、日本における才能を持つ児童生徒への学習支援の課題とこれからについてお話ししたいと思います。

会議では、まず、この分野における理論や学術上の整理、各種取り組みの現状、諸外国の動向などに関するヒアリングを行いました。それと併せて、審議の目的についても議論され、「優れた才能を社会に生かすように」という社会目線の目的ではなく、「誰もが才能に相応しい学びの機会を得られるように」という個人の立場に立った目的を設定した上で議論することが確認されました。
その上で、こうした問題に関する現状や人々の意識を知るため、全国に向けてのWebアンケートを実施しました。その自由回答欄の記述から、約1,000件にも上る具体的な事例を把握することができました。

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例えば、「多言語を自学で習得」、「小学校2年生で大学の数学も理解」「7歳で大学の研究に参加」あるいは「8歳で量子力学や相対性理論を理解」といった特異な才能に関する回答がありました。

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一方で、特異な才能があるがゆえの困難についても、例えば「授業の雰囲気を壊さないようわからないふりをするのが苦痛」とか、「わかっている内容ばかりでノートをとらずにいたら、意欲がない子とレッテルを貼られて不登校に」といった学校での経験、あるいは「全般的に同じペースで発達するのではない非同期発達、過興奮性などについて教師が理解できるよう研修の機会を」などの要請も回答されていました。また、こだわりの強さから同年齢の子どもたちの集団から浮いてしまい、孤立感を募らせる、いじめの対象になる、などの状況も回答から浮かび上がってきました。ただ、会議では、そうした高い能力を持った子どもたちについて、単に上級学年や上級学校へ学年を「飛ばし」たとしても、それだけでは何の解決にもならないという意見も強く出されました。多くの場合、そうした措置によって却って異年齢集団の学級になじめなくなるなど、問題がいっそう深刻化することすら予想されるからです。有識者会議の各委員は、そうした問題に対して、学年を飛ばすという単なる例外的な措置にとどまらない、より本質的で教育的な対応が必要であるという認識を共有しました。
次いで、現状においてそうした特異な才能を持った子どもたちのための国内の取り組みについての詳細な紹介がなされ、その利用可能性や課題についても議論されました。とりわけ義務教育段階を中心に、例えば文部科学省の公的な取り組みである「ジュニアドクター育成塾」や、次世代の傑出したグローバルな科学技術人材を育成する「グローバルサイエンスキャンパス」などが紹介されました。さらに、一部の大学で行われている大学飛び入学についての情報も共有しました。また、大学や民間事業者、地域の施設、NPO法人等においても、特異な才能と意欲のある児童生徒に対して興味・関心に応じた取組を行ったり、学校に馴染めない子どもたちの才能を引き出すためのプログラムを提供したり、それを教育委員会や学校と連携して実施している事例があることなどが紹介されました。
今私が示したような教育機会は既に存在し、一部の才能ある児童生徒に利用されているものです。問題は、そうした場が量的に稀少な上に地域的に偏在し、経済的な条件によっては利用が困難であり、情報へのアクセスし易さにも偏りがあり、教員をはじめとする社会の側に才能のある子どもを見出し、理解するための知識や能力、才能評価の手段が不足していたりするところにあり、そうした隘路を解消することが何より必要であると考えられました。
そこで、有識者会議の審議のまとめにおいては、まず日本の才能教育のあるべき姿を示しました。

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・特異な才能のある児童生徒が正しく評価され
・同年齢からなる学級集団の中で
・ICT端末等も適切に利用しつつ
・才能とその教育を理解する担任教員、養護教諭、スクールカウンセラーなどの支援を受けながら
・場合によっては学校外の民間教育事業者、NPO、大学等の教育機会も利用して
・持っている才能を大きく伸ばし、安心感、充実感をもって学校生活を送れるような教育環境
概ねこのようなあるべき姿を想定しました。

その上で、それを目標とし、これから早急に着手すべき取り組みとして、有識者会議はこのような五つの提言をいたしました。

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1.特異な才能のある児童生徒の理解のための周知・研修の促進(特に、保護者への周知と教員に対する基本的知識等の研修は必須です。)
2.多様な学習の場の充実(学級だけではなく、学校内の空き教室を利用した居場所作りや図書室のラーニングコモンズ的な利用などが考えられます。)
3.特性等を把握する際のサポート(才能を把握するための、学力に傾斜しすぎないアセスメントツール、テスト、評価方法の開発と利用が不可欠です。)
4.学校外の機関にアクセスできるようにするための情報集約・提供(学校外の適切な教育機会を検索し、アクセスできるようなプラットフォームの構築が求められます。)
5.実証研究を通じた実践事例の蓄積(才能教育をテーマとした実証研究や調査の結果を蓄積し、分析して、より有効な指導・支援のあり方を模索し、本格的な才能教育の展開を図らなければなりません。)
今後はこうした諸課題への具体的な対応、特に学校・学級にいながら子どもたちが享受できる高度な教育機会の提供が鍵になってくると考えています。いずれにせよ、ある程度の時間は必要です。また、特異な才能を持った児童生徒への支援には公費の投入が不可欠であることから、国民的な合意形成も欠くことはできません。直ちに取り組みを充実させて変化を求めるのは難しいと思いますが、まず、学校内での取り組み、学校外の機関との連携等について実証研究を行い、十分なデータを得ることが何より重要だと考えています。

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