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小林至「野球伝来150年」

桜美林大学教授 小林 至

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国民的娯楽として、わたしたちの日常に定着している野球。プロ野球では、パリーグの優勝争いが最終戦までもつれる大混戦となり、個人では、ヤクルトの村上宗隆選手が王貞治さんの記録を超える56本のホームランを打つなど、今年も数々のドラマが繰り広げられました。大リーグでは、二刀流の大谷翔平選手が、昨年に続き、野球の歴史を変えるような大活躍をしました。

一方で、野球人口の減少は顕著で、国民的文化として定着してきた高校野球でも、学校単位の単独チームが成立しない事例が増えています。アメリカにおいても、MLBは、野球離れを深刻にとらえており、来季から、大きなルール改正に踏み切ります。
日本に野球が伝来して150年という節目のいま、そんな野球の現在位置とこれからについて、お話ししたいと思います。

日本の野球の歴史は、いまから150年前、1872年にアメリカ人宣教師ホーレス・ウィルソンが伝えたことからはじまりました。その後、1932年には日本政府が野球統制令を発するほどに人気は過熱しました。第二次世界大戦での敗戦からわずか3か月後、1945年11月にプロ野球が再開されたのは、GHQが、日本人の心を掴みながら、自陣営に組み込むためには野球が最高のツールであると考えたからです。
実際、野球は今に至るまで、日本の文化として、また、わが国にとって唯一の同盟国であるアメリカとの文化交流において、重要な役割を果たしてきました。

プロ野球は、読売巨人軍が9年連続日本一の偉業を達成する昭和40年代頃には、国民的娯楽として定着しました。
高校野球も、春と夏に開催される全国大会は、「甲子園」の愛称で親しまれ、全試合が生中継され、それぞれの時期の風物詩として数々のドラマを生み出してきました。
平成に入ると、野茂英雄さんを皮切りに、イチローさん、松井秀喜さん、黒田博樹さんなど日本のトップ選手が、本場アメリカ大リーグでも、中心選手として活躍する時代に入りました。日本人アスリートがアメリカの舞台で活躍する様子は、グローバル時代の象徴として、多くの日本人の誇りともなりましたが、プロ野球をピラミッドの頂点とした、日本野球の構造に大きな変容をもたらしました。
MLBという新たな頂の出現と、娯楽の多様化により、21世紀に入ると、圧倒的な人気を誇っていた巨人戦のコンテンツ価値は下がり、地上波による全国生中継は減少の一途を辿ることになりました。
そうしたなかで起こったのが、2004年の球界再編です。日本のスーパースターが次々とMLBに移籍するようになりました。そして世の中では、IT革命が起こり、産業構造が変化するなかで、パリーグの近鉄をオリックスが吸収合併し、楽天が新規参入しました。また、ダイエーに代わって、ソフトバンクがホークス球団の親会社となり、セパの交流戦が公式戦に組み込まれました。
再編後、プロ野球界は、IT球団が参入し、本拠地が地域に分散したパリーグを中心に、来場客を楽しませる地域密着のライブ・エンタテインメントとして蘇り、観客動員は2019年まで8年連続して史上最多を更新し続けました。

日本の野球界を取り巻くもうひとつの問題は、プロとアマの冷たい関係です。戦後、プロとアマの確執は深まり、1993年までは、プロ野球関係者が、学生を指導するためには、教員資格を得て、さらに10年間、教壇に立つことが条件でした。しかし、2013年以降は、研修を受けることで、学生野球の指導をすることが可能になりました。それでも、野球界には、アマチュアリズム=無償奉仕という考え方がいまだ根強く、野球が全体として産業となることへの障壁はまだまだ根強く残っています。

みるスポーツとしての野球は、プロ野球がライブエンタメとして復活し、高校野球は変わらずキラーコンテンツであり、そこにMLBも加わり、いまだ健在です。
しかし、するひと、つまり、野球人口は、減少の一途を辿っています。
小学生の野球人口はこの15年で30万人から18万人へと4割減と、少子化では説明できないペースで減っています。これは野球界が長らく普及活動を怠っていたことも大きな要因です。
みるひとの多くは経験者ですから、野球産業全体の縮小が懸念される状況です。
普及のためには、稼がなければなりませんが、この稼ぐ力がいまひとつなのも懸念事項です。

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バブルの余韻が残る1990年代前半、NPBとMLBの売上規模は、それぞれ推定で900億円と1500億円で大差なく、一球団平均にするとNPBの75億円に対して、MLBは63億円と、むしろNPBのほうが多いくらいでした。
しかし、その後、差は開く一方で、コロナ前の2019年の時点での売上は、NPBの1800億円に対して、MLBは1兆2000億円と、比較しようもないレベルになっています。
当然、年俸格差も開く一方で、NPBの1軍選手の平均年俸は9000万円ほどですが、MLBのそれは5億円を上回っています。
その要因は複合的ですが、要は、ビジネス力の差でした。MLBは、リーグ一体となって、価値向上に努めてきました。来場客にとって魅力的な球場を自治体に創ってもらい、その運営を任されるというスキームを構築し、映像や画像、インターネットなどの権利の管理をリーグに集約させるなど、売上向上のための創意工夫を凝らしてきました。一方、日本の野球は、現在も、権利の集約は進まず、たとえばシーズンハイライトや日本シリーズの映像などをワンストップで楽しむことが出来ません。

ではどうすればいいか。特効薬はありません。競技の発展の基本は、する、みる、支えるのサイクルを地道に回しながら、その輪を広げていくことで、野球のこれからも、そこにかかっているでしょう。
MLBは、来年、歴史的なルール変更を導入します。投球間隔や牽制は大きく制限され、ベースのサイズも大きくなります。時間に支配されないことが野球の伝統そして魅力だとされてきましたが、より短い時間で強い刺激を求める現代社会に受け入れてもらうためには、そうせざるを得なかったのです。

スポーツ・ベッティングについても、ファン層拡大のために、積極的に活用しています。日本においても、野球がこれからも人々に親しまれ続けるためには、歴史や伝統にしばられることなく、大胆な変革をする時期に来ているのだと思います。

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