NHK 解説委員室

これまでの解説記事

玉城絵美「『ボディシェアリング』とは」

琉球大学 教授 玉城 絵美

s221101_018.jpg

皆さんは、スポーツや旅行、ダイビングや登山をしている人の様子をみて、自分もこんな体験ができたらいいな、と思ったことはありませんか?私自身、十代の頃、持病で入退院を繰り返し、その頃当たり前にするはずの体験をできず、残念に思っていました。
ほかの患者さんから同じような気持ちを聞くのと同時に、お互いが実際に体験したことを話し合って共有する経験をつむことできました。
この経験から、体験とその体験の共有が、人生において重要だということに気づき、コンピュータを通じて世界中の人と体験共有できるようにしたい、外出が困難な人でも多くの体験ができるような仕組みを作りたいと願い、それを研究のテーマにしています。そこで本日は、私達が研究開発を行う、他者との体験共有の実現を目指す技術、ボディシェアリングについてお話しいたします。

 ところで、体験を共有するには、どのような方法があるでしょうか。先程お話したように、口頭でお話することもそうですし、撮影した音声や動画をスマートフォンやコンピュータを介して送信することも体験共有です。これらの情報を受け取った人は、見たり聞いたりすることによって、体験を共有します。
こうした視覚と聴覚情報による体験共有は、スマートフォンの普及によって私たちの生活の一部になりました。ただ、視覚と聴覚情報による体験共有では、自分が体験しているというよりは、受動的に体験を享受している感覚になります。そこで能動的な感覚の情報も共有できないかと考えて、私は「固有感覚」という感覚に着目しました。

s221101_014.png

 固有感覚について、図を使って説明します。例えば、落ちてきたりんごをキャッチする時、手や指を伸ばします。その時に手や指を伸ばした感覚は固有感覚の一つです.
さらにりんごが手のひらに乗ると、その重さを感じる感覚,りんごがあって指を握り込めない感覚。こうした、手や指を伸ばしたり、重さを感じたり、指が握り込めなかったり、といった体の深部で感じる感覚を固有感覚といいます。体がどのように動いているのか、変化しているのか、そして体の外にある物体がどのようなものであるか能動的に情報を得るための感覚といえます。
 固有感覚を共有できれば、今までの、視覚と聴覚中心の体験共有と、何が変わってくるのでしょうか。

s221101_015.png

「カヤックを漕ぐこと」の体験共有を例に、図を使って説明します。
 左から、言語、聴覚、視覚、固有感覚、と並んでいます。まずは一番左の、言語のみで伝える場合について考えてみましょう。
「比謝川のマングローブ」や「カヤック」を知らない人にとっては、この体験でどのようなものが見られるのか、聞けるのか、想像しづらいですね。
 そこに聴覚が加われば、パドルを動かしているリズムや、波の音、鳥の鳴き声などが伝わります。さらに視覚が加われば、カヤックの形や、周りの景色が伝わります。
 このように、視覚や聴覚情報が伝われば、体験している人がどのようなものを見聞きしているかがわかるでしょう。しかし、あくまでも、体験している他者の体験として伝わっているのであって、自分の体験とは思えないでしょう。
 ここに固有感覚が加われば、どのようにパドルを漕ぐのかを自分で入力し、水の重さや連動する視聴覚情報も伝わります。まるで自分がカヤックを漕いでいるような、能動的で臨場感がある体験共有が可能となるのです。この固有感覚を共有し、能動的かつ臨場感がある体験の共有を目指した技術がボディシェアリングなのです。
 
 それでは、ボディシェアリングはどのようにして固有感覚を共有しているのでしょうか。
ボディシェアリングの基礎となる技術は2つあります。1つは、固有感覚をセンシングしてコンピュータに入力する技術です.例えば「どのぐらいの重さの林檎を持っているのか」「蛇口をどの程度の強さで回したのか」といった感覚を、センサで検出します。もう1つは、固有感覚をコンピュータから人に出力する技術です.例えば,電気刺激や機械装置を使って固有感覚を人に伝達します.
 この2つの技術の組み合わせ、すなわち、センサで固有感覚を検出し、検出した固有感覚をコンピュータを介して電気刺激あるいは機械信号に変換して、別の人に送ること、これが固有感覚を共有する手法となります。

【VTR①: 別々の身体との体験共有実験】
 それでは2つの技術を組み合わせ,別々の身体と体験を共有するボディシェアリングについて説明します.右側のユーザは,固有感覚を検出するセンサを腕に装着しています。右側のユーザの身体の固有感覚情報を、コンピュータを介して、左側のロボットの身体に伝えています。

 ボディシェアリングの研究成果は,事業としても推進されています。例えば、部屋の中にいながら観光している感覚を共有する遠隔観光の事業開発もすすんでいます。

【VTR②:遠隔農業のようす】
 こちらの動画のように、遠隔地のロボットを操作してイチゴを収穫する、遠隔地での観光農業の事業があります。外出困難者への体験共有だけでなく,農業従事者の高齢化や担い手不足、障がい者の高収入化など、社会問題の解決を目指しています。

 最近では、バーチャルオフィス上のアバターに固有感覚を共有させるサービスも発表されました。

s221101_016.png

ふくらはぎに取り付けた装置から、固有感覚情報を読み取り,固有感覚情報から緊張や体力を推定し、働いている体験をアバターに反映させます。バーチャルオフィスで働くメンバー同士で共有します。

s221101_017.png

緊張や体力のアバターへの反映によって、異なる場所で働いている同僚や上司、部下に対する、声かけや相談のタイミングが見計らえるようになるほか、現在業務を依頼できる状態かどうか、といった対面でできていた業務調整を効果的に行えるようになります。
その他,力加減を可視化して共有することで、リモートでの動作教示、作業支援などの活用も期待されています。このサービスの仕組みを利用して今後、医療や福祉、スポーツやゲームなどの分野での事業化も目指しています。

 私はボディシェアリングの研究によって、ひとりひとりの体験による人生の充実と文化の成熟に貢献したいと考えています。
 1つ目のひとりひとりの人生の充実について説明します.あなたが、いま陶芸がしたい、スポーツもしたい、観光もしたいと思ったとしましょう。しかし休日は1日しかありません.1日ですべてを行うのはとても難しいことですが、ボディシェアリングによって簡単にさまざまな体験を同時にできるようにしたいと考えています。10年後には、人生の体験量を何倍にも増やしたいと思っています。最終的に、部屋の中にいても、外に出かけて楽しむ以上のたくさんの体験を共有しようと考えています。
 2つ目の文化の成熟については、体験は知識を経験に,そして知恵にする、
という考えを持っています。年々、生産されるコンテンツも、消費されるコンテンツも増えていますが、ただ受動的な消費では、知識の増加にとどまります。そこに体験が加わることで、知識と混じり合って智慧となり、生きているという実感を得られるようになると考えています。人類の文化は、次の世代にその知恵を託すことによって形成されてきました。ですから、体験量の増加というのは、新しい発想を生み、ひいては文化の成熟につながると考えています。
 皆さんだったら、ボディシェアリングによってどのような体験をし、文化にどのような影響を与え、次の世代にどのような体験を残したいでしょうか?
一緒に考えてみていただけましたら幸いです。

こちらもオススメ!