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鈴木仁「日仏文化交流の意義と未来」

パリ日本文化会館 館長 鈴木 仁 

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パリ日本文化会館をご存知でしょうか?
セーヌ川のほとり、観光名所のエッフェル塔のすぐそばにある、日本文化の紹介や日仏の文化交流のための施設です。地上6階に地下3階と、海外での日本の文化施設としては最大級で、展示や舞台公演、映画に講演会、日本語学習や文化教室など、多彩な活動を行っています。

会館の建設計画が持ち上がったのは1980年代前半でした。当時は自動車や電化製品の日本からフランスへの輸出が急激に増え、「エコノミックアニマル」などといった日本への批判が高まっていました。こうした状況を心配したフランスの当時のミッテラン大統領が、日本の良さをもっと知ってもらうべきだと考え、パリに日本文化を紹介する施設の建設を提案したのです。

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紆余曲折を経て会館がオープンしたのは1997年。以来四半世紀にわたって、パリ日本文化会館は、日仏の相互理解に貢献してきました。
世界有数の文化都市であるパリには、各国の文化施設が数多く集まっています。こうしたなか、パリ日本文化会館の特色と言えるのが、「官民が一体となった『オールジャパン体制』での文化発信」という点です。官と民の良いところを活かし、多角的な活動を行っています。

ここで、日仏の文化交流の歴史について振り返ってみましょう。
江戸時代末期に欧米の文化が日本に入るようになって以来、フランス文化は、様々な分野で、日本人に大きな影響を与えてきました。
かつて、詩人の萩原(はぎわら)朔太郎が「ふらんすに行きたしと思へども、ふらんすはあまりに遠し」と謳ったように、フランスとその文化は、長い間、遠い憧れの対象でした。第二次大戦後は、フランスの文学や哲学、映画、そしてファッションなどが、日本の若者を魅了してきました。
その反面、日本文化はフランスでほとんど知られておらず、文化に関して言えば、日本の「輸入超過」の状態がずっと続いていました。
こうした状況のもと、フランスでは、一部の知識人を除いて、日本に対する関心も低かったと言わざるを得ません。私自身、1990年代の初め、パリで開かれたあるパーティで、年配のフランス人が、日本と香港を混同しているのを知って愕然とした思い出があります。

このようなフランスでの日本文化を取り巻く状況を大きく変えたのが、日本の漫画やアニメでした。日本製のアニメの放送がフランスのテレビで本格的に始まったのは1970年代末(すえ)のことでした。初めのうちは、「所詮小さな子供向けのもの」と考えられていたということですが、その後次第に、フランスの漫画やアニメにない豊かなストーリー性や個性溢れるキャラクターなどから、「大人の鑑賞にも堪えうる作品」と見られるようになりました。そして、数多くの作品が、幅広い年齢層に受け入れられるようになったのです。
なかでも、永井豪さん原作の「UFOロボ グレンダイザー」は、そうしたアニメのパイオニアと言える存在です。

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パリ日本文化会館では去年秋、「グレンダイザー」の原画やフィギュアなどを紹介する展示を行いました。会場には、テレビで放送された当時に熱狂した世代が、今や親となって、子ども連れで続々と訪れ、その熱気に圧倒されました。開館以来最大級の集客を記録しただけでなく、グレンダイザーの回顧ブームは、なんと記念切手が発売されるまでに至ったのには驚かされました。

また、パリで強く感じるのが、日本料理や日本酒といった食文化の根強い人気です。

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「手軽で、しかも健康に良い」というイメージが定着していて、パリ日本文化会館にある、おにぎりを販売するコーナーは、親子連れなどでにぎわっています。最近行われた、「日本の食における発酵文化」をテーマにしたイベントにも多くの人が訪れ、日本酒の利き酒や麹の作り方を、実際に体験していました。

日本の映画や演劇などに対する評価も高く、カンヌ国際映画祭でも、今や常連となっています。

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パリ日本文化会館では、奇しくも寅年のことし、フーテンの寅さんが主人公の映画「男はつらいよ」全50作品の、海外で初めてとなる「完全上映」を行っています。当初は、寅さん特有の、威勢の良い啖呵や独特のセリフ回しがフランス人に理解されるかどうか、正直不安もありました。しかし、上映は毎回ほぼ満員で、渥美清さんはじめ個性豊かな俳優陣のコミカルな動きや人情味溢れるストーリーに、フランス人の観客から大きな笑い声があがるだけでなく、時には涙を流す人もいるほどです。
デジタル化の進展に加えてコロナ禍もあって、人と人の結びつきが希薄になりがちです。こうしたなか、映画の舞台となっている東京の下町の人情や、全国各地の美しい風景に、「失われたものへの郷愁」を感じる人も多いようです。映画が好評を博していることを受けて、山田洋次監督からも、「『日本人に向けた笑いを』、と制作した作品がフランス人にも受け入れられる普遍性を持っていることがわかって嬉しく思う」というメッセ―ジを頂きました。

ご紹介したのはほんの一部ですが、文化に関する日仏の関係は、かつての日本側の「輸入超過」から、今や完全に「輸出超過」となっています。大げさに言えば、いまや「日本・JAPON」と名の付くものはすべて、「おしゃれで格好いいというイメージ」があると言っても良い状況です。これに比例して、フランス人の日本や日本人に対する関心や好感度も、かつてなく高まっていて、「文化の持つ力」をあらためて実感しています。

 なぜ、日本文化がこれほどの人気を集めているのでしょうか?
 日本文化を愛するフランス人と話をしていますと、よく耳にするのが「繊細さ」という言葉です。繊細さが生み出す独特の美しさに強い魅力を感じているようです。また、フランス人のものの考え方と言いますと、デカルトに代表されるように、「論理的かつ明晰さ」が尊重されています。

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日本文化はいわばその対極にあり、20世紀を代表する知識人のひとりである文化人類学者のクロード・レヴィストロース教授は、かつて、フランスから見た日本を「月の裏側」と表現しました。
先ほど触れた「繊細さ」と言い、「論理的な明晰さ」とは対照的な「曖昧さが持つ味わい」といい、自分たちにないものであるがゆえに、かえって強い魅力を感じているのかもしれません。

さて、空前絶後とも言えるフランスでの日本文化ブームを絶好の機会と捉え、パリ日本文化会館では、活動の領域を広げていきたいと考えています。
今の世界は、気候変動や宗教・民族対立、あるいは格差の拡大など、様々な課題と直面しています。これらの問題の解決への糸口をさぐるため、「自然との共生」や「和の精神」などといった、日本文化の伝統や特質を紹介していきたいと考えています。同時に、これらの課題について、日本とフランス両国の知識人をはじめ、様々な人たちが集い、議論する場を提供できれば、とも願っています。

 コロナ禍によるロックダウンに伴い、パリ日本文化会館も2度にわたって長期間の閉館を迫られました。コロナが世界を大きく変えつつある今、人々は、日々の暮らしの中で文化、そして文化交流が占める重要性をあらためて認識するようになっています。再来年にはパリでオリンピックとパラリンピックが開催され、世界の注目がパリに集まります。私たちは、「会館設立から25年」という節目を「新たなスタート地点」と定め、こうした「追い風」を活かしたいと考えています。そして、日本文化を少しでも多くのフランス人に知ってもらい、日本を好きになってもらえるよう、全力を尽くしていきたいと、決意を新たにしています。

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