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太田治子「手紙は生きている」

作家 太田 治子 

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 今はメールの時代です。私も、毎日メールを利用しています。簡単に、会話のやりとりができるメールは、とても便利だと思います。しかし、微妙な心の動きまでは、なかなか伝わってきません。そこが、直筆の手紙となると、その時の書き手の息づかいまでが聞こえてくる心地がします。書かれている内容と共に、その直筆の字からも、相手が今本当に嬉しいのか、悲しいのか、本気かなどなど、心のありかのすべてが伝わってくるようです。
「手紙は生きている」と思います。
今日は、直筆の手紙のよさについてお話ししたいと思います。

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 ここに、川端康成さんの書かれた直筆の文章があります。いつもは、私のタンスの奥にしまわれています。高校生の私が書いた「生い立ちの記」の本の推薦の言葉を、川端さんが書いてくださったのです。太宰治の愛人の子として生まれた私のそれからの母子の二人の生活を綴った作品でした。

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 「素朴で健康である。」
 「すなおでみずみずしい」
 川端さんのお言葉のひとつひとつが胸にしみました。そのお言葉通りに生きていきたいと思いました。私の宝物です。
 それにしても、川端さんの字はなんと勢いのこもっていることでしょう。勢いあまって、どの字も、ピンピンとはねあがってみえます。その字からも、私は元気をいただいたと思います。
この時、川端さんは六十代半ば、ノーベル賞を受賞される数年前のことです。あれから、もう半世紀以上がたちました。

ところで、今、東京・駒場の日本近代文学館の「川端康成展」では、そうした肉筆の手紙が一堂に集められています。たくさんの手紙のやりとりからも、双方の心の動きがとても興味深く伝わってくるのでした。 

川端さんの十代のころの手紙は、大変おとなしい字でかかれていることにびっくりしました。川端さんは幼くして両親を失い、更には祖父母にも死に別れます。目のみえなくなった祖父の面倒を、川端少年は一人でみていました。そのような、「みなしご」としてのさびしさが、少年にしては珍しい程のきれいな字からも伝わってきます。 
ご自身が絶えず抱えていた深い孤独感。

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それは、あのハンセン病を発症した北条民雄さんの小説を世にだそうと力を惜しまなかったことにもつながっていったのだと思います。
ハンセン病が伝染すると誤解されていた昭和初期に、川端さんは北条さんからの手紙や原稿を、そのまま手にされていたといいます。

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北条さんの小説「いのちの初夜」は、第三回芥川賞候補となりました。川端さんの北条さんに宛てた手紙は、これから小説を書く心構えについて、とても優しい字でかかれています。二人のやりとりは、九十通に及んだといいます。
川端さんの字は、年月と共に激しく強くなっていきます。

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昭和12年の川端さんの『雪国』の直筆原稿の字は、とてもわかりやすいと思います。

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晩年の川端さんには、ノーベル賞、三島由紀夫さんの死と、あまりにもおもいがけないことが、次々と起こりました。その心の激しい揺れが、そのまま筆跡の強さとなって、現れていったのではないでしょうか。
北条民雄さんが第三回芥川賞候補になった時、私の父、太宰治も是が非でも候補に選ばれたいと切望していました。その懇願する手紙も、今回の会場でみることができました。

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すでに第一回で落選していたので、第三回こそと思ったのでしょう。
「早く、早く、私を見殺しにしないでください」とあるのには思わず苦笑しました。
なんと、臆面もなくと思うと共に、やはり太宰は自分の書くものに人一倍自信があったのだと思いました。字はとてもぎすぎすしています。彼は当時、パピナール中毒でした。戦後の手紙はうっとりするほどやさしくなります。

会場には、「斜陽」のモデルとなった母、太田静子の手紙もありました。川端さんに懸命に手紙を書いた母の思いが伝わってきました・・・。

思いがけないことに高校生の私が川端さんにお出しした手紙も展示されていました。
本の推薦のお言葉へのお礼状です。しゃちこばった固い字だなと思いました。一行、一行、時間をかけて書いたことを思い出します。

瀬戸内寂聴さんの川端さんへのお手紙も、展示されていました。思いがけず、当時高校生だった私のことが、書かれていました。

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 高校二年生の夏休み、私は瀬戸内さんの軽井沢の別荘へ、初めてお伺いしました。瀬戸内さんは太宰のことを小説に書く為に、私に会いたいと思われたのでした。初対面の瀬戸内さんはとても気さくな優しい方でした。室生犀星の碑や鬼押出しなど、いろいろなところを案内していただきました。大変楽しい思い出です。

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その瀬戸内さんが、川端さんへのお手紙の中で、私の文章を読んであげてくださいとお願いされていたのです。びっくりしました。このように熱く瀬戸内さんが私のことを川端さんにお願いして下さっていたとは、まったく知りませんでした。胸が熱くなりました。
「治子ちゃん」 という瀬戸内さんの少し甲高い声が、達筆のお手紙の中から聞こえてくるようでした。

 それとともに、こうやって川端さんの書を拝見していると、結局一度もおめにかかることのなかった川端さんの声が確かに間近から聞こえてくる心地がします。とてもなつかしい声に、思われてきます。
 私は川端さん直筆のこのお言葉を、川端さんのお手紙として大切に読み返します
もう一度、きちんと、川端さんにお手紙を書きたいと思います。
 今、親しいお相手に、メールのかわりに、直筆のお手紙を書いてみては如何でしょうか。

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