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前嶋和弘「バイデン大統領の試練」

上智大学 教授 前嶋 和弘

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アメリカのバイデン大統領が5月末、就任以来、初めてアジアを歴訪しました。11月には中間選挙があり、バイデン政権のここまでの評価が示されます。
本日は、バイデン大統領が現在直面する課題について考えたいと思います。

バイデン大統領のアジア歴訪
まず、バイデン大統領のアジア歴訪の成果について考えてみます。
今回の日米首脳会談は、中国の力ずくの現状変更の動きが加速する中、ロシアのウクライナ侵攻や北朝鮮の核・ミサイル開発が急ピッチで進むという極めて重要なタイミングで開かれました。
やはり大きなポイントは安全保障でした。

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日本に対するアメリカ側の拡大抑止が再確認されたとともに、日本側も「防衛力の抜本的強化」を表明しました。さらに岸田首相は「あらゆる選択肢を検討する」というかなり踏み込んだ表現をしました。

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注目されたのは、日米首脳会談の共同会見でバイデン大統領が台湾防衛に対する意思を示したことです。直ちに米国政府は台湾防衛義務を意図的に明確にしない「あいまい戦略」を維持することを伝え、この発言を修正しました。しかし、バイデン大統領はこれまでに同様の質問に同じように返答していますので、バイデン氏の頭の中に台湾防衛の意思があることは明確のようにみえます。
バイデン大統領の発言は台湾が有事となる可能性が危惧されていることの反映ですが今後、戦略転換も含めた国内議論が必要となります。

インド太平洋をめぐる多国間外交
日米首脳会談とともに、バイデン大統領が訪日中に注目されたのがインド太平洋をめぐる多国間外交です。

まず、日米など13カ国によるインド太平洋経済枠組み(IPEF)の発足が決まりました。(1)貿易、(2)サプライチェーン、(3)インフラ、脱炭素化、クリーンエネルギー、(4)税、反腐敗の4分野での協力がうたわれています。

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 また、昨年秋以来2回目の対面となる日米豪印のクアッド首脳会談が開かれました。
アメリカの同盟国である日本、オーストラリアだけでなく、伝統的に中立を保っているインドも加わっているのが特徴です。今回はウクライナ情勢に加え、新型コロナ対策、気候変動、宇宙、サイバー、インフラなどの分野での国際協力について昨年に引き続き、話し合いました。

アメリカ国内では今、党派を超えてTPP促進への支持は得らない中、IPEFは米議会の批准を求めない行政協定であり、苦肉の策とも言えます。また、クアッドについてはロシアとの関係も深いインドを気にするあまり、ウクライナ情勢に対する対応が大きな柱だったのにかかわらず、共同声明文にはロシアという文字が入っていません。このように中途半端な部分はありますが、インド太平洋地域の新しい変化に対して、トランプ前政権が得意としなかった多国間の外交に力を入れているところは評価できます。

バイデン外交の2つのベクトル
この多国間外交こそ、バイデン外交を動かすベクトルです。政権発足以来、国際協調、同盟国重視、国際機関重視の姿勢は、トランプ政権の時の「アメリカ第一主義(America First)を否定したものです。
「アメリカは国際社会に戻ってきた(America is Back)」「外交が戻ってきた(Diplomacy is Back)」というスローガンもそれを象徴しています。
COVAXファシリティなどのコロナ対応やアメリカの難民受け入れ数の枠増加など、多国間協調を強く意識しています。
バイデン外交の国際協調の姿勢には国際社会、特に欧州からは強く歓迎する向きがあります。

一方でバイデン外交については「ミドルクラスのための外交(Foreign Policy for the Middle Class)」というアメリカ国内向けのスローガンもあります。アメリカ社会の分断の中、外交を行うにも世論からの後押しが不可欠であるというのがこの意味です。この姿勢は民主的とはいえるのですが、「国際協調重視」と「国内世論重視」という2つの外交ベクトルは時に会い合わないこともあります。
その典型例が、昨年8月末のアフガニスタン撤退です。2001年10月から続いた約20年間のアメリカの歴史の中で最長の戦争については、国内からは撤退を強く望む世論が高まり、バイデン大統領の撤退決断となりました。しかし、アメリカが急に撤退することは混乱を招きます。欧州を含む関係国との調整の不備など、あまりにも拙速すぎた感があり、ISによるテロ行為などは起こるべくして起こった感もあります。期待が高かった分、国際社会からの動揺は大きく広がりました。

ロシアのウクライナ侵攻
その中で今年2月末ロシアのウクライナ侵攻が起こります。ウクライナに対しての武器の提供などとともに、バイデン大統領が選んだのは徹底した国際協調路線でのロシアへの対抗でした。NATO諸国との徹底した連携、G7による経済制裁などがアメリカ主導で強く進められました。
その結果、米欧関係も大きく改善していきます。トランプ政権の時にNATOの撤退も議論されていたのとは大きな変化です。戦争の行方はまだわかりませんが、バイデン大統領のリーダーシップが注目されています。

道半ばの公約の実現、インフレ問題
一方、アメリカ国内に目を向けると、上下院いずれも民主党が多数派ですが、下院は5月末現在、12議席差。

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上院は50対50とそもそも超僅差ですので、大統領の進めたい政策がなかなか実現できない状況にあります。大統領の支持率もトランプ政権の時と同じように党派によって大きく異なります。
公約の実現は道半ばです。

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バイデン氏は選挙戦のときに(1)コロナ対策、(2)インフラ整備、(3)気候変動対策、(4)子育て・教育支援の4つを公約にあげ、当選後はそれぞれの立法化を議会に呼びかけました。21年3月にはコロナ対策、11月にはインフラ整備も実現しました。しかし、残りの気候変動対策と子育て・教育支援などをまとめた1.75兆ドルのビルドバックベター法案は下院が通りましたが、上院で止まっている状態です。
さらにバイデン大統領にとって大きな問題はインフレです。コロナ対策による政府支出やコロナ禍によるサプライチェーンの混乱でそもそも物価上昇が目立っている中、ウクライナ危機による資源と食糧価格の高騰が加わった複合的なものです。4月の消費者物価指数は、前の年の同じ月と比べて8.3%の上昇と、記録的な高さとなっており、中央銀行による大幅な利上げでインフレを抑え込めるかが大きな焦点になっています。

苦戦が予想される中間選挙
そんな中で行われる11月の中間選挙ではバイデン大統領の所属する民主党の苦戦が予想されています。
中間選挙は任期2年の下院435人の全てが改選。任期6年上院100人のうち、3分の1が改選対象ですが、今回は引退もあり35が改選となります。
そもそも中間選挙には大統領の政党が大きく議席を減らすという法則といっていいものがあります。投票率は50%程度なので、不満を持っている層が多数投票所に向かうためだといわれています。
オバマ政権の2010年など、大統領就任後最初の中間選挙では大統領の政党が振るわず、その後、新しい政策が全くと言っていいほど展開できなくなったという政治的なターニングポイントになっています。
今回は下院では共和党が多数派奪還の可能性も少なくないとみられています。
インフレで苦しむ人々に対して、共和党側のバイデン政権批判はすでに高まっています。非合法移民対策など妊娠中絶の権利、銃規制、教育における人種平等などの争点も両党の支持者で意見が大きく異なるところです。ウクライナ政策や対中政策などとともに両党のせめぎあいが秋に向けて深まっていきます。

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