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復帰50年 沖縄の歩みと課題

元沖縄県知事 稲嶺 惠一

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 今年の5月15日、沖縄は本土復帰50周年を迎えました。
復帰から今日までの歩みを振り返ってみたいと思います。

27年に及ぶ異民族支配を抜け出し、県民が待ち望んだ日本復帰の日は、賛否両論、渦巻く中で迎えることになりました。
沖縄側の要望は、「核抜き本土並み返還」でした。「核抜き」は核兵器の撤廃を、「本土並み」は本土との基地負担における格差の解消を意味します。
核抜きこそ実現したものの、国土の1%に満たない沖縄に、在日米軍基地の75%が置かれる状況は変わらず、本土並みの返還の夢は消え去り、その後のさまざまな反対運動に繋がっていきました。
 復帰の翌年、NHKによる世論調査では、「復帰を良かった」38%に比し、不満を持つ人、53%と過半数を超えました。
この傾向は1975年、77年の調査でも、同様な結果が出ています。

 その後の県政状況について述べていきたいと思います。
復帰後、革新の屋良県政に続き、それを継承する平良県政が誕生しましたが、任期中、病に倒れ1978年復帰後初めて保守の西銘県政が誕生しました。
そして経済振興の旗印に、着実に成果を上げ再選、三選を果たしました。
NHKの県民意識調査も「復帰して良かった」が1982年63%、87年76%と着実にアップしました。
 
しかし保守系でありながら、直接、ワシントンに赴き、沖縄の基地負担の低減を要望し、「ヤマトンチュになりたくても、なり切れない心」の名表現を残すなど、県政を担う立場の難しさが伺えます。

【VTR】
1990年、「平和」を旗印に大田県政が誕生しました。
95年、米兵による女児暴行事件が発生、県民総決起大会に発展しました。
沖縄の動きを心配した橋本龍太郎首相は、大田知事の「普天間飛行場移設」要望を受け、米国と交渉、96年4月橋本・モンデール会談において、普天間飛行場の5~7年後移転を発表しました。
その後、17回も橋本・大田会談が行われましたが、98年2月、名護市長選挙を目前に太田知事は、移設案の海上基地構想にNOを突きつけ、国との関係も悪化し、沖縄の経済不況を招きました。
そして私が県政を引き継ぎました。
 小渕内閣と合意した条件付き辺野古沖移設案も、小泉内閣時、辺野古沿岸案に変更、微妙な状況下、仲井眞県政に引き継ぎました。
 鳩山由紀夫首相の「国外、少なくとも県外」発言は状況を一変させました。
それまで60%台だった辺野古移設反対は80%の大台を超え、仲井眞弘多知事も、再選時、国と歩調を合わせ県外移設を唱えました。
その後、鳩山首相は、発言を撤回、混乱に拍車をかけました。
中央政府の第一党も民主党から自民党に変わり、国との協調を優先した仲井眞知事は埋立承認に踏み切りました。
それに反対した保守系リーダーの翁長雄志那覇市長が「オール沖縄」を名乗り知事選に勝利、以降、政府と全面的対決が続きました。
現在の玉城デニー知事は柔軟な姿勢をとっているものの、唯一の相違点「辺野古問題」で対立し厳しい局面が続いています。

その後の経済状況に触れたいと思います。

【VTR】
「本土との格差是正」を目指した沖縄振興開発特別法の下、ダム・港湾・空港・道路など社会資本整備は着実に進み、2002年の改正で「民間主導型の自立型経済の構築」に変更され「開発の2文字」を削除しました。
更に12年の改正では沖縄県の主体性が尊重する観点から沖縄振興計画策定の主体が国から県に変更され、一括交付金が導入されました。
2000年、小渕恵三首相の肝いりで開催された、G8沖縄サミットは沖縄の知名度向上、イメージアップに大きくつながりました。
復帰後、大幅に伸びたのは観光産業です。
復帰時44万人だった観光客は、亜熱帯の美しい自然環境、沖縄独特の文化芸能が人気を呼び、政府、航空業界、旅行業界など多くの関係者の努力と、クルーザーによる外国客の増加により、2019年には1000万人を突破しました。
観光収入も50億から7500億円になり県の基幹産業になりました。

観光産業の最大の弱点は2001年の9.11、今回のコロナ禍等、不測災害により大幅な影響を受ける事です。
目下コロナ禍により減少しましたが、総合産業であるだけに今後、更なる高いレベルを目指す必要があります。
情報通信関連産業も着実に伸びています。
490社が新たに立地、72万人の雇用も生まれています。
沖縄経済の問題点は、「低い県民所得」「子どもの貧困問題」「低い労働生産性」です。
これを解決するためにはより企業の付加価値を上げる必要があります。
その一つとして、世界的にその研究成果が高い評価を受けているOIST(沖縄科学技術大学院大学)の研究を、現実に目に見える形の成果に置き換えるよう、官民あげた努力が求められます。
各産業においても、デジタル化、業界内の連携強化、専門家の育成等により、付加価値を上げることが望まれます。
特に今後の成長が予想される医療・バイオ関係が、柱になる可能性を秘めています。
沖縄は南北400キロ東西1000キロにわたる海域に点在する離島県であり、流通コストをはじめ費用がかかります。
反面広大な区域の海洋資源、海底資源に恵まれ、特に、安全保障の面では県益にも国益にも貢献しています。
遠隔医療、遠隔教育のデジタル化推進により県のデジタル化向上にも結びつけてほしいと思います。
子どもの貧困問題は同時に親問題であり、「一人親世帯」「非正規雇用」「失業」などの他、様々な要因が重なっており、きめ細かい対応が求められます。
 
多くの県民は、安全保障は国全体で取り組む課題であり、沖縄だけの問題ではないと考えております。
国民の多くが「沖縄は大変だね」と他人事として思っていることに強い不満を抱いていることを明確に証明しています。
辺野古移設反対について74%と高い水準が続いていることも注目すべきです。

今回のウクライナ侵攻を受けて感じるように、安全保障は国民全体で取り組む、国家重要課題です。
今まで常に先送りしていたこの問題を国全体としてしっかり受け止めて考えて頂きたい。
それが沖縄県民の願いです。
最後に、この50年間、沖縄に心を寄せ、ご尽力された多く方々、国民に心から感謝申し上げます。

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