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ウクライナ侵攻 アートによる平和希求

早稲田大学 教授 鴻野 わか菜 

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ロシアのウクライナ侵攻は、両国の芸術・文化にも大きな影響を与えました。私は90年代から現在まで、ウクライナやロシアの現代アーティストと交流しながら彼らの作品を研究し、日本での展示などにも関わってきました。今日は、ウクライナとロシアのアーティストはこの状況で何を思い、どのように生きているのか、侵略や文化統制が続く中で美術は何を伝えられるのかということについてお話ししたいと思います。

ウクライナの現代美術を代表するキーウ在住のアーティスト、ジャンナ・カディロワは、現在はウクライナ西部の山あいの村で疎開生活を送っています。

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カディロワは次のように語っています。「戦争が始まって最初の2週間、私は芸術は夢だった、アーティストとしての私の20年はすべて夢にすぎなかった、芸術は無力で儚いと感じました。でも今ではそうは思いません」。カディロワは、疎開先の村で川の石を見た時に、この石を使ってパンの作品を作ろうという気力が沸き起こってきたと語ります。

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作品のタイトルである《パリャヌィツャ》は、ウクライナ語でパンを指しますが、ウクライナ語を母語としない人には発音しにくい単語で、侵略開始以降、ロシアから潜入した偵察者を見分けるために使われる言葉となりました。それと同時に、パンは家庭の食卓、命の源の象徴です。戦争によって平穏な日常を失った作家が疎開先で最初に作った作品が、平和な日々を思わせるパンの作品であったことは、平和や生活を取り戻そうとする祈りのようにも思えます。この作品は「越後妻有 大地の芸術祭 2022」で11月まで展示されています。

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一方、同じくウクライナ現代美術を牽引するニキータ・カダンは、キーウで展示と制作を続けています。

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カダンは、戦争の悲しみを映し出す《大地の影》という連作絵画を制作し、市民の避難所となった画廊で展覧会を次々に開催しています。作品を見たいと願う市民は、24時間いつでも画廊を訪れることができます。カダンは次のように語っています。「これらの展覧会は、人生における平和なもの、実際に享受できる文化を保持する方法です。」
カダンは近年、展覧会の企画者としても活動し、2014年のクリミア侵攻のあとも、ウクライナでロシアのアーティスト達の作品を展示してきました。カダンは、反戦の意を持つロシアの作家達とは関係を保つことができる、今この状況では難しいとしても、こうした交流を続ける意味はあると語っています。

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美術を通じた国をこえた交流は、旧ソ連ウクライナのドニプロで生まれたイリヤ&エミリア・カバコフの主題でもありました。イリヤは1933年にユダヤ人の両親のもとに生まれ、第二次世界大戦中にタシケントに疎開し、1940年代から80年代半ばまでモスクワで暮らし、ロシアの作家仲間達と共に文化統制下で創作を続けました。80年代後半からは夫人のエミリアとアメリカで活動しています。政治に翻弄されながら世界各地を移動してきたカバコフにとって、国や文化を超えた友愛は生涯の悲願でもありました。

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美術を通じてそれを実現するために、カバコフは、世界じゅうの子供たちが共にひとつの船の帆を作るために絵を描き、交流を深めるプロジェクト「手をたずさえる船」を世界各国で続けてきました。

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そして、2021年には、新潟県十日町市に、あらゆる人種、国籍、文化の人々の平和的なつながりを表す作品である「手をたずさえる塔」を設置しました。カバコフは、今回の侵攻を受けて、次のように語っています。「私は《手をたずさえる塔》を困難な状況における人間の再生、平和への願い、手をたずさえること、戦争や敵意や憎しみではなく友情の象徴として位置づけたいと思います。私達は人類として生き延びたいなら、兵器を使用したり殺しあうのではなく、コミュニケーションすることを学ばなくてはなりません」 

 では、ロシアの美術界では、どのような動きが起こっているでしょうか。侵攻が始まり、ロシアでもアーティストや美術館が次々に反戦の意を表明しました。他の様々な分野の人々と同様、美術関係者も反戦の公開書簡の署名活動を行い、プーシキン美術館副館長らが戦争に抗議して要職を辞任しました。
しかし、3月4日、ロシア軍に関する「虚偽情報」を広める行為に対して最大15年の禁固刑を科す法案がロシア議会で可決され、反戦活動はきわめて危険になりました。それでもなお、アーティスト達は作品を通じて反戦やウクライナへの思いを表現しています。

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 エカテリーナ・ムロムツェワは、反戦デモを行う女性達の姿を絵にかきました。

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ロシアでは今、黒い服を着て白い花を持つことで反戦の意を示そうとする女性達が活動しています。ムロムツェワは、彼女達の行為は戦争に反対するすべての人々の悲しみと痛みを表すものだと考え、彼女達を描いた連作絵画の公開を決意しました。ムロムツェワは、「戦争に反対するすべてのアーティストは、直接的、間接的な意味で、平和のためのボランティアになった」と述べています。

戦争が続くウクライナでも、言論統制が進むロシアでも、アーティスト達は孤立し、危険にさらされています。平和を願って活動する芸術家達を支援することは、国を超えた交流と対話の機会、新しい平和の基盤の形成につながります。

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ウクライナ出身で現在はモスクワで暮らすアレクサンドル・ポノマリョフも、アートによって二つの祖国と世界を結ぶ活動を続けてきました。2017年には、国を超えて人々が共同事業にとりくむ場として、13カ国のアーティストや研究者と共に、世界初の南極での芸術祭である「南極ビエンナーレ」を実施しました。

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南極ビエンナーレの目的は、いかなる国家にも属していない南極で、世界中の人々が平等な立場で創作と研究に取り組み、対話を重ねることで、人類共通の問題を考えるための国際的な共同体の基盤を作ることでした。ポノマリョフは、「それらの中心にいるのが芸術家です。芸術家は世界の全体像を俯瞰することができるからです」と述べました。私も南極ビエンナーレに参加し、専門も考え方も異なる人々が、アートを通じて人類共通の問題について共に考え、対話の場を形成していくプロセスをまのあたりにしました。

南極ビエンナーレに限らず、あらゆる場において、アートは、人間に共通する感情、世界の諸問題を表現し、私達はそれを見ることで国をこえてつながっていくことができます。美術は人間にとって古来から日常生活に根ざした活動であり、困難な時こそ続けていかなくてはなりません。また、他国の美術、文化を知ることは、他国の人々の表情を知ることであり、他者の痛みや悲しみ、喜びや希望を想像し、共感することでもあります。戦争が続いている今だからこそ、文化を排除するのではなく、ウクライナとロシアの文化に心を開き、互いに理解しあい、対話を続けていくことが重要となるでしょう。

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