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施行75年 社会の変化と憲法

東京大学 教授 宍戸 常寿

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 今年は、日本国憲法が施行されてから、75年になります。新型コロナウイルス感染症が私たちの生活に重大な影響を与え、また、ロシアのウクライナ侵攻と国際社会の対応が現在進行中ということもあって、今年は特に活発に、憲法のあり方が議論されています。
今日は、そうした議論にも触れながら、憲法の条文を変えるか、維持するか、という個別の論点を考える前提として、社会の変化と憲法の関わり、そして憲法論議のあり方について考えてみたいと思います。

 日本を含むリベラルデモクラシーの国々の憲法は、「立憲主義」という考え方に基づいています。そもそも民主主義社会においては、人々が従うべき権力は憲法が規律する政治プロセスを通じて初めて生まれます。その上で、恣意的な権力の行使を制限し、個人の自由を実現することが、立憲主義の狙いです。この点で、立憲主義の憲法は、権力を構成すると同時に制限する法でもあります。
社会のあり方が安定している場合には、憲法の下での選挙や世論を通じて、全国民の代表である国会の場において、あるいは裁判所の憲法判断によって、課題を解決すれば十分でしょう。これに対して、それまでの政治のあり方ではうまく解決できないほどの構造的な変化が社会に生じた時には、政治プロセスで憲法のあり方そのものを議論するのがふさわしい、と考えられます。憲法の解釈運用で対応できる場合もあれば、憲法の条文を改正することが必要な場合もありますが、重要なのは、変化について、また、どのように政治プロセスを変えていくべきかについて、議論を尽くしていくことだと私は考えています。

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日本国憲法は、天皇主権を国民主権に変更するとともに、基本的人権の尊重を明確にしました。戦争放棄を規定するとともに、政治プロセスが軍事力の統制に失敗した苦い経験を踏まえて、軍隊の不保持を憲法第9条で定めました。
この、国民主権、人権尊重、平和主義は、憲法の三大原理と呼ばれることがありますが、それは、日本国憲法が大日本帝国憲法とは異なる政治プロセスを作り出そうとした側面を、強調したものでしかありません。
より大きな視点で見れば、日本国憲法は、個人が尊重される社会を目指し、権力の濫用を防ぎ、合理的な統治を可能にするために権力分立の仕組みを採用しています。健全な政治プロセスに不可欠な選挙権や表現の自由を保障するとともに、公正な社会の実現に向けて政府が配慮するよう求める、生存権や教育・労働の権利なども定めています。政治権力の行使は法に従うべきであるという法の支配の原理を採用し、裁判所に違憲審査権を与えて「憲法の番人」としたことは、現在の立憲主義の大勢に沿うものです。

 このような日本国憲法は、簡潔で抽象的な条文の書きぶりをしています。そのことは、政治プロセスが、いま述べた基本的な価値や原則を、憲法の運用や解釈を通じて、柔軟に実現することを可能にしてきました。

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例えば、国会法、内閣法、裁判所法、地方自治法などは、憲法の内容を補って政治プロセスを規律する役割を担っています。憲法とこれらの「憲法附属法」、そして新しい人権を認める等の憲法判例の下で、これまで政治プロセスは安定的に運用されてきました。
東西冷戦終結後の国際社会の変化や経済のグローバル化といった大きな変化に対しても、政治プロセスは、政治改革や行政改革、司法制度改革、地方分権改革などによって対応してきました。これは、憲法を改正せずに、憲法の運用のあり方を変えることで、実質的には憲法改正に等しいことが行われたものと理解されています。

 それでは、いま、憲法論議に当たって、私たちはどのような社会の変化を意識すべきでしょうか。例えば、東アジアの国際情勢を理由として憲法第9条の改正が主張され、また、新型コロナウイルス感染症の経験も併せて、緊急事態条項の導入が説かれることがあります。他方、これらの問題は従来、自衛隊法や感染症法などの整備により対応がなされてきました。そうした憲法の運用を越えて改正を必要とするだけの変化、例えば国連による安全保障体制の変化が起きるかどうか、その対応として憲法改正が適切かどうかを、真摯に議論する必要があります。

 また、人口減少や過疎化の進行は、社会のあり方を大きく変えています。最高裁判所の判例は国会に対して、国政選挙における一票の較差の是正を求めています。投票価値の平等は、多様な利益や価値観を政治プロセスにおいて対等に扱うための大原則です。憲法の基本的要請である較差是正は、急務であるといえます。
他方で、参議院議員選挙において、人口の少ない複数の県を一つの選挙区にする、いわゆる合区の解消が憲法改正案として主張されています。しかし、政治プロセスの基礎を修正するのであれば、それは、地方の声をよりよく反映するように政治プロセスを再構成するための手段であるべきです。例えば、地方自治に関する立法や重要事項については参議院に特別の権限を認めるなど、二院制のあり方に踏み込んだ憲法論議がなされるべきではないでしょうか。

さらに、財政赤字の拡大は、政治プロセスが採用できる経済・社会政策の幅を狭め、それが世代内格差や世代間格差を増大させ、引いては若い世代の政治離れのように民主的な政治プロセスを傷つけるという悪循環を生みます。資源が縮小する中、憲法の定める財政統制の仕組みでは不十分だとすれば、政治・行政から独立して経済・財政の将来を予測する機関を設置して財政政策の合理性を検証できるようにすることも、憲法論議の中で考えられるべきことでしょう。

このように、様々な社会の変化が憲法に関わっていますが、なかでも、デジタル化を重視した憲法論議が求められると私は考えています。

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デジタル化は、便利な社会をもたらし、一人ひとりの幸福の実現に資する面があると同時に、プライバシー権の侵害や誹謗中傷の被害も大きくなっています。デジタル化に関する格差が拡大したり、AIによって世論や選挙の結果が操作されたりする危険も高まっています。デジタル化が個人の自由と政治プロセスの働きを損なわず、むしろ、弱い立場の人々のエンパワーメントと社会参画を拡大するように、デジタル社会における個人の尊重を確立する「デジタル権利宣言」とその具体的な保障の仕組みを議論することも考えられます。
また、デジタル社会で、人々の利益を守るためには、海外のプラットフォーム事業者を含む大企業を監督できるだけの強い権限が、政府に必要になります。また、国と地方、公共部門と民間部門で共通するデジタル基盤を構築することも検討されています。このようにデジタル化は、中央政府の権力を強める傾向があります。国と地方の役割分担や協力関係を再構築するとともに、行政をコントロールする機能を持つ立法権と司法権も強化する必要があります。
このように、デジタル化は、個人の自由と政治プロセスのあり方の両面で、立憲主義にとってのリスクとともに、そのバージョンアップのチャンスをも含むものです。

日本国憲法の定める個人の尊重、法の支配、平和主義の原則などは、現在、国際社会が共通の目標としているSDGsの方向性にも合致するものです。憲法を変える、変えないを自己目的化するのではなく、日本国憲法の価値や原則を、社会の変化に合わせてより良く活かしていくために、私たちの政治プロセスをどのように発展させるか、そのために憲法の運用を変えるのか、改正が必要なのかについて、考えていただければ幸いです。
最後になりますが、私は4年前にも、この番組で憲法論議のあり方についてお話しする機会がありました。NHKの憲法に関する意識調査によれば、憲法論議への関心のあり方は、「ある程度関心がある」は半分程度、「非常に関心がある」は10パーセント代後半と、ほとんど変わっていません。
憲法を通じてあるべき社会の姿について議論する、そのために憲法論議への健全な関心を喚起することを、メディアや政党の憲法論議には期待しています。

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