NHK 解説委員室

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「ウクライナ侵攻『新たな冷戦』の危機」(視点・論点)

国際政治学者 チャールズ・カプチャン

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(聞き手:河野憲治 解説委員長)
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、国際法や国連憲章を武力で踏みにじり、戦後の安定を保ってきた国際的な秩序を大きく揺るがすものとなりました。
今後、世界はどうなるのか。外交問題の著名な論客で、アメリカの外交戦略の立案にもかかわってきたチャールズ・カプチャン氏に話を聞きました。

(河野)
【歴史的 地政学的にみて ロシアの侵攻がもたらした最大の衝撃は何でしょうか】

(国際政治学者 チャールズ・カプチャン) 
【ヨーロッパで軍事化を伴う地政学的な分断が再び起きようとしていることではないでしょうか】
【ウクライナ情勢がどうなろうともNATO東側のへりの防衛は強化されるでしょう
すでにNATOとロシアの間の緊張はますます高まり冷戦時代のようになりはじめています】

大きな疑問は、西側とロシアの分断が、西側と中国の分断にもつながるかということです。
中国はロシアとプーチン大統領を支援し続けるのか?経済的・軍事的な援助を行うことでアメリカによる二次制裁の対象となるのか。
その答えはまだわかりませんが、これが「冷戦2.0」の始まりになる可能性があります。相手はロシアだけでなく、ロシアと中国の連合になるかもしれません。
かつての冷戦と新しい冷戦の違いは、世界が前よりも相互依存を高めていることです。
問題は、それが続くのかどうかです。いまロシアで起きていることは「兵器としてのグローバル化」とでも呼ぶべき事態です。ロシアは世界経済に組み込まれていたからこそ、非
常に広範囲の厳しい制裁に苦しんでいます。
問題はこのグローバル化からの引きはがしが主にロシアだけなのか。それともアメリカや日本、ドイツ、 中国も「ロシアの事態をみると、グローバルな相互依存はとても脆弱だ」と考えるかようになるかです。そうなると、冷戦2.0は脱グローバル化もともなうことになります。
プーチン大統領はいぜん権力を握っていますが、彼にとって終わりの始まりになるかもしれません。では、その先ロシアはどうなるのか。またプーチンのような政権になるのか、
民主主義世界との関係修復を試みるような国家になるのか、それはわかりません。

(河野)
【近年 アメリカと欧州各国はうまくいっていませんでしたが 今回 大きな変化がありましたね】

(カプチャン)
ドイツをはじめ各国は予想以上に積極的な行動に出ようとしています。なかでも最大の驚きは、ドイツが地政学的な使命感を再認識していることです。まさに数十年ぶりのことです。軍事関連に投資し、軍の近代化を進めることに合意しています。
ドイツは政権交代したばかりです。新しい連立政権に入った緑の党と社会民主党は、いずれも軍事費や武器売却には厳しい立場で、戦争へのさらなる関与には消極的でした。ところが、社会民主党の新しい首相は、1000億ユーロの軍事支出やNATOの目標である国防費のGDP比2%を主導しています。これはまさにゲームチェンジャーとなります。ヨーロッパが地政学的に強いプレーヤーとなり、域外にも影響力を及ぼすようになれば、ドイツがより大きな役割を担う必要があるからです。

(河野)
【ヨーロッパは政治的にすべての避難民を受け入れられるのでしょうか】

(カプチャン)
 これはデリケートな問題です。というのは、今回の結束、寛大さ、経済的な犠牲を受け入れる意志がいつまで続くのかを考えなければなりません。かなり長い間続くと思われますが、ウクライナ侵攻に前に起きていた政治的な分断や自由民主主義の弱体化をもたらした要因を注視しなければなりません。いまは、西側諸国の復活や自由民主主義の再来、ヨーロッパの門戸開放が話題となっています。しかし、6か月後にはどうでしょうか。人々は「この大量の移民をどうしたらよいのか?どこに住むのか?」そして「どれくらいの人が
永住したいのか?エネルギー価格高騰の影響は?ロシアからのエネルギー輸入なしでやっていけるのか?」と言っているかもしれません。
 ここアメリカでは同時多発テロのとき以来の超党派の姿勢が見られます。それがいつまで続くのか。おそらく長くはないでしょう。民主政治の中心であるアメリカの議事堂が、怒ったトランプ支持者に襲撃されたのは、昔のことではありません。
ロシアに対抗し、ウクライナを支援するいっぽうで、アメリカやヨーロッパでの国民の不満にもしっかり目を向ける必要があります。トランプ時代に大西洋両岸で見られたポピュリズムの大きな動きが再び起きないようにしなければなりません。
多極化や多元主義のもとで国際的な公共財を活用する世界へと前進するのではなく、後退していくことを懸念しています。そうした後退は、地政学的な敵対関係や二極化、さらなる軍事化、不信感の増大、紛争の増加につながるかもしれません。それは良いことではありません。
力を合わせて対応しなければならないこと、たとえば気候変動との闘い、核拡散の防止、北朝鮮の抑制、パンデミックへの対応、そしてサイバーセキュリティーの新たなルール作りなどの課題は、すべてイデオロギーを越えた協力が必要となります。特に中国との協力です。
中国はこの先10年で超大国として頭角を現すでしょう。
 世界はいま歴史的な転換点に立たされています。二極化された敵対関係や脱グローバル化の方向に進むかもしれません。あるいはより良い方向に進むかもしれません。ロシアのウクライナ侵攻を教訓に、再び大戦が起きそうになったときでも、軌道修正する方法を学んで進む方向です。
 今のままでは、ロシアと中国に対して、それ以外のほとんどの国が対立するという構図の「冷戦2.0」へ突入することが懸念されます。

(河野)
カプチャン氏が懸念するような新たな冷戦構造は、食糧やエネルギー価格の高騰など経済の痛みを長期にわたって各国の国民に強いるものとなりかねません。国民の不満を抑えながら、社会の分断を乗り越えて結束を保っていけるかどうか。
新たな対立の時代と向き合うには、民主国家の力も試されることになりそうです。

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