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「韓国 新大統領の課題」(視点・論点)

東京大学 教授 木宮 正史

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3月9日に行われた韓国大統領選挙は稀に見る大接戦でした。前検事総長で保守野党「国民の力」のユン・ソギョル(尹錫悦)候補が48.56%の得票率で、進歩リベラル与党「共に民主党」のイ・ジェミョン(李在明)前キョンギ(京畿)道知事をわずか0.73%の票差で抑えて当選しました。
最も重要な争点は、ムン・ジェイン(文在寅)政権への業績投票でした。任期末にもかかわらずムン政権は40%前後の高い支持率を維持しています。しかし、「政権交代」を望む有権者が過半数を占めることも事実です。「ムン政権はよくやったが、もう5年同じような政権が続くのはいやだ」と考える国民が相対多数であったと見るべきでしょう。

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 次に、キョンサン(慶尚)道に支持基盤を置く保守と、チョルラ(全羅)道に支持基盤を置く進歩リベラルが、その他地域における得票を争うという構図は、今回も現れました。ただし、ソウル首都圏のうち、前知事のイ候補がキョンギ道で優位に立つのは当然ですが、ソウルでは5%の差でユン候補が優位を占めました。これがユン候補の勝利を決定づけたと言えるでしょう。ムン政権の不動産政策が完全に失敗だったという評価が大きな影響を及ぼしました。
 さらに、世代の違い、ジェンダーの違いも顕著でした。

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60代以上が保守支持、40代50代が進歩支持と明確に分けられます。問題は、20代30代の動向になります。過去の選挙では基本的に進歩支持に傾くことが多かったのですが、今回は、保守野党が、36歳の若き党代表イ・ジュンソク(李俊錫)を前面に立て若年層に寄り添う政策をアピールしました。
 中でも兵役義務を抱え、女性に比べて就職などで不利を被っているという自意識を持つ男性に焦点を絞り、女性家族部の廃止を公約に掲げたのですが、逆に、同世代の女性の批判を受けることになりました。20代以下の男性の6割がユン候補支持、逆に女性の6割はイ候補支持と、見事に分かれました。
 約2か月の準備期間を経て、5月10日ユン新政権が出帆します。

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政権準備に十分な時間を割けなかったユン次期大統領は、大統領引き継ぎ委員会を組織して、政権構想の具体化に乗り出すことになります。与党内の支持基盤も盤石ではなく、イ・ジュンソク党代表や候補一本化の相手で党の合併にも合意したアン・チョルス(安哲秀)国民の党代表との関係も注目です。
 次に、野党との関係です。全300議席のうち、与党国民の力の議席は現在110議席で少数与党になります。ユン政権は野党の協力が必要不可欠です。しかし、韓国政治は与野党間に大きな政策の違いがないにもかかわらず、しばしば激しく対立してきました。不動産政策に関しても、ユン次期大統領は民間主導で住宅供給を行うと言っていますが、それだけで、安価で良質な住宅が提供されるのかどうか、疑問です。
 それ以上に難しい課題は、外交です。韓国にとって米国は同盟国、中国は最大の貿易相手国です。また、核ミサイル開発に邁進する北朝鮮に対して、非核化をめぐる米朝交渉に前向きに取り組むように迫り、韓国主導の南北平和共存の枠組みに取り込むという課題を抱えます。そのためには、北朝鮮に大きな影響力を持つ中国との関係は重要です。「安保は米国、経済は中国、北朝鮮問題は米中」に依存せざるを得ない状況です。
 ユン候補の言動や公約などから判断すると、ムン政権の宥和的な対北朝鮮政策は失敗したという評価に基づき、北朝鮮にもっと厳しい相互主義で臨むという姿勢のようです。北朝鮮が非核化などで譲歩しない限り、韓国の方から手を差し伸べて北朝鮮を助けることはしないということです。ムン政権は、非核化をめぐる米朝交渉が順調に進むことを前提に、ケソン(開城)工業団地やクムガン山(金剛山)観光事業の再開なども視野に入れていました。2018年の一連の南北首脳会談、米朝首脳会談で軌道に乗るかに見えました。しかし、19年に入るとハノイの米朝首脳会談の決裂を契機に挫折してしまいます。
ユン政権は、日米韓を中心とする国際的な圧力を強化することで北朝鮮の非核化を目指すことを優先する考えのようです。対北朝鮮政策に関して、従来以上に日米に接近すると思われます。
 次に、朝鮮半島有事への対応に限定していた米韓同盟関係を、増大する中国の軍事的脅威への対応を念頭に置き、他地域をカバーするように発展させる指向を持っているようです。ムン政権は米中の二者択一を回避することを優先してきました。しかし、韓国の願望を裏切って米中対立は深刻の度を深めています。さらに、ロシアのウクライナ侵攻がどのような影響を及ぼすのかも不透明です。台湾海峡問題への在韓米軍の関与の可能性も現実味を帯びようとしています。
 そうした中、ユン政権は、米中の間での戦略的曖昧性を放棄し、米韓同盟の方にもっと軸足を移す戦略的確実性を指向するとみられます。「中国との間での、THAADミサイルの追加配備はしない、米国の対中ミサイル防衛網には参加しない、日米韓軍事同盟は結ばない、と約束することはおかしい」とムン政権の対中政策を批判します。さらに、日米豪印からなるQUADへの参加にも積極的な姿勢です。
選挙戦では、外交安保問題はほとんど争点にはならなかったのですが、政権交代によって韓国外交の方向に重大な変化が見られるかもわかりません。但し、中国との関係は依然として重要であり、その意味では韓国外交の選択の幅はそれほど広くはないとも考えられます。
 最後に、日韓関係です。ここ数年の日韓関係は、政府間関係はもちろん、民間の関係においても、かつてない緊張状態が続いています。日本社会の一部にも、韓国に対しては厳しく対応するべきだという強硬論が強くなっています。
 今回の選挙で日韓関係が争点になったわけではありません。

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にもかかわらず、ユン・イ両候補の日本に関わる言動には顕著な違いが見られました。日韓関係を1998年の日韓パートナーシップ宣言のレベルまで回復させると主張したユン候補に対して、イ候補は歴史問題に関しては日本側に責任があるという原則的な立場を繰り返しました。したがって、日本では「ユン政権待望論」があったことは確かです。
 しかも、対北朝鮮政策や米中対立への姿勢に関して、とかく日本との違いが目立ったムン政権とは異なり、ユン次期大統領は、相対的に日本の立場に接近しているようにも思われます。そして、米韓同盟だけではなく日米韓の安保協力の重要性も強調します。その意味では、政策をめぐる日韓の協調も進むかもしれません。
 歴史問題に関わる韓国の司法判断も尊重し、日韓政府間の従来の約束も守れるような、そうした解法をユン政権が提示することが必要です。それは、ユン政権だけの力ではできません。日本の岸田政権の協力も必要です。日本政府の従来の立場は、「これは韓国国内の問題なのだから、日本は何もする必要はない」というものでした。これでは、ユン政権になったところで、問題解決の糸口さえつかめません。ユン政権の積極的な取り組みに対応する日本政府の姿勢にも柔軟さが求められます。
 日韓は韓国の民主化・先進国化を経て、非対称から対称関係へと変容してきました。それに伴って、相互補完的な関係から相互競争的な関係へと変わっています。
日韓の間には過去の歴史をめぐる認識の乖離、北朝鮮問題や米中対立への対応の違いがあります。しかし、私は、その違いよりも、ずっと大きな共通利益が存在すると思います。
その共通利益を目指して日韓が競争しながら協力することが、この困難で不透明な状況の中、お互いが名誉ある形で生存できるのかどうかの鍵だと確信します。

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