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「アジアの未来をどう拓く」(視点・論点)

アジア開発銀行 総裁 浅川 雅嗣

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 2021年はアジア・太平洋地域にとって困難な年でした。新型コロナの感染拡大により人々の生活が厳しい状況におかれ、深刻な経済的・社会的影響がもたらされました。
そうした中で、特に注視すべき第一の影響は、貧困層が大打撃を受けたことです。

経済成長率を見ますと、アジア・太平洋地域の開発途上国では、
2020年に約60年ぶりのマイナス成長となりました。

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2021年は、ワクチン接種の進展と好調な貿易に支えられて、GDP成長率は7.0%に回復する見通しです。
しかし、GDPの水準としては新型コロナ以前の水準を取り戻した訳ではありません。
このコロナ禍において、アジア・太平洋地域が達成してきた、これまでの貧困削減の成果は大きく失われ、その歩みは少なくとも2年前の姿に戻ってしまいました。

新型コロナの感染拡大が起こらなかったとした場合のシナリオと比較して、パンデミックにより「極度の貧困」に陥った人々が、2020年にはアジアの開発途上国において約8,000万人増加したと推定されます。

第二の影響は、公的債務と民間債務の水準が大幅に上昇したことです。この2年間で、パンデミックへの対応に関連した公的支出が拡大する一方で、税収は急激な減少に転じたため、この地域のほぼすべての国で債務が大きく膨らむ結果となりました。

地域全体のGDPは、パンデミックが発生しなかったとした場合の水準を大幅に下回っています。そして、労働市場の回復も不完全です。そのため、国際社会との協調の下、各国政府による政策対応が引き続き重要となっています。同時に、この上昇した債務残高を今後どのように処理していくのかは大きな課題となっています。

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私が総裁を務めるアジア開発銀行、ADB、の使命はアジア・太平洋地域の開発途上加盟国の成長を支援することです。
2021年には、新型コロナに迅速に対応すべく、開発途上加盟国に、136億ドル、およそ1兆5000億円の支援を行いました。
これには、•財政の逼迫に直面する政府を支援するための49億ドル•安全で有効なワクチンの調達と配布を支援するための41億ドル•民間セクターを支援するための33億ドル•その他様々な形での災害対応や技術協力が含まれます。

さて、2022年、アジア・太平洋地域が現在の危機に対応し、持続可能な成長実現への軌道に戻るためには、次の3つの課題に対処する必要があると考えます。

第一の課題は、何と言ってもパンデミックからの回復です。

新たに感染力の強いオミクロン株が出現して以来、日々の新規感染者は、昨年のピークを超えて急激に増加しました。幸いなことに、アジア地域ではワクチンの導入が進んでおり、アジアの途上国の人口の約65%がすでに2回目のワクチン接種を終えています。

新型コロナが季節性インフルエンザのようなエンデミックになり、新型コロナが消滅することはなくても、デルタ株の流行やパンデミックの初期段階で見られた恐ろしい結果は、今後起きないとする楽観的なシナリオがあります。

しかし、ワクチンの有効性が低下する変異株が発生する可能性も依然としてあります。
したがって私たちは、早期の予防、発見、そして対応のためのプライマリーケアの強化、ワクチン製造の拡大、情報共有の改善規制の強化など、健康に関する安全保障を改善していく必要があります。

これらの実現に向け、ADBは2022年から2024年の間に、新型コロナへの対応のために
400億ドル、すなわち約4兆6千億円の追加的金融支援を提供する予定です。

第二の課題は、気候変動への対応です。

アジア・太平洋地域は世界の温室効果ガス排出量の半分、約50%を占めており、この問題はこの地域にとって極めて重要です。また、コロナ危機からの回復に伴い、世界のエネルギー関連の二酸化炭素排出量は、石炭、石油、ガスの需要が増大することにより、2021年には5%近く増加したと予測されています。そして、拡大する石炭需要の80%以上がアジアにおけるものと見込まれています。こうした状況を見ますと、エネルギーシステムの脱炭素化への移行なしに、パリ協定の目標を達成することはできません。

また、アジア・太平洋地域では、気候変動による被害が急激に増大しておりますが、ADBにおいても気候変動への取り組みを一段と強化しています。

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具体的には、2019年から2030年までの気候変動ファイナンスの目標額を累計1,000億ドル、およそ11兆5千億円に引き上げました。
また、パリ協定の目標にADBの業務を合致させる取り組みを進め、開発途上国のパリ協定へのコミットメントを継続的に支援しています。

また、昨年ADBは、アジア・太平洋地域の低炭素化の促進を柱とした新しいエネルギー政策を発表しました。新規の石炭火力発電所に対する融資は今後行いません。
さらに、既存の石炭火力発電所の早期廃炉と再生可能エネルギーへの転換を加速するための取組み、「エナジー・トランジション・メカニズム、ETM」の促進に力を入れています。

これは、石炭火力に依存するアジア・太平洋地域で、環境への負荷が高い石炭の使用を減らし、温室効果ガス排出の削減に貢献するとともに、クリーンエネルギーへの移行、低炭素経済に移行する過程において革新的な役割を果たすと考えています。

第三の課題として開発途上加盟国が国内で資金を確保できるよう国内資金動員を支援することの重要性です。

開発経済の最終的な目標は、外からの融資や援助・支援に過度に頼るのではなく、具体的には、税収を上げる、あるいは国内資本市場をしっかりと整備することで国内資金を充実させて「自前」で成長していくということです。

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新型コロナの影響で地域全体における租税収入が減少する一方で、財政支出圧力と公的債務が増加し、さらに、医療などの公共サービスに多額の支出を行う必要性も顕在化しています。

予測によると、パンデミックによる新たな債務負担を解消するためには、開発途上加盟国は、今後10年間にわたりGDPのほぼ1%に相当する追加的な歳入を毎年確保していく必要があります。1%という割合は大したものではないと感じるかもしれませんが、この地域では今後10年間の平均額で、年間約3,500億ドル、約40兆円にのぼります。

パンデミックにより生じた債務に加え、アジア・太平洋地域は17の持続可能な開発目標、SDGsのすべてで後れを取っており、SDGsを達成し、安定的かつ持続可能な財源を確保するためにも、中期的な歳入戦略に沿って、国内資金動員を強化していくことが大切です。

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また、OECDやG20によって進められている、税源浸食・利益移転(BEPS)の防止をはじめとする国際課税のイニシアティブにも、アジア各国がより積極的に参加することで、経済のデジタル化やグローバル化に対応しながら、追加的な歳入を確保していくことが期待されます。

最後に、今、重要なことは、コロナ対策か、持続的な発展に向けた長期的な課題への対応かの「二者択一」ではなく、それら両方にしっかりと取り組んでいくことです。

強い覚悟を持って行動すれば、環境にやさしく、強靭性を備え、誰も置き去りにすることのない形で経済回復を遂げる未来が、このすぐ先に待っていると信じます。

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