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「『統計不正』があらわにした問題」(視点・論点)

東京大学名誉教授 竹内 啓

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 国土交通省において、不正な統計作成が行われていたことが明らかになりました。これに先立って、3年ほど前に厚生労働省の統計について不正が行われていたことが明らかとなり、それをきっかけに政府統計に関する総点検が行われるようになりました。
その後、多くの省庁の統計作成の過程で、不適切な処理が行われていたことが明らかとなって、是正措置が取られたのですが、その中でも国土交通省の統計不正は明るみに出ることなく、続けられていたことについては、ただ呆れるばかりです。

国土交通省では先日、責任者の処分がなされましたが、きょうはこのような統計不正が起こる背景、その構造的な原因について考えてみたいと思います。

まず事実関係から明らかなのは、関係する職員の専門性の不足、専門家としてのモラルの欠如です。そのために統計作成の現場において、仮に問題が起こった時にそれに対する適切な処理をすることができず、また組織内部では不正が明らかになった時、それを適切に是正することができず、いい加減な「ごまかし」が続けられることになりました。

それは現場で長年の経験を積んだベテラン職員がいなくなり、また統計部課の管理職に、その省庁の一般的な人事問題の一部として、統計に関する経験も知識も持たない人がなるという状況が起こっているからです。

 敗戦後にがたがたになった日本の統計制度が再建されたとき、各省庁がそれぞれ統計の仕事を分担する分散型と呼ばれる制度が続けられることになりました。その際に重要な省庁には統計局が設けられて、そこに高度な知識と能力を持った統計専門職員が置かれることになりました。

 しかし、戦後の行政改革の中で、統計関係の部局は局から部へ、部から課へと格下げされ、人員も予算も減らされて、統計部局の専門性と独立性は失われました。

 21世紀に入って、このような状況に対して統計改革を求める声が高まり、統計法が改正されて、政府統計の「司令塔」として「統計委員会」が設置されるなど、いくつかの改革が行われましたが、分散型の統計制度の基本的枠組みは変わらず、統計委員会は人事予算面に対する発言権を全く持たないので、状況を変えることはできませんでした。
このままでは統計の不正を根絶することができないと思います。
しかし、統計の不正がなくなれば、日本の統計は満足できる状態と言えるのでしょうか。
そうとは言えないと思います。

データにもとづく政策、つまり「Data based Policy」という用語があります。
政府の政策は経済・社会の客観的に正しく把握したデータにもとづいて、その目的が明確化され、適切に企画、実行され、また事後にはその効果が評価されなければならないということです。その大前提は必要で適切な統計データが存在し、それが正しく利用されるということです。

 しかし日本ではこの点の認識が政府にも政治家にもジャーナリズムや評論家の間でも驚くほど欠けています。そのために客観的なデータの根拠のないままに重要な政策が論じられ立案され実施されています。大部分は表面には出ていませんが、莫大な無駄が生じていると思います。

 最も身近な例で言えば、新型コロナウイルスの問題です。このような問題に対してはまず、実際のまん延状況とその傾向を把握して対策を考えて、さらに対策の効果と、その経済社会に対する二次的影響を評価して、それに対応する政策を考えることが必要です。

 今は非常事態でありますが非常事態だからこそ、合理的で強力な政策を打ち出す必要があります。しかし現実には、そこでのデータにもとづく政策のための、基本的なデータが欠けています。「感染者数」として発表される数字は「報告された感染者数」であって統計調査に基づくものではありません。

したがって、これが実際の感染者数とどのような関係にあるのか不明で、どれだけの誤差や偏りがあるのかがわかりません。それでも大体の傾向を把握することはできるかもしれませんが、適切な政策を打ち出すには極めて不十分です。
調査の必要性を主張する人もおりましたが、政府内にも調査を実行する組織も存在しないので、そのままになっているのが現状です。

 コロナの経済的影響に対する政策は「でたらめ」と言わざるを得ません。その最大のものが国民一人当たり一律10万円の給付金です。あの政策の目的は何だったのでしょうか。またどんな効果があったのでしょうか。
 最初はコロナの影響で困っている人々に一世帯30万円を給付するという案でしたが、その範囲を決めるのが難しいということで一律一人10万円ということになりました。

 配布金はおそらく大部分の国民は貯蓄に回していたのではないでしょうか。経済政策、消費者需要の刺激という意味でも、あるいは困った人への支援としても限定的な効果しか得られず、10兆円を超える財政支出は莫大な無駄遣いであったと言わざるを得ません。

 現在の日本は、社会経済的に大きな問題が生じた時、まず客観的なデータをもとめる意識が欠けており、またそれに対応する統計システムも統計の機動性がありません。これは重大な欠陥だと思います。

私は現在の政府の統計システムを根本的にあらためて、各省庁から独立した「中央統計庁」というものをつくることを提案したいと思います。その趣旨は統計に関する資金と人材を集中し同時に統計に関する主要な業務とともに、それに関わる企画、管理等の権限も一元化して効率化と合理化を進めることです。

それによって、統計を一生の仕事として誇りと熱意を持って質の高い仕事を生み出す専門性の高い職員を生み出すことが可能になると考えます。

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中央統計庁では具体的には次のような業務を行うことを想定して一覧表にしていますが、国勢調査などの政府の主要な統計の作成、国民経済計算および主要加工統計の作成、研究所や大学との連携、協力、国際機関への協力、外国の統計情報の収集、分析の業務があります。
もうひとつ大事なことは自然災害や経済恐慌など機動的でダイナミックな組織を作ることです。

私はさらに、中央統計庁の組織づくりを考える上では、次の2点が重要と考えます。

一つ目に、組織上も権限の上でも他の省庁から独立していること。
二つ目に、政府の全ての統計について指導、監督の権限を持つこと。

 このような中央統計庁の設置には政治的判断が必要です。一方で、それは全ての政党、政治勢力、あるいは政治的影響力を持つ集団の利害には直接かかわらないものです。
だからこそ誰かが積極的に推進しない限り中央統計庁の実現は難しいでしょう。
 しかし、社会、経済の状態について広範囲にわたる信頼できる統計が存在し、あるいは必要に応じてそうした統計が作られることは、国の政策を正しい方向に導き、有効な政策を立案、実施できることになるわけで、長期的に大きな成果を生むはずです。

 政治家や識者と呼ばれる方々がこのことに気づいて、中央統計庁の設置の実現に努力していただくことを強く希望しまして、私の話を終えたいと思います。

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