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「新時代を生き抜く『ニュータイプ』」(視点・論点)

著作家 山口 周

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 1970年代から80年代にかけて「ジャパン・アズ・ナンバー1」と叫ばれ、世界の企業がこぞってお手本にすべく研究していた日本型経営は、このところうまく機能していません。過去の日本と現代の日本とをあらためて比較して考えてみても、私たちの勤勉さや能力に、大きな違いがあるとは思えません。ではなぜ、このように大きな変化が起きているのでしょうか?

ビジネスの本質を「価値を生み出す営み」と定義してみると、原因が浮かび上がってきます。ここでのキーワードは「価値」です。価値とは非常に相対的な概念で、社会のあり方が変われば価値のあり方も変わります。

つまり「昭和において求められていた価値」と「令和において求められている価値」とは大きく異なっているのです。にも関わらず、私たちの働き方、あるいは組織のあり方は変わっていない。これでは大きな成果を生み出すことができなくなるのは当たり前のことでしょう。

私はここで、昭和の時代に大きな価値を生み出した思考や行動の様式=オールドタイプを、令和の時代に大きな価値を生み出す思考や行動の様式=ニュータイプへと切り替えることを提案したいと思います。
では具体的に、どのような変化が求められているのでしょうか。ここでは三つの対比という形でオールドタイプからニュータイプへの転換を示してみたいと思います。

1つ目に求められているのが「正解を出すオールドタイプ」から「問題を提起するニュータイプ」への転換です。昭和は、社会に多くの不満・不便・不安という問題があったにも関わらず、それらの多くが未解決だった時代、つまり「問題が過剰で正解が希少」だった時代です。

だからこそ、問題を解決してくれる「正解=ソリューション」が強く求められました。例えば高度経済成長期の「三種の神器」などが典型です。「外に洗濯しに行くのは辛い」「食べ物が保存できないのは不便だ」「家が退屈でつまらない」といった、非常にわかりやすい問題を多くの人が抱えていたからこそ、その解決策である電気洗濯機や電気冷蔵庫やテレビといった「ソリューション」があれほどまでに求められたのです。

ところが現在は、多くの不満・不便・不安は物質的に解決されてしまいました。各種の社会調査によると、現在の日本では8割から9割の人が「日常生活において物質的な不足を感じることはない」と答えています。
つまり昭和とは逆に「問題が希少で正解が過剰」という状況になったのです。このような社会では「与えられた問題に対して早く正確な正解を出す」オールドタイプは価値を失う一方で、「まだ誰も気づいていない問題を提起する」ニュータイプが、大きな価値を生み出すことになります。

 二つ目に求められているのが「“役に立つ”を目指すオールドタイプ」から「“意味がある”を目指すニュータイプ」への転換です。一般に「役に立つ」というのは肯定的な意味で用いられる形容です。

しかし、では今日の市場において、最も役に立つものが、その市場において最も高い値段で購入されているかというと、残念ながらそうではありません。逆に、多くの市場において「最も役に立つもの」はむしろ、最も安価に売られています。

例えばカメラを考えてみるとわかりやすいでしょう。家電量販店に行って「一番便利なカメラを持ってきて」と言われれば、使い勝手の良いコンパクトなデジタルカメラを持ってきてくれるでしょう。動画もスチルも撮れて、手ぶれ補正などの機能も充実している、とても使い勝手の良いカメラです。

しかし、では、そういったカメラが高価格で販売されているかというと、むしろ逆に最も低い価格帯で販売されていることが多いと思います。逆に、最も高い価格帯で販売されている欧州のカメラは、そういったカメラと比較するとはるかに機能面では劣っていることが多いと思います。
つまり、最も高機能で「役に立つ」ものが最も低い価格で販売される一方、機能面で見劣りするけれども何らかの意味的価値を持つもの、がその意味的価値ゆえに高い値段で販売されているわけです。生活上の具体的問題の多くが解決されてしまった今、人が消費活動によって手に入れたがるのは「意味的な価値」になっています。

このような時代においては、昭和と同じように「役に立つ」ことだけを追求するオールドタイプの思考・行動様式をアップデートし、「意味がある」ことを求めるニュータイプへと転換することが求められます。

さて最後の三つ目に求められるのが「ベテランと専門家に頼るオールドタイプ」から「発想力と想像力を活かすニュータイプ」への転換です。企業や社会において「経験や専門性」は非常に肯定的に捉えられています。
しかしでは、なぜ今日の世界において大きな存在感を示している企業や事業の多くが「経験と専門性」を持たない人たちから生み出されているのでしょうか?典型例がGAFA、すなわちグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルの4社です。これらの企業の創業者の創業時の年齢はそれぞれ25歳、31歳、19歳、21歳となっており、平均では24歳となります。また創業から10年以内に時価総額1000億円を達成した企業、いわゆるユニコーン企業の創業者の年齢分布を調べてみると、最も多いのは30歳前後となっています。日本の企業では一般的に、経験を積めば積むほど知識は増え、スキルや能力が高まり、したがって大きな成果を出せる、という前提に立って人事制度が設計されています。しかし、この前提はすでに破綻しており現在の世界で起きていることを説明できません。

「専門性がある、あるいは経験がある」というのはポジティブに評価されることが多く、逆に「専門性がない、経験がない」というのはネガティブに評価されることが一般的に多いわけですが、現在の世界をみてみると、この「専門性がない、経験がない」というネガティブさが逆に競争優位を生み出している、言うなれば「ネガティブ・アドバンテージ」とでも言うべき要件を備えた組織や個人がニュータイプとして活躍しているのです。

変化が激しく起きる状況では蓄積したスキルや知識は早期に陳腐化します。つまり現在の社会ではかつてよりもベテランや専門家が価値を持ちにくい時代なのです。このような時代において、昭和と同じように専門家とベテランに依存するオールドタイプの様式を改め、ネガティブ・アドバンテージを積極的に活かすニュータイプへの転換が求められると思います。

 これまで見てきたように、私たちを縛る「昭和的な価値観」は他にもたくさんあると思います。みなさん自身が、自分自身の可能性を毀損する古い価値観に自覚的になり、その価値観から自由になることで、皆様の可能性がより豊かに花開くように祈念しつつ、私の話をここで終わりにしたいと思います。

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