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「巨大地震 厳冬期の対策」(視点・論点)

日本赤十字北海道看護大学 教授 根本 昌宏 

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令和3年12月、国は北海道から東北沖の巨大地震の発生に伴う被害想定を公表しました。
日本海溝・千島海溝の2つの地震によるもので、積雪で避難が遅れる冬の深夜に発生した場合、死者数は最大19万9千人とされ、東日本大震災の被害をはるかに上回る想定です。
これまでの南海トラフ巨大地震や首都直下型地震の想定と異なるのは、「低体温症要対処者」や「凍結時における津波による死者数」といった、厳冬期の発災が想定されたことです。地震想定地域である東北・北海道は、10月下旬には最低気温が一けたとなり、3月までその寒さが続きます。すなわち一年の半分は、災害対策に寒さ対策が必要ということになります。今回の想定で大切なことは、適切な対策を講じれば、被害の8割を軽減できることにあります。ここでいう対策とは、行政によるものだけではありません。被災想定地域に居住する住民一人ひとりによるものが大きく、今回はこの部分を中心にお話しさせていただきます。

 東北、北海道においては、2011年の東日本大震災や2018年の北海道胆振東部地震を経験しました。ブラックアウトが起きた胆振東部地震では、北海道内の多くの方々が、「これが冬であったらどうなるのか」「冬でなくてよかった」という言葉が聞こえました。その理由は簡単で、停電すればほとんどの暖房が使えず、寒さで凍える可能性を多くの方が想像したからです。
 津波想定地域の住民の皆様には、日ごろの備えを今一度見直していただきたいと思います。厳冬期の津波災害でこわいのは水にぬれることです。2009年7月のトムラウシ山遭難事故でも明らかになったとおり、夏山であっても体がぬれて風が吹けば低体温症で命が失われるからです。津波で濡れないためには迅速な高台避難が重要ですが、みなさまの住居の室内は、暖房によって真冬でもとても温かく、薄着で過ごしているかたも多いでしょう。大きな地震が起きた時、薄着の部屋着の状態から、氷点下の屋外で一夜を明かせるような服装へと着替えなければなりません。そのため、夏場よりも準備に時間がかかってしまいます。

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1分1秒を争う津波からの避難を実現するために、真冬の屋外に出ても問題のない防寒着セットを、玄関先などに置いていただきたいと思います。もちろん、その近くには健康を保つために必要な避難リュックを準備してください。長袖の下着やタイツなどの着替えをはじめ、持病のお薬、マスクなどをビニール袋に入れ、口を堅く縛って濡れないようにします。カイロや毛布、そして寒いときにも食べられるもの、例えば適度な湿り気と甘みのあるようかんなどを入れると良いでしょう。
 避難行動では、路面凍結や吹雪を想定しなければいけません。夏とは違う道路状況であることを考え、どのように避難するかをあらかじめ考えておくことが大切です。そのために、まず、個人・家族で高台などの避難場所をハザードマップで確認しておき、そこまでの避難経路、避難通路を把握しておきましょう。準備なしに、いきなり本番を実現することは難しいと思います。履きなれた冬用シューズをすぐに履けるようにしておき、ぜひ、避難ルートを用いた冬の避難練習を、個人・家庭レベルで実施していただきたいと思います。
 逃げてから、最初に問題となるのはトイレ・排泄です。人が生きる上で排泄行動は欠かせません。しかし大きな災害時には停電・断水となりますので、普段のトイレが使えない。トイレを我慢する、水を飲むのを我慢するなどの負の連鎖が発生すると、たちまち体調不良に陥ります。津波想定地域だけでなく、東北・北海道すべての地域において在宅避難が想定されますので、停電・断水を想定したトイレ計画を作り上げてください。

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最も簡単な方法は、普段のトイレにビニール袋をかぶせて使用する携帯トイレ方式です。災害が発生していない今であれば、ホームセンターなどで簡単に入手できます。ご家庭の中でぜひ一度ご使用いただいて、非常時のトイレの練習も行ってください。
 避難先、すなわち避難所の防寒対策の推進が、今回の津波被害想定を軽減するうえで不可欠となります。

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室内気温が15度を下回れば、健康被害が生じる可能性がありますが、私たちは氷点下10度を下回る中、停電を想定した避難所の検証を繰り返してきました。気温0度のとき、ブルーシートを敷き、毛布一枚の空間は、1分も耐えられません。気温が10度あっても、床から伝わる冷気によって雑魚寝の状態では、あっという間に体が冷えてしまいます。この寒さ対策には、保温の観点が大切です。

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具体的には、床や室内空気からの冷気を遮断し、自身の体温を保持する段ボール素材のベッドが有効です。令和元年東日本台風の際には、段ボールベッドとマットレスそして電気毛布のセットが展開され、寒さ対策として有効に機能していました。
避難所となる施設の外部にあらかじめ給電ソケットを装備することで、停電下においても、施設内の既存の暖房器具が使えるよう、設備改修を進めている自治体があります。日常と同じように安全に、効率的に暖を取ることができますし、外部電源には自家発電機だけでなく、EVやPHEVなどの自動車も使えますので、冬の暖房対策において理にかなっている方法であると思います。保温、加温とエネルギーについて、地域性を踏まえながらバランスよく整備することが求められています。
 大きな地震災害の後は、余震を恐れて自宅にいられない場合や避難所に入れないことも想定されます。

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その際には車中泊が考えられるかもしれません。しかし、車中泊はエコノミークラス症候群の発症が危惧されますので足が伸ばせる程度の広さと、トイレ対策が必要です。また、大量の一酸化炭素を排出していることも忘れてはいけません。ガレージの中やマフラーが閉塞しそうな場合にはエンジンを切ることを忘れないでください。
今回の想定では低体温症が大きくクローズアップされていますが、これのみにとらわれすぎないことも大切です。これまでの大きな災害と同様に、夏であれば熱中症が発症します。エコノミークラス症候群、誤嚥性肺炎、ノロウイルス感染症なども、今回の津波想定には入っています。健康を守るためには、個人の持病も踏まえた対策が必要です。 
 大きな災害では、たくさんの方が困難を強いられます。その中、最も危惧されるのが、支援を必要とする人たちが取り残されることです。普段の支援と、災害時の支援は様相が異なります。災害時には圧倒的に支援人材が不足します。昨年5月、国は災害対策基本法を改正し、地域の避難行動要支援者に対する個別避難計画を策定することを努力義務といたしました。この策定は防災担当者のみではできません。保健、介護、福祉にかかわる数多くの関係者の方々、地域の民生委員さんなど、日ごろから支援に心配りをされている方々とともに、支援を必要とされるご本人自身が納得して作り上げる必要があります。今回の改正は、過去の災害の逃げ遅れ事案を踏まえたものであり、津波災害はもとより、今後発生する様々な種類の災害対策に生きることは間違いありません。今できること、一人ひとりのお立場から着実に進めていただきたいと思います。

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