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「デジタル社会に向けた課題」(視点・論点)

中央大学 教授 須藤 修

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 私たちは、今まさに「デジタル革命」の真っ只中にあり、世界の社会・産業構造に革命的な大転換が起こっています。
 政府の総合科学技術・イノベーション会議は、―人ひとりの幸福追求と世界の平和と繁栄を両立させ、多様性を重視し、地域、ジェンダー、世代といった枠を越えて、すべての人々に科学技術の果実を届けなければならないとしています。来るべきデジタル社会の核心はまさにこの点にこそあると思います。

スウェーデンの研究者、エリック・ストルターマンが2004年にはじめてDX、すなわち、デジタル・トランスフォーメーションという概念を唱えたのですが、最も重要な意味は、デジタル技術で人々の生活や人生を豊かにしようということです。

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日本では、DXをSociety5.0の全国的な展開によって成就しようということに特徴があります。Society5.0は、総合科学技術・イノベーション会議が提起した概念ですが、その核心は、フィジカル(つまり現実)空間とサイバー(つまり仮想)空間を高度に融合するCPS(Cyber-Physical System)を構築することで新たな社会発展を創造することです。

政府デジタル庁や自治体が推進すべき行政のDXでは、このCPSの構築において、「デジタルツイン」が極めて重要な役割を担うでしょう。社会のさまざまなデータをクラウド・コンピュータに大量に集めて、巨大データ群を処理・分析して将来を予測し、それを現実社会に戻すというものです。例えば、災害関係では、地域のビルの設計強度などの構造データを集め、震度7の揺れでどのビルが倒壊し、どのエリアが危険かを人工知能で分析、予測する。政府と自治体はその想定を減災や避難誘導、救助活動に活用することになります。つまり、デジタルツインによって将来起こりうる変化を仮想空間上で推定すれば、将来のリスクに備えることができます。

しかし、少子高齢化と人口減少によって、自治体の経営は今後さらに厳しくなることが予想されます。財政力が落ちることで、単独で情報システムを構築・維持することは困難になるでしょう。そのような中、自前のシステムを所有せず、ネットワークを通じてさまざまなサービスを受ける、あるいは共同でシステムを整備して利用する動きが出てきています。すなわちクラウド・コンピューティングが積極的に導入されようとしています。

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 また、総務省の自治体DX推進計画では、デジタル技術の活用により、一人ひとりのニーズに合ったサービスを選ぶことができ、「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」が示されました。このビジョンの実現には、住民に身近な基礎的自治体の役割が極めて重要です。その際、窓口業務などでロボットや人工知能を活用して業務効率化を図り、職員の多くが構想力やコミュニケーション力を求められる持ち場に優先的に配置されるようにしよう、というのが政府の基本方針です。
さらに、データ様式の統一化を図り、客観的根拠に基づいて行政の効率化・高度化を図ることも打ち出されています。すなわち、根拠が必ずしも明確ではない政策の形成やその遂行を行ってはならないということです。これまでは十分なデータを確保することが困難な領域もあった訳ですが、今後、さまざまなデータを取得しやすくなりますので、政策立案のあり方も大きく変化することが期待されます。そのデータ分析には人工知能も積極的に活用されるでしょう。

 現在、世界で最もデジタル・ガバメントの取り組みが進んでいる国はデンマークです。デジタル技術の活用において、コミュニティを重視し、生活を良くする戦略をとっているのがデンマークの特徴です。政府と自治体が綿密な話し合いを行い、2010年代から体制を整えて、さまざまな行政サービスの高度化を実現してきました。国民は行政ポータルにおいて電子認証された上で、様々な手続きを行えるようになっています。申請手続きに必要な疾病記録や納税記録などの個人データを当該個人の許諾を得た上で行政官が閲覧できる体制になっており、給付や行政サービスを速やかに行うことができます。多くの手続きにおいて、もはや個々人が書類を作成して役所に持参する必要はなくなっています。

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なお、個人番号と政府クラウドへのログインIDの配布率は100%であり、政府クラウドのポータルにアクセスすれば、さまざまな行政サービスを受けられる「電子私書箱」の利用率は、2019年の情報によれば、利用可能な15歳以上の国民の84%に達しており、現時点ではさらに利用率は向上していると聞いています。
 日本でもマイナンバー制度がつくられ、デンマークの電子私書箱から学んだ「マイナポータル」が開設されているのですが、マイナンバーカードも含めてあまり利用されていません。
では、なぜ日本ではデジタル・ガバメントが進まなかったのでしょうか。最も重大な原因は、政府省庁、各自治体で行政データの標準化が進んでおらず、様々な情報システムが連携していないことにあります。
ようやく2021年10月からマイナンバーカードが健康保険証として利用できるようになりました。またマイナンバーカードに運転免許証機能をもたせることについても検討が進められています。
 2020年には新型コロナウイルス感染症での緊急経済対策として全国民に一律10万円の特別定額給付金が支給されましたが、給付にはかなりの時間を要しました。また、新型コロナウイルス・ワクチンの接種予約でも、住民と自治体現場は混乱に陥ることになりました。デンマークのようにデジタル・ガバメントが確立されていれば、迅速な給付と予約の受付が可能だったことでしょう。

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ところで、昨年4月、台湾のオードリー・タンIT担当閣僚にオンラインで話を聞く機会がありました。オードリー・タンさんは、デジタル社会では、人々は、パターン化したやり方で物事を進めるのではなく、それぞれの現場で試行錯誤の中から新しいやり方を創造することが重要だと語ってくれました。前例に基づいてパターン化した政策の遂行に重きを置くのではなく、議会や行政は、地域住民とともに試行錯誤を共有しながら創意工夫を活性化すべきです。
近い将来、行政でも人工知能が様々な用途で幅広く活用されるでしょう。人工知能の特徴は、一定の活用領域においては、人間の最適化能力を大きく凌ぐことにあります。しかしながら、創造性はいまのところほとんど期待できません。さまざまな次元の事柄を関係づける試行錯誤と創意工夫こそが人間的であり、様々な人々の相互作用においてこそ創造性が発揮できるのだと思います。
最後に、政府、自治体をはじめとして、行政DXに関与されるさまざまな関係者の熱意と創意工夫を期待して、私のお話を終えたいと思います。

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