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「新たな考えで取り組む耐震化」(視点・論点)

名古屋大学 減災連携研究センター教授 福和 伸夫

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阪神・淡路大震災を引き起こした兵庫県南部地震の発生から27年を迎えました。この地震による直接死約5,500人のうち8割以上の方が家屋の倒壊で亡くなりました。早朝の地震だったため、古い木造家屋の中で就寝中に亡くなった方が多くいました。

わが国の耐震基準は1981年に改正され、新耐震基準が導入されました。ですが、古い基準で設計された建物には、新耐震基準は遡及されません。
大震災ではこれらの既存不適格建築物が大きな被害を受けました。このため、1981年以前の建物を改修することを促すため耐震改修促進法が制定されました。この法律に基づき、全国の自治体で、住宅の耐震診断や耐震改修に対する補助制度が整備され、学校や防災拠点の耐震化も行われました。その後、2011年3月に、住生活基本計画が閣議決定され、令和2年までに耐震化率を95%にする目標が示されました。しかし、残念ながらこの目標は達成されませんでした。地震対策の一丁目一番地の耐震化の遅れは、深刻です。
2013年には、南海トラフ地震対策などの一環で、耐震改修促進法が改正されました。

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不特定多数の人が利用する大規模建築物等を要緊急安全確認大規模建築物と定義し、災害時の避難路などを塞ぐ恐れのある建物などを要安全確認計画記載建築物と定義して、これらの建物の耐震診断を義務付け、自治体が結果を公表することになりました。自治体によっては、これらの建物の診断や改修に対する補助制度を用意しているところもあります。このように、補助対象は、古い住宅、多くの人が利用する大規模な建物、重要な道を塞ぐ背の高い建物、災害対応の拠点となる建物などに限られています。残念ながら、事業所や工場などの建物は補助対象外のため、産業界の耐震対策は余り進んでいません。
水害の場合はダムや堤防などの公共インフラの整備によって災害被害を減じられますが、地震災害では企業や住民などが保有する建物が被害を受けます。民の耐震対策を促すには、補助対象の拡大が必要です。

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 甚大な被害が予測される南海トラフ地震と首都直下地震の今後30年間の地震発生確率は、夫々70~80%と、70%と評価されています。全壊・焼失建物は240万棟弱と60万棟強、経済被害は約200兆円と100兆円と予想されています。このような被害を出せば日本は国家存亡の危機を迎えます。例えば500万棟の住宅を1棟200万円で耐震改修するのに必要な費用は全体で10兆円です。地震で失うお金に比べれば圧倒的に少額です。新型コロナ対策費と比べても大きくはありません。切迫する大地震を前に、今こそ、民間建物の耐震対策を本格化させるべきではないでしょうか。

阪神・淡路大震災では、古い木造住宅に加え、三宮周辺の事務所ビルなど、多くの建物が被害を受けました。鉄筋コンクリート造建物の被害調査によると、耐震基準の新旧にかかわらず、低層の建物に比べ、背の高い建物の被害が目立ちました。これは、構造計算に用いる地震力の定義と構造計算の方法に原因があります。
実は、地震によって建物に生じる力・地震力は、建築基準法施行令に規定されていますが、その意味を考えると、地震のときの地盤の揺れではなく、建物の平均的な揺れを規定していることが分かります。
本来、建物の揺れの強さは、建物の高さや堅さによって異なります。地盤の揺れの強さも、地盤の堅さなどによってかわります。ですが、耐震基準では、地盤ではなく、建物の揺れに対して安全性を確認しているので、建物によって被害が異なることになります。

【実験シーン】
ここで簡単な実験をお見せしましょう。こちらは固い地盤、もう1つは柔らかい地盤を示しています。固い地盤の上には2階建ての壁の多い建物。柔らかい地盤の上には壁の少ない6階建ての建物を置いてみます。地震を想定して左右に揺らしてみます。すると、地盤が軟弱で、壁が少なく背が高い建物は強く揺れます。こういった建物は、地震による被害を生じやすくなります。

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もう一つ、構造計算の方法による違いもあります。小規模な木造住宅や鉄骨建物、低層の鉄筋コンクリート造建物では、必要な壁の量を確認するだけの簡略な計算法が使えます。この方法は、強い揺れでも構造被害を生じさせない設計で、連続する地震に対しても無被害を保障します。一方、規模の大きな建物では、柱や梁の損傷を許容し、エネルギー吸収によって生存空間を確保する、高度な計算法を用います。人命保護を目的とした設計で、地震後の継続使用は保証していません。業務継続という意味では、十分な壁の量の確保が望まれます。
最近の地震災害からも、多くの教訓を学べます。2011年東日本大震災では、震源から離れた東京湾岸で広域に液状化が発生し、多くの住宅が沈下・傾斜しました。また、東京や大阪では超高層ビルが強く揺さぶられました。2016年熊本地震では、宇土市や益城町などで庁舎の継続使用ができなくなりました。また、2018年大阪府北部の地震では、多数のエレベーターが緊急停止し、多くの人が閉じ込められました。戸建て住宅の液状化対策、超高層ビルの長周期地震動対策、エレベーターの閉じ込め対策などは緒についたところです。

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そもそも、建築基準法は最低基準です。第一条に、「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする。」と法の目的が記されています。これは、日本国憲法第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と、第29条「財産権は、これを侵してはならない。」に基づいています。最低限の生存権を保障する範囲で財産権を制約しているのが建築基準法です。コストカットのため、科学技術を駆使し、ギリギリで基準法を満足するような耐震設計は避けるべきです。
多くの人が生活する大都市では、軟弱地盤に高層の建物が林立していますから要注意です。
孫子は「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」と述べ、ローマの建築家・ウィトルウィウスは、「強なくして用なし、用なくして美なし、美なくして建築ではない」(強・用・美)と述べています。地震対策の基本は、災害危険度の高い場所を避け、地震に強い建物を作ることです。
建築基準法が制定されて72年、新耐震基準が導入されて41年が経ちます。大地震が切迫する中、今こそ、最新の科学的知見を取り入れ、命を守るだけの最低基準の耐震基準から、成熟社会に相応しい国民の生活と生業を守る耐震基準へと見直しを図るべきではないでしょうか。

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