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「"やんちゃ"とデータが救う コロナ禍の大学教育」(視点・論点)

国立情報学研究所 所長 喜連川 優

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 おととし2月半ば、新型コロナウイルスの脅威が感じられ始めてきた頃に、私が会長を務める、日本データベース学会に相談が寄せられました。翌3月の始めに予定しているワークショップを開催するか、中止するか、どちらにしたらよいかという相談でした。

私は、若い研究者から学会発表の機会を奪うことは絶対に避けるべき、かと言って大人数が密になるわけにはいかない。そこで「オンラインでやってみませんか?」と「やんちゃ」な提案をしました。「やんちゃ」という言葉は 誰もやったことがないことを、失敗を恐れず勇気を持ってまずは行動に移すことを言います。最近でこそ、オンライン会議システムは広く利用されていますが、当時はまだまだ普及しておらず、しかも開催までたった2週間しかありませんでした。それは無理でしょう!と言われることは重々承知していましたが、IT屋がやらなくて誰がやるんですかと若手の先生たちを鼓舞しまして、まず国立情報学研究所に大きな部屋を用意しました。

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最初は不平もありましたが、色々と頑張って準備を進めるにつれ、皆、次第にこの挑戦に情熱が生まれ、結果、600人弱の研究者や学生が参加するワークショップはとてもうまく開催できました。未だに忘れられないのは、休憩時間などにお子さんと研究者が一緒にいるなごやかな風景が散見されたことです。オンライン開催をしてよかったなという気持ちと同時に、どうしてもっと早くからこのような学会の形態を提供してこなかったのか、恥ずかしくなった次第です。もちろん旅費も節約できます。

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圧倒的に便利さが人気を呼び、1年を経て昨年の3月には、参加者数は1000名を超えました。アフターコロナにおいても、この快適なオンライン機能は必須と言えるでしょう。さて、感染の影響を最初に受けた中国ならこんな取り組みはやっているのではないかと懇意にしている中国最大のコンピュータの学会に聞いてみたのですが、そんな大規模な学会活動は耳にしないとのことでした。

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500人を超える規模の学会のオンラインワークショップは世界的にも相当、やんちゃだったかもしれません。しかし、その後、IT関連の学会を除き、殆ど全ての学会活動は全滅となりました。とすると、4月からの新学期の授業の立ち上げは相当に混迷を極める可能性が高いと感じ、7つの大きな国立大学の情報基盤センター長の先生方などと相談しまして、大きな大学は計算機システム資源からもそれを支える人的な面でも恵まれていますので、色々な遠隔講義の実験をして、その失敗体験を中小規模の大学にどんどんと伝えよう。そのためのオンラインシンポジウムの場を作ってはどうかと提案しました。

IT業界には「FAIL FAST」という言葉があります。「失敗は早くしたもの勝ち」という発想です。大学のほぼ全ての講義を極めて短期間に対面から遠隔にするという壮大な挑戦をする中で、不具合は起きて当然です。こういう場合は先に失敗することが成功への近道、日本全国の大学で失敗を共有してはどうかと考えたのです。今までに例のない「やんちゃ」な提案でしたが、賛同して頂き、おととし3月末に最初のシンポジウムを開催しました。2回目以降、ピーク時には2000人を超える人々がオンラインで参加され、そんな場が瞬く間に出来上がったことに、私も驚いた次第です。当時、いかに多くの教育関係者がオンライン授業の情報を渇望していたかがわかります。最初の頃は、遠隔講義のシステムのダウンが報道されるたびに、担当者に報告してもらい、「ま、こんな些細なトラブルは大した問題ではないですよね。まだまだこれからが勝負ですから頑張りましょう」そんな風に勇気づけるのが私の役目だったように思います。大学の執行部が失敗の報道に過敏になって、小言が出て、現場が萎縮してしまわないようにという気持ちからでした。実は今でもこのシンポジウムを開催し、40回を超えており、全ての講演をアーカイブから聞くことが出来ます。

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このやんちゃな取り組みに、文部科学省も大変協力してくださいました。最初のシンポジウムでは、文化庁の著作権課長が登壇され著作権の課題について丁寧に説明してくれました。対面授業では資料をコピーして配布することは問題ありません。しかし、遠隔授業になると、そうはゆかず、著作権上の制約が生まれます。そこで、7つの大学の総長が私の名前も含め要請文を出すなどして、なんとか、5月前に政府が機動的に適切な措置をとり、この問題を回避することが出来ました。多くの大学が4月を準備期間に当て、5月頃から遠隔講義を開始しようとしておりましたので、まさに綱渡りでした。文部科学省からは、このシンポジウムでコロナ対策に関する多くの情報が提供され、大学の現場と文科省が、オンライン上で自然な形で繋がり、両者が一体となってこの難局を乗り越えようという機運が生まれたように感じます。さて、遠隔授業が実際に始まりますと、今度は全国の大学から、なるほど、と感心するような発見が寄せられるようになりました。

コロナ禍で遠隔講義とともに、LMSと呼ばれる学習管理のソフトウェアの導入が一機に進み、これによって学生や教師の学習教育活動に関するデータが入手できるようになりました。アンケートでは学生の考えや行動変化について必ずしもよくわかるわけではありませんでしたが、LMSのデータ分析を加えますと、学生の逞しさがはっきり見えてきました。

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例えばオンライン授業では、通学時間がなくなる点が最大のメリットですが、九州大学の調査では、大学における1時間目の講義の遅刻、図の赤いところが、2020年は前の年に比べると大幅に減っていることがわかりました。学生は遠隔からの講義参加だけになり大学に来れず可哀そうだと多々報道されましたが、名古屋大学からはLMSの学生利用がコロナ前に比べて1.5倍に、そして、講義数は2倍に増えたことが報告されました。学生はコロナ前からある程度慣れていたのに対し、倍になった分の講義は新たに教員が初めて遠隔講義に取り組んだということを示しています。学生も大変でしたが、教える側も実ははじめての経験で相当大変だったことが判ります。さて、オンラインで先生の講義を聞くスタイルが当初学生には好評でしたが、授業の録画を見るオンデマンドも活用されるようになりました。通信回線が不安定になると、オンライン授業は度々中断されてしまうため、授業を録画し、それを後から学生が閲覧するという形態です。

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 その閲覧データを解析すると、視聴スタイルに特徴的なパターンが見られるようになりました。この図は名古屋大学の事例ですが、通常の再生に加えて、ある箇所では1.5倍速で見ていることがわかったのです。

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名古屋大学だけではなく、大阪大学などでも調べたところ2倍速も含め、さまざまな速度による視聴が常態化しているのがわかりました。すでに十分理解しているところは高速モードで視聴し、難しいところを低速でじっくり学ぶという、学生たちは極めて合理的に、メリハリをつけた学習スタイルを編み出していたのです。学生たちが繰り返し視聴している場所、これは学生がつまずきやすいことを示しており、先生にとっても、次の講義までに、その場所を把握することが出来ることはとても有難いことです。

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コロナ禍における私共の活動の一端をご紹介してきましたが、コロナという未経験の事態の中では、過去にとらわれない「やんちゃ」な行動がすこしお役に立てたかもしれません。デジタルを巧みに学習に取り入れて、デジタル時代を上手に泳ぐ、そんな学生たちの姿をたくましく感じました。やんちゃとデータが掛けわされることで活力が生まれるのです。この活力がデータの更なる活用につながっていくことを願ってやみません。

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