NHK 解説委員室

これまでの解説記事

「水中考古学の世界」(視点・論点)

水中古学者 山舩 晃太郎

s220111_011.jpg

今日は水中考古学と呼ばれる学問と、沈没船の研究の意義について紹介させていただきます。沈没船をはじめ、水中に眠る遺跡を発掘・研究するのが「水中考古学」です。よく陸上の「考古学」と対をなし、独立して存在をしている学術分野ではないかと勘違いされますが、そうではありません。水中考古学はあくまで一般的な陸上の「考古学」の一部であります。ただ、遺跡が「水中」という特殊な環境にあるため、発掘作業や発掘された遺物の保存処理作業に特殊な技術と知識が必要となります。

s220111_013.jpg

そしてこれらの技能を身に着けた考古学者を包括的に「水中考古学者」と呼びます。私の専門分野は水中考古学の中でも「船の歴史」、つまり「造船史」を研究する「船舶考古学」です。これまでに西洋帆船を中心に、世界21か国で70以上の水中遺跡の調査研究をしてきました。

「人類は農耕民となる前から船乗りだった」私たち船舶考古学者が、この学問の重要性を示すために使う言葉です。アフリカから世界各地へ広まっていった人類、特に私たちが属する「ホモ・サピエンス」は最初、水よりも軽い質量のものを組み合わせた「筏」などを使用していました。そこから丸太の内部をくりぬいた丸木舟、そしてより多くの人や積み荷を運ぶために、丸木舟に側板を加えて大型化した準構造船へと改良していきました。丸木舟や準構造船の遺跡は世界中のいたるところから発掘されています。さらに時代が下り、古代エジプト文明などの時代になると、徐々に大型化と複雑化していき「船」が作られるようになりました。その後も船は人類にとって交易と戦争において最も重要な人工物として使われてきたのです。19世紀の終わりに飛行機が発明されるまでは船が唯一、人が海を越えるための乗り物でした。そのため、常にその時代の最先端の技術がつぎ込まれてきました。つまり過去の文明の船の構造を研究することによって、その当時の文明文化の技術水準を知ることができます。

s220111_014.jpg

また、沈没船が輸送船だった場合、沢山の積み荷も遺跡から発見されることも沈没船研究の注目すべき点です。古来より港には内陸部から様々な商品が集められ、船に積まれ遠くの港に運ばれ、そこから各地に散らばっていきました。つまり船の積み荷を研究分析することによって当時の人々の貿易システムをかなり詳しく再現、理解することができます。私もこれまでの研究で、古代ローマ時代の船の構造や、ルネサンス期の地中海諸国の貿易システムの一部を解き明かしてきました。船の遺跡の多くが水中で発見されていることも、船舶考古学が注目される大きな要因となっています。沈没船が行き着いた海底が砂地だった場合、自身が積んでいる積み荷の重さや、沈没船自身が障害物になって起こった海流の変化によって船体に砂が覆いかぶさります。そして「水中で更に海底に埋まる」という無酸素状態になり、有機物でも何千年も綺麗なまま保存される環境が出来上がります。いうなれば、真空パックに入れて冷蔵庫に保管しているようなものです。そのため沈没船遺跡を中心とした水中遺跡は考古学者の間でよく「タイムカプセル」と呼ばれているのです。

s220111_015.jpg

これまでに私自身も何隻もの古代ローマ船、2000年以上前の木造船を発掘してきましたが、海底から発掘された船体の木材や積み荷は、まるで昨日沈んだかのような綺麗な状態でした。

s220111_016.jpg

よく水中考古学を含め、考古学は「発掘」をする学問であると思われています。実のところ、考古学発掘では「掘る」ことよりも、「記録する」ことが重要なのです。

考古学者が常に心掛けているのは「発掘も破壊活動である」ということです。遺跡は“埋まっている”ことによって、良好な保存環境が保たれています。特に水中で海底下に埋まっている場合はなおさらです。逆に言えば、私達が発掘を行うことによって、何百年、または何千年も保たれていた良好な遺跡保存の環境が壊されてしまうことになります。そのため、発掘作業を行っている最中は出来るだけ繰り返し作業中に遺跡の情報の記録を正確に残さなければなりません。逆にいえば、記録作業が正しく行われない発掘プロジェクトは考古学者にとっては「破壊活動」と同義なのです。

その「破壊活動」を意図的に行う、考古学の敵が「トレジャーハンター」と呼ばれる人々です。彼らは簡潔に言えば「盗掘者」、トレジャーハンティングとは「遺跡の破壊」です。遺跡を破壊して、そこから金目の物を運び出し、それらを売って利益を得ているのがトレジャーハンターと呼ばれる人々です。彼らの目的は歴史の「研究」でも「保護」でもなく、「金(カネ)」だけです。沈没船遺跡を見つけるとダイナマイトなどで遺跡を破壊し、沈没船がバラバラに吹き飛んだ後、金属探知機を使って海底から金貨や銀貨などを探し、記録作業を行わないまま回収し、それをオークションなどで売っているのです。さらに困ったことに、最近、トレジャーハンターたちも自分たちのことを「水中考古学者」や「海洋考古学者」と名乗るようになってきています。トレジャーハンティングが国際的には明らかな犯罪行為と認識されてきたために、隠れ蓑として「水中考古学者」という肩書を利用しているのです。「トレジャーハンターという盗掘者達」の「トレジャーハンティングという遺跡破壊活動」について多くの人が正しい認識を持ち、彼らに騙されないようにする。これが私たちの歴史を守るためになによりも有効な手段になります。

s220111_017.jpg

「世界遺産」などを査定する、国連の教育機関である「ユネスコ」は、少なく見積もっても、世界中には100年以上前に沈没し、水中文化遺産となりうる沈没船が300万隻は沈んでいるとの指標を出しています。300万隻という数は一見多いように感じるかもしれませんが、天気予報や水中レーダー、海図や造船技術が格段に進んだ現代の日本でも、毎年50件近くの転覆や沈没といった海難事故は起きています。このペースが過去1000年変わらなかったとしたら日本単独でも5万隻もの沈没船があった計算になります。つまりこの300万隻というのもあくまで少なく見積もっての数なのであり、実際にはさらに多くの沈没船が世界中の海底に眠っていると私たち研究者は考えています。近年、世界中では、洋上風力発電施設設置や港や河川の護岸工事における事前調査によって毎週のように新しい沈没船が見つかっています。それに比べて水中遺跡の調査発掘をできる水中考古学者の数が足りていません。船は移動する機械です。例えば大航海時代のスペイン・ポルトガル船は世界中のいたる地域から発見されています。

s220111_018.jpg

そのため、船を研究する水中考古学者は世界中を旅しながら海に潜り、各国の仲間たちと協力して、まだ見ぬ沈没船の調査をしなければなりません。このような研究の毎日を送れるのも、水中考古学の魅力の一つです。この放送を視聴なさっている皆さんの中から、将来私と一緒に水中遺跡の調査研究を行ってくれる方が出てきてくれることを願っています。

関連記事