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「小林一茶の生き方」(視点・論点)

俳人 大谷 弘至

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江戸時代の俳人、小林一茶は今や日本だけでなく世界中で愛読される存在ですが、その一生は苦難に満ちていました。きょうは一茶の俳句や生き方から私たちは何を学べるのか、お話します。

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一茶は幼い一人娘、さとを天然痘ウイルスによって亡くしています。
文政二年(一八一九)、一茶が五十七歳のときのことです。
老いて授かった娘ということもあり、一茶はさとを大変可愛がっていました。それだけにショックは大きかったようです。
一茶は、さとの死を受けて、次の句を詠みました。

露の世は露の世ながらさりながら

わたしたちが生きている世界は、朝、草木の葉っぱの上に結んでは消えていく露のように儚いものであるとは重々承知しているけれども、そうであるとはいえ、つらいことである。
そのように一茶はこの句で言っています。
娘の死からくる悲しみを乗り越えることができない、現実を受け入れることができない、未練がましい、そんな弱い自分をあるがままに俳句にしています。
悲しみを飾るのでもなく、無理に堪えるのでもなく、ただただ、打ちひしがれた、あるがままの心の有り様を述べているのです。
この句がわたしたちの胸を打つのは、一茶があくまでも一人の父親として、娘を失って悲しみに暮れる飾らざる思いを吐露しているからではないでしょうか。
いっぽうで、一茶以前の文学では、こうした悲しい出来事に遭ったとき、世の無常を述べて、さらりと流す、そういった悟りきった態度を取るのが常でした。
「所詮、人の世は露のように、はかないものである」といって折り合いをつける。それが文学的な態度だったのです。
しかし、一茶はそれとは真逆のことをこの俳句で言っています。
「露の世は露の世ながらさりながら」。この「さりながら」の五文字に一茶の思いのすべてが詰まっています。

この俳句が収められている句文集『おらが春』には、一茶の菩提寺である明専寺の住職の幼い息子が川で溺れて亡くなってしまうエピソードが描かれています。
運び込まれた息子の亡骸を前に、住職夫妻は人目もはばからず号泣します。
日頃、人々に「この世は無常のものである」ことを説く僧侶ですら、そのように嘆き悲しむのだと一茶は感じ入ります。
ひるがえって、一茶の娘、さとが亡くなったとき、やはり一茶の妻、菊も泣き崩れてしまいます。
悲しむ菊に対して、それは無理もないことだと一茶は慰めます。

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「母である菊は死に顔にすがってよよ、よよと泣くが、それは無理もないことである。この期に及んでは、行く水が再び帰らない、散る花は梢にもどらないなどと諦め顔をしてみても、さとへの思いを断ち切り難いのは親子の恩愛の絆ゆえである」
と言っています。
明専寺の住職でさえ、息子の死にひと目もはばからずに嘆き悲しむのに、どうして自分たちのような凡人が娘の死を諦めることなどできようか、というのです。とてもリアルな姿ではないかと思うのです。

わたしたちはいま、コロナ禍によって、さまざまな問題を抱えています。いまなお多くの人たちが不自由を感じながら生活し、なかには苦境に立たされ、孤独に苦しめられている方もいらっしゃいます。
そうしたなかで、悲しみや辛さを表に出すことは、弱いことだとみなされたり、他人の視線を気にして、無理に我慢をしてしまったりすることがあるのではないでしょうか。
そうしたときに、一茶のように、自分自身に対しても、他者に対しても、「あるがままでいいよ」と言える心を持ちたい、私自身、そういう人間でありたいですし、社会全体がそうなってほしいと願う次第です。

いま、わたしたちは人生百年時代を迎えています。
健康で円満に長生きできればよいですが、誰もがみな、そのように生きることができるわけではありません。歳を重ねるほど、体の不調が出てきたり、家族や友人など、愛する人々との別れがあったり、つらい出来事が増えていきます。
また、現役時代、仕事がすべてであった人が、リタイア後にすっかり生きがいを失くしてしまい、孤独になってしまう。そんなこともよく見聞きします。
一茶は六十五歳まで生きました。当時としては長寿を全うしました。

老が身の値ぶみをさるるけさの春

世間は冷酷にも老いた一茶のことを値踏みするのです。あたかも商品のように人としての価値を見積もるというのです。
体力が落ち、気力も衰えて労働力にならなくなった高齢者を邪魔者扱いする風潮が当時の日本にもあったのです。
しかし、一茶は世間の冷たい目にくじけることはありませんでした。

死に下手とそしらば誹(そし)れ夕炬燵(ゆうごたつ)

一茶は五十八歳のときに脳梗塞で倒れてしまいます。一時は半身不随になってしまいますが、奇跡的に回復しました。そんな一茶を見て、だれかが意地悪く「死にぞこない」と揶揄したのでしょう。それに対して一茶は炬燵のなかで聞こえないふりをしているわけです。
  
ことしから丸儲(まるもうけ)ぞよ娑婆(しゃば)遊び

「娑婆」とは「苦しみが多い現世」という意味の仏教用語です。一度は脳梗塞で死んだ身だったのに、奇跡的にいのちが助かり、ここからの人生は丸儲けだといっています。
いろいろ不自由なことはあるけれども、命があるだけで十分。「生きてるだけで丸儲け」。この俳句にはそうした前向きな決意がこめられています。
とくに武士の世にあっては、生にしがみつくことは、潔くない、みっともないことだとされていました。しかし、脳梗塞を乗り越えた一茶からすれば「生きてるだけで丸儲け」なのです。誰になんといわれようと、どんなにぶざまであろうと、あるがままに、与えられた命を全うする。それが一茶の美学でした。

これまで述べてきたとおり、一茶の根底には「あるがまま」の精神が息づいています。この「あるがまま」の精神はじつは浄土真宗の開祖、親鸞の教えに基づくもので、「自然(じねん)法爾(ほうに)」といいます。
一茶の故郷、信州柏原はもともと三河に住んでいた真宗門徒達が江戸時代初期に国払を受け、放浪した末にたどり着いた土地でした。一茶はかれらの子孫にあたり、代々、一茶の家は敬虔な真宗門徒でした。
そのため一茶の俳句や生き方には親鸞の教えが色濃く現れています。

ともかくもあなた任せの年の暮れ

娘のさとを亡くした一茶ですが、いまだその心の傷も癒えないうちに、その年も暮れようとしていました。
「あなた任せ」という言葉は、いまでは他人任せで無責任といったマイナスの意味で使われていますが、もともとはまったく別の意味の言葉です。
「あなた」とは、本来、極楽往生に導いてくれる阿弥陀仏のことを指します。したがって、「あなた任せ」とは、「阿弥陀仏の力を信じ、あるがままの心ですべてをお任せする」という、本来の意味での「他力本願」です。
一茶にとって、この世を生きていくのは大変、苦しいことでした。愛しいさとも失ってしまいました。長く生きていると、いろんなことがあるけれども、ともかくも一切を阿弥陀仏にお任せして、あるがままに生きようと言うのです。

人間は誰しも弱い存在です。一茶はその弱さを決してごまかしたりせず、あるがままに自分の弱さを見つめ、悲しい時は、大いに悲しみ、つらいときには大いに嘆き、喜ばしいときには大いに喜びました。
そして自分の弱さを知っているからこそ、自分以外の弱い存在に力を貸そうとしました。

痩蛙負けるな一茶是に有

一茶の俳句や生き方には現代を生きるヒントがたくさん詰まっています。

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