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「イギリスの孤独対策に学ぶ」(視点・論点)

ジャーナリスト 多賀 幹子 

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 今、日本では身寄りがなく、社会との接点が少なくて、孤独に苦しむ人たちがいます。新型コロナウイルスの感染拡大で、人々の交流が少なくなり、そうした人たちがいっそう増えていると言います。この孤独問題への対策が国をあげて進んでいるのがイギリスです。私は1995年から6年間、イギリスで暮らしまして、その後も何度か取材で訪ねました。今日は、私がイギリスで見た孤独問題対策についてお話しします。

イギリスが「孤独担当大臣」を世界で初めて設けましたのは、2018年1月でした。当時のテリーザ・メイ首相が、「孤独は現代の公衆衛生上、最も大きな課題の一つ」として、担当大臣にトレイシー・クラウチ議員を任命しました。孤独は、肥満や一日15本の喫煙以上に体に悪く、孤独な人は、社会的なつながりを持つ人に比べ、天寿を全うせずに亡くなる割合は1.5倍に上がるとの調査結果も発表されました。孤独で生じる経済的損失は、約4,8兆円に達すると言われています。

 イギリスの孤独対策ですが、これは、実はジョー・コックス議員の孤独撲滅への強い思いがまずありました。議員は家庭を訪ねる戸別訪問を行っていましたが、多くの人が何らかの孤独を抱えていることに気が付き、孤独解消は様々な社会問題の解決に通じると考えたのです。
 しかし議員はEU離脱の投票直前に暗殺されました。それで、その意思を継いで超党派の議員が孤独解消の動きをスタートさせ、それが担当大臣設置につながりました。その後メイ首相が辞任、次にジョンソン首相になりまして大臣が替わり、現在は3代目のダイアナ・バラン氏が就任しています。
バラン氏は、「まず人々の話を聞くことから始めました」と言います。「そうしますと、それぞれの地域には無数の慈善団体があって、読書、音楽、スポーツなどのグループを引っ張るリーダーがすでにいらっしゃる。こうした草の根の活動が孤独対策には有効だと思います。それで特に効果が高い組織には、資金面などで支援していきます」と話しました。
孤独解消に政府が表舞台に出てきて指示を与えるのではなく、すでに存在する民間のボランティアグループに具体的な活動は任せ、それらを注意深く見極めていこうというスタンスです。孤独は人によってとらえ方が違い、解消方法も異なることが多いので、そこに政府が踏み込むのは難しいといえるかもしれません。

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むしろ政府が大臣を設置したことで、孤独は解消されるべきものであるとの認識が広まり、孤独でつらい人は「助けて」との声を上げやすくなると言えるでしょう。担当大臣の設置は、孤独がもたらすダメージを広く知らせ、解消に向けての動きを加速させる象徴的な意味があったと思います。

具体的な対策例を挙げましょう。

男性の孤独解消に効果が高いと注目を浴びたのは、「メンズ・シェッド(mens’ shed)」です。これは、「男たちの小屋」とでもいうのでしょうか。ひとことで言うと、定年退職した男性の居場所作りですね。定年後の男性はとかく孤独に陥りがち。そうした方々が定期的に集まって、大工仕事を一緒に行う。テーブルやベンチをこしらえて公園に設置してもいいし、学校に手作りの遊具を寄付しても喜ばれます。男性の皆さんは、手を動かして一緒にものを作ることで「友情が生まれ、生きがいに通じる」と言います。会社勤めをしていた時は、あまり目を向けなかったコミュニティーとの絆ができて、感謝の言葉をかけられる。これは、孤独解消に大きな力があったと評価されています。

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また、イギリス最大手のコーヒーチェーン「コスタ・コーヒー」は、育児中の母親のアイディアから「おしゃべりテーブル」を設けました。店内の一つのテーブルを知らない人同士が囲む専用と決めて、そこでは誰もが自由におしゃべりができる。当初は全国25店でスタートしましたが、反応が良いとして全国300店にまで広がりました。
また、「エイジ・ユーケイ(AGE UK)」という高齢者向けの慈善団体は、「ビ・フレンディングサービス」を行って好評で、いくつかの賞を受賞しました。

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これは、地区の高齢者に週に一回、30分ほどボランティアが電話をかけます。AGE・UKは高齢者とボランティアの興味や関心を前もって聞き取り、両者を上手にマッチングします。高齢者にとっては、決まった人から毎週電話がかかってきて、様々なお話をするのは、生活に張りができると言われます。一方、「楽しみにしているのは私の方です」とボランティアの方が打ち明けます。高齢者は自分が知らないことをたくさん知っていて、それを惜しみなく教えてくれる。歴史の勉強をしているようで、本当にやりがいがあると言われる。電話料金はかかりませんし、高齢者とボランティアの安全はAGE・UKが守ります。私の書いた本の読者から、「日本版エイジ・ユーケイはありますか?」と尋ねられました。「こういうのがあれば、私もぜひ参加したい」とおっしゃっていました。
さらに、老人ホームなどで暮らす高齢者の夢をかなえようという慈善団体があります。スーパーマーケットが設置した箱に、夢を書いた紙を入れます。それをスーパー内にぶら下げる。そのなかの一つに目を止めたのは、地域の警察官でした。それは、104歳の女性の「逮捕されてみたい」という夢でした。まもなく地元警察が彼女の逮捕に向かい、「これまで104年間、あなたは善良な市民でした。それが逮捕理由です」と告げると手錠をかけパトカーに乗せサイレンを鳴らして近所を回りました。彼女は「なんてエキサイティングだったでしょう」と大喜びでした。慈善団体は「高齢者は実は叶えたい夢を持っていて、それはコミュニティーの協力で実現することがほとんどです」と話します。子どもの時に「泥棒ごっこ」や「お巡りさんごっこ」をして、楽しかった。高齢者ももう一度やってみたいと願ったのでしょう。だれも取り残さない社会だからこその発想ではないでしょうか。イギリス独特のユーモアが漂い、私はこのお話がとても好きです。
そもそもイギリスのインフラは弱者の視点でこしらえてあるように思います。

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道路を渡るときは、真ん中にアイランド(島)と呼ばれる休み場所があって、そこで一息つけるので安心です。ベビーカーを電車から降ろすときは、男性3人が走り寄って、プラットフォームに降ろしていました。こういう場面を目撃すると、皆さんの中に普段から弱者への優しいまなざしがあり、それが孤独解消の知恵につながっていると思ったりします。
こうしたイギリスの対策を見てきますと、決してお金がかかるものではなく、お互いに手を差し伸べて支え合おうと言う気持ちを持ち、まず自分ができることから始めるのが大切だと感じます。
日本にも孤独担当大臣が、世界で二番目に誕生しました。高く評価したいと思います。すでにさまざまな活動をなさっているそうですが、具体的にはあまり知られていないようです。もっと発信力を高め、必要な人が必要な助けを求めやすい社会を目指していけたらと願っています。

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