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「大谷選手にとって二刀流とは」(視点・論点)

ベースボール・ジャーナリスト 石田 雄太

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アメリカ、メジャーリーグ、ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手は、今年、歴史的なシーズンを過ごしました。
ピッチャーとして23試合に先発し、9勝をマーク。バッターとしては155試合に出場して46本のホームランを打ちました。投打の二刀流で結果を残した大谷選手は、あのベーブ・ルース選手の再来だと言われています。

それは、同一シーズンでの”13勝、11本”という、1918年のルース選手の数字が、長い歴史を誇るメジャーリーグで唯一の、2桁勝利、2桁ホームランの記録だからです。すでに日本のプロ野球でその記録を達成している大谷選手は、今年、103年ぶりの2桁勝利、2桁ホームランの記録に挑戦しました。
最終的に10勝には届きませんでしたが、大谷選手の「9勝、46本」が「13勝、11本」に劣るはずはありません。大谷選手も、10勝に関しては何とも思ってない、この先、必ず10勝はできますからこだわりはない、と話していました。
 そもそも二刀流に関して言えば、ベーブ・ルース選手と大谷選手は、似て非なる存在です。確かにルース選手はピッチャーでありながら、登板のない日には外野手として試合に出場しました。しかしながら、もともとピッチャーとしてプロ入りを果たしたルース選手は、まず、ピッチャーとして頭角を現しています。その中でバッティングの才能を開花させ、徐々にバッターへとシフトしていきました。それは、2桁勝利、2桁ホームランを達成した1918年の前後2年、足かけ5年間のルース選手の勝利数とホームラン数を見れば、一目瞭然です。

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 つまり、1918年にルース選手が達成した”13勝、11本”は、ピッチャーとしての右肩下がりの勝ち星と、バッターとしての右肩上がりのホームラン数が交差した年に生まれた、いわば、たまたまの記録でした。ピッチャーか野手かで迷う過渡期に生まれた、偶然の産物だったのです。実際、ルース選手はピッチャーか野手かで迷い、最終的に野手を選んで、通算714本のホームランを打って、世界一のバッターになりました。決して二刀流を目指していたわけではなかったのです。
 しかし、大谷選手は違います。
 いつか、どちらかに絞ろう、などとは思っていません。彼は、ピッチャーとしてもバッターとしても、世界一の選手になることを目指しています。ともに息長く、高いレベルでプレーしようと取り組む、メジャーリーグ史上、初めての二刀流選手なのです。そこを評価されたから、大谷選手は投打ともリーグトップの成績を残したわけでもないのに、MVP、最優秀選手に選ばれました。それは二刀流の大谷選手が、メジャーリーグにおけるパイオニアだったからです。

 ではなぜ、大谷選手はこれほど規格外の活躍をすることができたのでしょう。ヒントは、大谷選手の心の持ちようにあります。じつは以前、大谷選手に「野球の神様を信じますか」と訊いたことがありました。そのとき、大谷選手はこう言ったのです。

「いると思いますよ、メチャクチャ野球がうまいのが、野球の神様です。すべて、レベル100のスキルを持った、野球の神様。僕が小っちゃい頃から野球を始めて、終わるまでの野球人生、30年以上あったとして、全部の技術を習得することはできないと思うんです。走攻守、すべてにおいてレベル100なんてあり得ない。だからこそ、どこまでそこへ近づけるのか。それが僕にとっては一番の楽しみなんです。僕はここまで野球がうまくなったということを自分の中に残したい。すべてにおいてレベル100のスキルを持っているのは、野球の神様だけですからね」

 この言葉を聞いて、驚きました。野球の神様の存在を信じている野球選手は少なくありませんが、ほとんどの選手にとっての野球の神様は、自分自身を見守ってくれる存在です。ところが大谷選手にとっての野球の神様は、野球における永遠のライバルなのです。彼は、野球の神様に一歩でも近づこうとしてきました。すべてにおいてレベル100の野球の神様と野球で競っているのですから、タイトルを獲ろうが、ベーブ・ルース選手を越えようが、満たされることも、向上心が尽きることもありません。

 そんな高みを見据えている大谷選手だからこそ、どれだけ時間があっても足りないのです。二刀流で試合に出るだけでも大変なのに、練習をする、食事を取る、そして休む――今の大谷選手の生活のすべては、野球がうまくなるための時間として費やされています。

 彼がそんなふうに一瞬も無駄にできないと考えるのには、理由があります。大谷選手は「技術と肉体がマッチして、最高のパフォーマンスを発揮できるのは、30歳から35歳の間だ」と話していたことがあります。今、27歳の大谷選手は、肉体的な出力を高い状態で維持できる30歳までに、すべての技術をレベル100に近づけなければならない、そこから5年間、選手としてのピークを楽しみたい……そんなふうに考えています。だから、今、野球以外のことに使う時間がもったいないのです。

 原点は、この言葉にあります。
「先入観は可能を不可能にする」
 思えば大谷選手からこの言葉を初めて聞いたのは、彼が高校生のときでした。そのときは大谷選手でさえ、「プロへ行ったらピッチャーをやるんだろうな」と思っていたそうです。しかし、北海道日本ハムファイターズの栗山英樹前監督をはじめとする、ごくごく少ない何人かの人が、バッターとしての可能性を捨てなかったことで、大谷選手の二刀流は現実のものとなりました。そして、その後は現実の大谷選手によって、いろんな人が、いくつもの先入観を捨てざるを得なくなり、今、不可能だと思われていたことが次々と可能になっています。

 象徴的だったのは、今年のメジャーリーグのオールスターゲームです。大谷選手が出場することになって、”1番DH、大谷”と”先発ピッチャー、大谷”をともに認めるという、特別ルールが採用されました。要するに、ピッチャーの大谷選手とバッターの大谷選手が、2人揃って同じ試合に出るという、あり得ないことが現実となったのです。

 大谷選手は今シーズン、投打の両方で結果が残らなければ、二刀流は続けて続けさせてもらえなくなる、という危機感を持って臨んでいました。前例のない挑戦は、今もなお「やっぱり無理だ」「どうせ無理だ」という先入観と背中合わせです。そもそも大谷選手がメジャー移籍を希望したとき、メジャーの球団が二刀流でオファーを出すなんてあり得ないという声が大多数でした。遡ればファイターズに入ったときも、2つなんてできるはずがないのに、という人がほとんどでした。大谷選手は野球界の価値観がいくつも変わったことについて、こんなふうに話しています。

「少なくとも、そういうところは変えられたのかなと思うので、2つやってきてよかったなと思いました。この先は、僕がダメだったとしても、次の子どもが出てきてくれればそれでいいんです。一人失敗したからといって、終わりだとは思いません」

 大谷選手のこの言葉通り、もうすでに、二刀流のメジャーリーガーを現実の目標として練習に励む子どもは、日本だけでなく、世界中にあふれています。大谷選手の二刀流は、子どもたちにも大いなる夢を与えているのです。

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