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「ドストエフスキー文学と現代」(視点・論点)

名古屋外国語大学 学長 亀山 郁夫 

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 ロシアの文豪ドストエフスキーの生誕二百年を祝う記念行事が、この十月から十一月にかけて、大きな山場を迎えました。サンクトペテルブルク、モスクワの大都市はもとより、『カラマーゾフの兄弟』の舞台となったスターラヤ・ルッサなど、作家にゆかりの地方都市でも行事が目白押しでした。モスクワでは、ドストエフスキー博物館の完全リニューアルが実現し、新暦の誕生日にあたる十一月十一日には、プーチン大統領みずからがオープニングの式典に姿を見せました。
ロシア国外での話題にも目を向けてみましょう。来春に名古屋で予定されていた、三年に一度の国際ドストエフスキー学会ですが、これは、コロナ禍の完全な終息を願って、来年八月に延期されました。しかしこの十一月末の段階で、世界二十七の国と地域から約百五十名のエントリーがあり、組織委員会としても嬉しい悲鳴を上げているところです。

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では、世界に遍く広がるドストエフスキー人気の秘密とは何なのでしょうか。私はひと言でこう言いたいと思います。人類や社会の未来を見通す予言的な洞察力、傷ついた人々への強い共感力、そして人間の生命のもつ大切さに対する揺るぎない信念にある、と。それらの一つひとつに彼の過酷な人生経験が生きていました。二十代の終わりに彼は何と、反国家的活動により死刑判決まで受けています。最晩年のドストエフスキーの言葉を引用します。

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「私は心理家と呼ばれているが、それは誤りだ。私は高い意味におけるリアリストにすぎない。つまり私は人間の魂の隅々まで余すところなく描いているのだ」
ドストエフスキーは、文字通り、生命、愛、犯罪、信仰といったテーマを軸に、矛盾だらけの姿をさらけだす人々の姿を隅々まで描きつくしました。しかしたんに描きつくすというのではなく、ミステリー作家顔負けのスリリングなプロットを用意し、読者の心を鷲掴みしてきたのです。そしてその作品には、人間の本質や人類の未来をうがつ数々の名言が刻まれることになりました。

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「二二が四は、死の始まりである」
「神がなければ、すべてが許されている」
しかし、私たちの現代におけるドストエフスキーの意義について考える際、見逃せないのは、「二極化」という時代相の類似です。皮肉なことに、グローバル社会が生んだ極端な格差は、二十一世紀の歩みを、十九世紀後半の帝政ロシア時代にまで後戻りさせてしまいました。
この時代のロシア社会の混乱は、皇帝アレクサンドル二世が一八六一年に行った農奴解放の不徹底に原因がありました。「解放」の理想は、一時の幻想に終わり、信心深い人々の心は、お金という新しい神に乗っ取られていきます。こうして一八七〇年代、すなわち政治的テロリズムの時代が訪れてきます。ちなみに、アレクサンドル二世が暗殺されるのが、一八八一年三月。晩年、作家は、同時代の社会の混乱をめぐって次のように書いています。

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「社会の根幹にひびが入り、海はかき濁った。そして善と悪の(……)境界線が消えてしまった」
加えて、こうした社会の混沌に拍車をかけたのが、貴族階級に属する人々の堕落と無責任でした。
作家は、それによって最大の犠牲となったのが、若い世代であると考え、その悲惨なありようを「偶然の家族」という言葉で表します。若い人々の間に広がる心の崩壊と、テロリズムの激化は表裏一体というのが、作家の基本的な考えだったのです。

さて、そのドストエフスキーに、一般に「失敗作」とみなされ、ほとんど顧みられることのない作品があります。
「五大長編」と呼ばれる後年の大作群のうちの一つ『未成年』です。物語の主人公は、貴族の父親と農奴の母親との間に生まれた二十歳の青年。その屈折した出生ゆえ屈辱の十代を生きた主人公の告白をとおして、生き急ぐ同時代の子どもたちの絶望と悲惨な末路が綴られていきます。「ロシアは二流の国だ、生きるに値しない」としてピストル自殺する青年、好色な大人たちの餌食となって首を吊る貧しい娘。株券偽造に関わり、放蕩のあげく失意のうちに病死する若い没落貴族。「未成年」とは、行き場を失った若い世代の人々の総称でもあるのです。
しかし同時に作家は、「混沌」の波にのまれながらも、驚くべき柔軟さを発揮し、自立する主人公の姿を描きだしていきます。この青年こそが、ロシアの次の時代を切り拓く導きの星とでもいわんばかりです。その逞しさ、打たれ強さの理由は何だったのか。その理由を探っていくと、そこに、作家の一つの信念が見えてくるようです。教育、啓蒙、教養、文化の大切さです。
ドストエフスキーはそれらの総体を、「プロスヴェシェーニエ」という言葉で呼び、広い意味での「文化」ととらえました。最晩年、ドストエフスキーは、ロシア社会におけるこの「プロスヴェシェーニエ」の不在を嘆き、「わが国に、真の、ほんものの文化があったなら、いかなる分断も生じなかったのではないか」とまで書いています。

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そして、この「文化」という言葉に、人々の魂と心を照らし、生きる道を差ししめす「精神の光」を見ていたのです。
翻って、私たちの現代に、社会の分断を融和へと導く力、「精神の光」を探り当てることは、はたして可能なのでしょうか。簡単に、イエス、という答えは出てきそうにありません。なぜなら、すでに世界的レベルで、「瓦解」や「分断」が進行しつつあるからです。ネットの進化とともに、生命の価値に対する想像力が徐々に失われつつあるかの印象を受けます。嘘が真実を覆い隠す「ポスト真実」の状況も見逃せません。社会のそれぞれの層に巣くう差別、詐欺行為、そして急増する自殺。これらすべてが潜在的にはドストエフスキーの主題なのです。思うに、ドストエフスキー生誕二百年の祝いは、まさにこうしたもろもろの危機的状況のただなかで行われているということ。そのことはつまり、ドストエフスキー文学それ自体が試練の時を迎えつつあることを意味しています。
さて、この数年、何かと悲観に陥りがちだった私を勇気づけてくれる一通のメールが地球の真裏から届きました。アルゼンチンにあるドストエフスキー協会が、ドストエフスキーの旧暦の誕生日にあたる十月三十日に、彼の代表作『罪と罰』の全四十一章を四十一人の朗読者が世界の各言語で読みつぎ、それをYouTubeで同時配信するというプロジェクトです。そして11月23日には、ロシアを含むアジアの五つの国々のドストエフスキー研究者が一堂に会して、オンラインによるシンポジウムが開かれたばかりです。参加したのは、日本、中国、モンゴル、ベトナム、ネパール、そしてロシア。
これらのイヴェントに参加する私の胸のうちで、喜ばしい予感がはじけました。私たちのドストエフスキーこそ、グローバル社会の「分断」を融和する一つの普遍的な力、作家の言葉を借りれば、「精神の光」たりうるのではないか。むろん今の段階で、そうした考えが、過大にすぎる幻想にすぎないことは十分に理解しています。しかしいずれ、爆発的に進化するAIの力を借り、ドストエフスキーを愛する若者たちが、たとえば『カラマーゾフの兄弟』の魅力について、世界の人々と自由に語り合う、そんな時代が訪れてきそうな予感がするのです。
そしてその希望の火を灯し続けることが、私たち、世界のロシア文学者が担うべき使命であると感じています。

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