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「建築面から感染拡大を防ぐ」(視点・論点)

順天堂大学 教授 堀 賢

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感染症が人から人にうつる、伝播すると言いますが、その経路は感染症ごとに決まっています。感染症対策とは、感染経路を合理的に断ち切ることですから、感染経路に応じた対策を行えば、あらゆる感染症の拡大は防止することが可能です。

きょうは、特に医療設備や介護施設などの建築物において、感染経路を踏まえた設計や改良を行うことで新型コロナウイルスの感染拡大を効果的に防いでいく方法をお話します。それらは一般家庭に応用することも可能です。

新型コロナウイルス感染症の感染経路は主に3つあり、約7割程度が飛沫感染経路、2割程度がエアロゾル感染経路、残り1割程度が接触感染経路と考えられています。

まず、すべてに共通する対策として、感染者を隔離することが挙げられます。隔離をすれば、物理的に感染経路をすべて遮断できますので、あらゆる感染症で真っ先に隔離を行うのはこのためです。感染者は体外に病原体を排出しているため、患者を専用の個別空間、隔離診察室・専用通路・隔離病室などに隔離することで、物理的に病原体への接触を遮断します。さらに、隔離区画の空気圧を廊下より2.5パスカル程度低くすると、空気に混じった病原体の室外への漏洩を防止できるため、空気感染経路やエアロゾル感染経路による伝播を防止できます。また検査等で移動する場合も専用動線を設け、一般患者さんと動線が交差しないように配慮することが求められています。
今回の新型コロナウイルス感染症では、発熱外来を病院の建物外、敷地内の駐車場等に置き、重点病棟を院内の特定フロアに設定することで、他の一般患者さんと物理的に厳重隔離した施設が多かったようです。しかしながら実際には、感染症指定医療機関のように予めこのような運用を想定して設計していないと、エレベーターや待合スペースの数が不足し動線が一部交差するなど、実施に大変な困難を伴った施設も多かったようです。

次に、飛沫感染経路に対する建築上の配慮です。飛沫は、ウイルスを含んだ唾液や気管粘液がしぶき状の水滴になったもので、会話や咳に伴って放出され、2メートル程度飛んだあと、他の人の目、鼻、口の粘膜に入れば伝播します。この飛沫を遮断するためには、距離をとるか、遮蔽物を置くかのいずれかとなります。デイルームにおける食事やソーシャルアクティビティ、理学療法室におけるリハビリ等を行うには、利用者同士の距離を1-2メートル以上確保します。部屋の広さが不足する場合には、遮蔽物としてパーティションを設置すればしのげます。あるいは、利用時間帯の定員を減らし、利用者間の距離を保てるようにします。都市に立地する医療施設では、稼働に直結しないユーティリティスペースは最小限で作られていることが多く、食事をするスペースはデイルームを兼ねており、しかも十分な広さを確保することは難しいようです。

次に、エアロゾル感染経路への対策です。エアロゾルは、飛沫より小さな水滴であるので、室内であれば数メートル先まで漂いながら広がっていきます。タバコの煙は、エアロゾルとほぼ同じ動き方をしますので、イメージしやすいと思います。タバコのにおいは、換気をしなければいつまでも漂っていますが、ウイルスを含んだエアロゾルも空気中に長く漂っています。

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エアロゾル濃度を下げるためには、換気によって希釈し、戸外へ排気する必要があります。病院においては、認可時に施設基準として規定があるので、原則的には機械換気方式で行っています。クリニックや有床診療所では、一般住居と同様であるので、建築基準法に沿って建てられており、多くは自然換気方式です。

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 機械換気方式では、毎時1人あたり30m3以上の換気量が維持されていれば問題ありません。換気量が足りなければ、窓空け換気を併用するか、定員を減らすことを検討します。
自然換気方式の施設では、窓空け換気が必要になります。具体的には、2方向の窓・扉を全開にし、30分ごとに、1回あたり数分程度の換気を行います。また風通しが良い場合には、2方向の窓・扉を10センチ程度持続的に開放しておいても良いでしょう。
しかしいずれも難しい場合には、不足する換気相当量を処理できる中性能以上のフィルターによるフィルター式空気清浄機を設置することでも代替できます。新型コロナウイルス感染症対策で話題となった「三密空間」というのは、密閉した空間内に、多数の人が密集しているような状態で、さらに大勢が会話をすると、飛沫ととともにエアロゾルが舞い、室内空間に浮遊するウイルス濃度が非常に高くなるという問題があります。換気に配慮し、換気能力を上回らない定員を設けることで、2つの密を避けることができます。

そして最後に、接触感染経路における建築上の配慮です。接触感染では、感染者が直接触れたり、口から放出された飛沫が落下すると、周辺環境の表面を汚染します。ウイルスは半日から数日以上残ることがあるので、他の人が汚染面に触れたあとに、目、鼻、口に触れるとウイルスが運ばれて伝播します。この対策のポイントは、環境表面の汚染を速やかに除去できるよう木製や布製の製品は避け、樹脂製や金属製の製品を選ぶようにしてください。この際、消毒液などの化学薬品に対して腐食や変色をしにくい素材が望ましいです。
 また素手で直接触らなくて済むように手袋のディスペンサーを、また汚染した手指を消毒できるようにアルコールディスペンサーを処置室やベッドサイドに設置することが必要です。
 現状では、病室内に居心地の良さを求める風潮が強く、ホテルや一般住居のような布製の壁紙クロスや、カーペット、木製家具が多く設置されていて、次の患者さんを安全に迎え入れるための清拭消毒が困難な施設が少なくないようです。
以上、感染拡大を防ぐための建築上の配慮についてお話しましたが、医療・介護施設にどれほど感染対策上の工夫を凝らしても、職員や患者さん、利用者が個人で行うべき感染予防策を実施しなければ、感染拡大は防止できません。従って、建物を利用するすべての人は、以下に挙げるような「個人が行うべき感染予防策」の実施に協力をお願いしたいと思います。まずマスクの着用です。マスクの素材は、サージカルマスクが最も望ましいですが、最低でも布マスクの着用をお願いしたいと思います。そして、医療施設内などでは不必要な会話をしないことや、大勢で集まらないこと。また、長期滞在が予想される医療機関や介護施設では、みなさんがなるべくワクチン接種をしてくださると、クラスターの発生を効果的に防止することができます。

感染症対策は、本日説明したような感染経路に応じた予防策を合理的に実施すれば、ほとんどの感染症の伝播を防止することができます。これまで建築物に関する感染対策上の配慮は、世界的にあまりされてきませんでした。順天堂大学では、この分野をPandemic Readyと名付け、共同研究講座を設立し研究に邁進しています。
感染拡大と防止に係る研究が発展してきた現在は、これらを包括的にまとめたガイドラインや方針が示されることが望ましいと思います。

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