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「コロナ禍の雇用不安への対策」(視点・論点)

日本総合研究所 副理事長 山田 久

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 新型コロナウイルス感染症によるパンデミックの発生から、1年8 カ月が経過しました。この間、経済社会活動は大きく制約され、私たちの生活の基盤である雇用や働き方に大きな影響が及んでいます。
昨年春、欧米各国で都市封鎖が相次ぎ、わが国では緊急事態宣言が初めて発動され、経済は大きく落ち込みました。その後景気は持ち直しましたが、依然、経済水準はコロナ禍前を下回っています。

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にもかかわらず、完全失業率はリーマンショック時ほど上昇せず、足元で3%を下回っています.この背景には、政府が企業の資金繰り支援を実施し、休業手当を助成する雇用調整助成金を大幅に拡充したことの効果を指摘できます。

しかし、雇用の現場を詳しくみれば、失業率という統計には表れない厳しさがあります。就業者であっても、仕事が無くなり、収入が激減している人々が多くいます。例えば娯楽関係のフリーランスや飲食店で働くシフト制労働者です。また、ネットでの注文が増えて宅配デリバリー市場が拡大し、都度仕事を受ける形で働く人が増えています。最低賃金や雇用保険などの安全網が適用されず、大きな不安を抱えた働き方といえます。

 いわゆる「隠れ失業者」も増加しています。職を失っても積極的に仕事を探さないため、統計上は失業者としてカウントされない人々です。その多くは、既婚女性や学生です。感染への恐れや子供の世話の必要性、職が簡単にみつからないなど、様々な理由が考えられます。一昔前であれば、夫や親の収入に頼れるので大きな問題ではない、との見方が成り立ったかもしれません。しかし、近年は夫や親の給与が伸び悩み、いわゆる主婦パートや学生アルバイトでも、その収入が生活費や学費に必要なケースが多くなっているのです。
 過去の不況時に厳しかったのは主に製造業で、飲食業や個人向けサービス業はさほど影響を受けない傾向がありました。しかし、今回はその逆です。かつては不況時の職の受け皿になっていた分野こそが厳しい状況にあります。そこでは一般に処遇が低く、シングルマザーや単身生活者など、生活基盤の弱い人々が多く働いています。
 問題は、こうした真に救済や支援が必要な人々への安全網が十分でないことです。

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失業者のうち、失業手当が受け取れる割合は2~3割程度に過ぎません。失業期間が長くなれば対象から外れるほか、週20時間以上働くことが要件で、フリーランスも対象外です。確かに今回、様々な特例措置で適用対象が広げられました。給付金とともに教育訓練が受けられる求職者支援制度の要件の緩和や、生活困窮者に対する生活費支援の仕組みも拡充されました。しかし、全員を救済するには程遠く、制度の周知にも課題が残るなか、安全網には大きな穴が開いたままです。
 一方、雇用が維持された人々についても様々な問題が生じています。テレワークの普及が進んだことは、仕事と生活の両立の観点からは前向きに評価されるでしょう。半面、職場でのコミュニケーションが悪化したり、とくに職場内訓練が難しいことで若手の育成へのマイナス影響も指摘されています。

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賃金の伸び悩みも見逃せません。足元では前年比プラスですが、昨年の落ち込みの反動増の面が強く、諸外国に比べた低迷が目立っています。賃金の伸び悩みは、今後の経済活動の正常化を見据えた時に大きな問題です。人口減少がますます進むわが国で、特に当面、外国人観光客に期待できないなど外需依存が難しいもとで、内需の柱である個人消費を拡大するには賃上げが不可欠だからです。

岸田内閣は、当面の感染症対策を最優先課題と位置付けつつ、「成長と分配の好循環」というスローガンのもとで経済の立て直しに取り組む方針です。景気回復の持続が雇用安定の大前提であり、その意味では国民のコロナへの恐怖心を取り除き、緊急事態宣言を繰り返さないための体制整備が最優先課題です。感染症流行の完全終息にはなお時間を要し、少なくともしばらくは飲食店や観光・娯楽産業への需要の回復は一定程度に抑えられることが予想されます。その意味で、雇用調整助成金の拡充延長などの特例措置の継続は必要です。しかし、コロナ禍が長期化するなか、外食や宿泊などに関する人々の嗜好は変わり始めています。同時に人口減少による構造的な人手不足も踏まえれば、これらサービス業では、コロナ禍以前に一般的であった低価格路線からの転換が求められています。量より質を重視し、適正価格を確保する新たな事業モデル・経営を目指すべきであり、政府もそのための事業再編や投資強化、人材育成の支援に注力すべきでしょう。

雇用の安全網の総点検も重要課題です。失業手当の対象から外れる人が、生活保護に陥る前に支援する、「第二のセーフティーネット」を強化することが必要です。必要な生活資金を給付すると同時に、キャリアの棚卸や就業体験、職業訓練など、様々なメニューを用意することが重要です。そのうえで、相談員がオーダーメードの対応で、求職者が安定的な職が得られるよう、伴走型で支援する仕組みづくりが求められています。
以上のような「守りの政策」と同時に、「攻めの政策」も必要です。

この点で重要性を強調すべきは「賃上げ」です。すでに述べた通り、外需依存が制約されるもとで内需成長が不可欠になっています。加えて、国民の安心の基盤である社会保障制度の財源を安定させるには、賃上げを通じて、社会保険料や所得税収を増やす必要があります。この点で岸田内閣の基本方針は適切といえますが、問題はどう実現するかです。わが国では欧州のように労働組合の交渉力が強くはなく、賃金が低迷してきました。十分な賃上げを促すため、データやエビデンスに基づいて、望ましい賃上げ率の目安を示す、第3者機関の設立を検討すべきと考えます。
価格競争が厳しいなか、賃上げは企業業績を悪化させて雇用を減らすことにつながりかねないとの反論もあるでしょう。しかし、脱炭素への取り組みを背景にしたエネルギー価格の高騰、さらには労働力不足などにより、世界的に様々な企業活動にかかる経費が増えています。コスト削減のみを考えるのは限界に来ており、販売価格の引き上げで吸収していくことを本気で考えるべき局面です。
加えて脱炭素の潮流は、エネルギーを多く使う大量生産・大量消費を前提とした、事業の在り方や生活様式の見直しを迫っています。いま企業経営に求められているのは、顧客に真に支持される商品・サービスを厳選して、それらを適正価格で適量販売するビジネスモデルへの転換なのです。政府は緊急避難的な企業救済策から、事業転換に取り組む企業を支援する政策に重点をシフトしていくべきです。
そして、最後に、働く人々の学び直しや再教育が重要です。仕事で新たに求められる知識や技能を、全ての人が職業キャリア全般にわたって継続して習得できる仕組みづくりに、産官学が密に連携していくことが求められましょう。

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