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「認知症の最新治療と予防」(視点・論点)

アルツクリニック東京 院長 新井 平伊

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1.認知症をめぐる現状と将来 
 我が国は世界でも有数の長寿国です。超高齢社会と称される社会となっています。その中で、認知症の患者数は現在631万人と推計され、今後年々増加していくことも予想されています。そして、この認知症の原因疾患の7割を占めるのがアルツハイマー病なのです。このアルツハイマー病の克服は大きな社会問題であると言えます。そして、最近になり、アルツハイマー病をめぐり、新薬の誕生や予防法の発見など、大きな進展がありました。きょうは、認知症の治療や予防の最前線をご紹介し、今後の超高齢社会のあり方を考えてみたいと思います。

2.新薬の開発状況
 まず、今年最大の話題ですが、6月にアルツハイマー病に対する新しいタイプの新薬がアメリカで承認され、そのニュースが世界中をめぐりました。これは「アデュカヌマブ」という名前の新薬です。どこが新しいかというと、これまで以上に早い段階での治療が期待できるという点です。

 ここで、アルツハイマー病は、脳の中ではどのような病的状態がおきているのかをお話いたします。

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アルツハイマー病は異常なたんぱく質、「アミロイドβ」が脳にたまって、神経細胞を壊すことが原因と考えられています。この「アミロイドβ」はアルツハイマー病を発症する20年以上前からゆっくりと脳の中にたまっていきます。さらに別のタンパク質である「タウ」もたまります。結果として、アルツハイマー病患者の脳内で、神経の情報伝達に関わる物質である「アセチルコリン」が減っていき、記憶力の衰えがみられるようになり脳も萎縮してきます。これが、アルツハイマー病の病態の本質と考えられています。
 現在、使われているアルツハイマー病の治療薬は、症状がある程度進んだ方に対する薬物です。残った神経細胞を活性化させるなどして症状の悪化を数年程度遅らせるもので、病気によって脳の神経細胞が壊れていくこと自体を止めることはできませんでした。

 さて、一方で、新しいアルツハイマー病治療薬、「アデュカヌマブ」はどう違うのでしょうか?

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一言で言うと、この薬剤は「アミロイドβ」に対する抗体です。脳まで届いた薬は、異常なたんぱく質「アミロイドβ」を取り除き、神経細胞が壊れるのを防ぐことでアルツハイマー病が進行するのを抑える効果があると期待されているのです。
歴史的にみれば同じような交代薬が数多く臨床試験で試されましたが、有効性が不十分だったり副作用が重篤だったりして開発中止となっていました。長年の開発研究に改良が加えられ、今年になって次世代治療薬として「アデュカヌマブ」が初めて承認されたわけです。
どの時期に治療を開始すればいいのかという点ですが、これまでの薬剤は、認知症の診断を受けてから治療が開始されるのですが、この段階ではすでに神経細胞の働きが悪くなり脳が萎縮し始めている段階です。そこで重要になってくるのが、認知症の段階まで進行していない、いわゆる前段階の状態です。

認知症の前段階とはどんな状態でしょうか? 

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それは、自分だけが物忘れに気付いているもののそれ以外には何も問題がない場合や物忘れが軽いが少しずつミスが周囲からも気付かれるものの、日常生活には支障をきたさない段階が挙げられます。このような二つの状態の時には、医学的に様々な検査をしても認知症の時ほど明確な異常所見は見られないため、外来でも経過観察とされることが多いです。つまり、神経細胞のダメージがそれほどひどくなっていないものの、「アミロイドβ」は脳内に溜まりつつある段階と言えますので、できるだけ早い段階で治療は始める必要があるといえると思います。
そして、この段階では、治療薬だけでなく様々な予防策をとって、認知症レベルに至ることを遅らすことが重要であると言われるようになりました。
また、特にアルツハイマー病は慢性の疾患で徐々に進行していき、その途中で症状が明らかになるという長いスパンで考えるべきで、40代から50代の方々が対策を考えることがとても重要です。

4.認知症発症の危険因子と予防法の実際
 ではどういった予防策を取ればいいのでしょうか?そのためには、多くの疫学的研究から明らかにされた認知症の危険因子に注目すれば良いということになります。

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これは認知症発症の危険因子をまとめたもので、高血圧や肥満は、そうでない人に比べて、認知症を発症するリスクが1.6倍に上がるといいます。このほかにも、糖尿病、肥満や飲酒、喫煙、そしてうつ病や聴力低下などが認知症発症のリスクを高める要因としてあげられています。従って、生活習慣や生活リズムの改善を図り健康的な生活を送るとともに、趣味や運動を通して日常をエンジョイすることが重要になります。
先ほどもお話した通り、糖尿病などの生活習慣病がある人は治しておくことが必要です。そして、聴力低下やうつ病は社会的交流でもコミュニケーションの妨げになるので、きちんと対応しておくことが重要となります。また、お酒とタバコは、脳に直接的なダメージを与えかねませんので、抑制が必要です。一度に大量のお酒を飲むより、毎日飲む習慣の方が深刻で、脳の萎縮を進める恐れがあります。物忘れを自覚したら、できるだけ飲酒を控えましょう。さらに、囲碁や将棋、トランプなど、人とのかけひきや会話を楽しむ対人ゲームは、脳を活性化させるものとしておすすめです。そして運動です。激しい運動よりも、呼吸しながらゆっくり行う有酸素運動が有効です。このほか、質の良い睡眠として6時間半から7時間の睡眠時間を確保することや、コレステロールなどが高い高脂血症も適切に治療を受けておくことなどが重要です。

5.共生と予防を目指す社会
 さて、このような危険因子に注意して対策をとっていても、認知症、特にアルツハイマー病にならないという成果までには至りません。
現在、認知症に対してできる予防は、二次予防と呼ばれるもので、つまり認知症の「発症を遅らせる」というものです。残念ながら今の医学で認知症を発症させないということは成し得ませんが、二次予防はある程度可能になり、また三次予防に関してはアルツハイマー病治療薬と非薬物療法に環境調整を加えた包括的支援にて現時点でも可能となっています。
 ここで重要なことは、認知症の予防は大変重要なことですが、発症を防ぐことはできず、認知症に罹患する方は必ず相当数に上るものと思われます。この人たちは、決して予防を怠っていたというわけではありません。つまり、予防が強調され重視されればされるほど、このような誤解が流布しないような十分な配慮が必要だと思っています。
そして、地域の中で、認知症の二次予防活動が広がり、またそれと共通する部分が多い三次予防を発症後の人々も心がけて生活することで、認知症があってもなくても日々をそして人生を楽しんでいけるような、つまり認知症と「共生する」社会を目指すことが重要になってきていると言えます。

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