NHK 解説委員室

これまでの解説記事

「岸田政権の外交課題」(視点・論点)

東京大学 教授 藤原 帰一

s211115_015.jpg

 今月10日、第2次岸田内閣が発足しました。 岸田文雄氏は首相に就任してひと月余りとなりますが、新政権が直面する外交課題は何でしょうか。
 何よりも先に挙げなければならないのは、中国との関係です。軍事的にも経済的にも急速に力を拡大した中国にどのように向かい合えばよいのか、現代世界の安定を左右するカナメになっているからです。

                   *

 田中角栄首相が中国を訪問した1972年以後、日本は政府開発援助(ODA)を活用して中国との経済関係を強め、日中関係の安定を計ってきました。その後アメリカも、西側諸国との経済的なつながりによって中国が変わることを期待する政策に向います。
軍事的に封じ込めるのではなく結びつきを強化するこの政策のことをエンゲージメント・ポリシー、関与政策と呼びます。クリントン、ブッシュ両政権の16年間、アメリカの対中政策の基軸はエンゲージメント・ポリシーでした。
 西側諸国との経済的連携は中国が軍事的にも経済的にも急激に成長するうえで大きな役割を果たしましたが、中国共産党の強権的支配はむしろ強まりました。習近平氏が国家主席に就任した後、軍事的強硬路線は強まった上、中国国内の人権弾圧、香港や新疆ウイグル自治区に対する強権的な政治介入も続きます。経済の結びつきを強めることで中国がより自由な社会に変わってゆくというエンゲージメント・ポリシーの期待は無残に裏切られました。
 対中政策が先に変わったのは日本です。2010年、尖閣諸島国有化後に中国で展開された反日暴動は中国への反発、警戒を招きました。オバマ政権は、エンゲージメント・ポリシーを続けるのか変えるのか、動揺を続けましたが、トランプ大統領は、政策を転換し、関税引き上げによって中国にこれまでにない圧力を加えました。もっともトランプ政権は貿易・通商を優先し、軍事的対抗、そして人権・民主主義については明確な方向が見えませんでした。

                   *

 今年2021年に発足したバイデン政権は、オバマ政権と異なり、中国への対抗を明確に打ち出しました。その政策の重点は西側同盟諸国との連携し、中国への国際的圧力と軍事的抑止力を強化することでした。
バイデン政権が繰り返し使っているキーワードは、コンペティション、つまり競合です。民主主義と資本主義という制度を共有する西側諸国と中国との間には厳しい競合が生まれている、その現実の競合にまず目を向けなければならない。それを認識した上で、その競合が紛争をもたらすことがないように、米中両政府が努力する必要があるという基本方針と呼ぶことができるでしょう。

s211115_017.jpg

今年9月10日に行われたバイデン・習近平米中首脳会談でも、また10月にスイスのチューリッヒで開催されたジェイク・サリバン補佐官と楊潔篪政治局委員の会談でも、米中の競合を基軸とする方針がアメリカ政府から打ち出されました。
 ここには中国との連携、関わりを強めれば中国が変わるだろうというかつてのエンゲージメント・ポリシーに見られた期待、あるいは希望的観測の影を見ることはできません。むしろここにあるのは、中国の体制はなかなか変わらないだろうという認識です。
 ここは微妙なところでして、二つ異なる内容があります。つまり、アメリカと同盟国が結束して中国に対抗すれば中国の政策を変えることができるだろう、力で対抗すれば中国は変わるだろうという方針と、逆に協力しても圧迫しても中国はなかなか変わらない、中国との対立がかなりの長期間続くことを覚悟しなければならないという意味も読み取ることができます。イソップ寓話の北風と太陽でいえば、これまでの太陽に変わって北風によって中国に臨むのか、あるいは北風でも太陽でも相手は変わらないから長期の対立を想定するのか、そこの点はまだバイデン政権から示されていないというべきでしょう。

                  *

 バイデン政権の対中方針は日本にとっては有利なものです。地理的な条件のために中国の軍事的脅威に直接さらされている日本にとって、米中競合を最重要の課題とするバイデン政権の方針は望ましいものですし、同盟国との連携を重視するバイデン政権は、同盟国との連携を求めることなく中国に対抗したトランプ政権に比べて日本政府の希望をアメリカ外交に反映させる機会を与えます。さらに、関税引き上げを政策の手段として中国の貿易慣行を変えようとするなら貿易の規模、そして経済活動全体を弱めてしまう懸念もありますので、貿易・通商よりも軍事・人権を第一の課題として米中競合を捉えるバイデン政権の方針は日本政府にとってより有利なものだと言うことができるでしょう。

s211115_018.jpg

 ですから米中競合を基軸とする対中政策は日本にとって望ましいものであり、岸田政権は岸田首相も林外相も日米協力を基礎とした外交を進めることになるでしょう。もっとも、ここにはいくつかの懸念も残ります。四点だけ触れておきたいと思います。
 第一に、圧力を加えたら中国の政策は変わるのか、という点です。私は、習近平政権は何よりも国内政治を第一として政策を遂行しており、外交政策について国外からの圧力によって政策を変える可能性は少ないと考えます。バイデン政権が中国への抑止力を強化しても中国が西側諸国との協力に政策を変えることは期待できないでしょう。米中両国の競合が長期化し、地政学的リスクの高い状況が続くことを覚悟しなければいけないでしょう。
第二に、アメリカの軍事力と政治的影響力をどこまで期待できるのかという懸念があります。アフガニスタンからの米軍撤退は、撤退の方法が拙劣だったためにアメリカの対外政策への信頼を揺るがしました。地上軍の撤退がアメリカの弱体化というイメージを残すことは避けられません。
 第三に、岸田首相は、安倍政権の下で展開されたロシアへのアプローチを見直す必要があります。安倍政権は北方領土の返還を目指してロシア政府との交渉を続けましたが、外交成果を得ることはできませんでした。ロシアのプーチン政権はいま中国との軍事演習を繰り返しています。米中競合のなかでロシアにどのようなアプローチを採るのか、岸田政権の課題でしょう。
 第四に、危機管理があります。台湾を第一として、米中競合によって戦争にエスカレートする可能性がある紛争については、抑止力を保ちながら、実際に戦争となることはないよう、外交交渉の機会は確保しなければなりません。また、ロシアばかりでなく中国もいま新しい核兵器の開発を続けていますが、これが放置されたなら米ソ冷戦の時代のような軍拡競争がさらに緊張を拡大してしまいます。

                   *

 中国との競合を簡単に克服できると考えてはなりません。かつて日本が取った経済外交を主体とする対中政策に戻る選択肢は既にありません。他方、軍事的圧力を強化することで中国が政策を変える可能性も少ない。岸田政権は、北風も太陽も中国を変えないという前提に基づいて外交政策を組み立てなければなりません。
 その基本はまず、軍事力における抑止力はもちろん、経済、さらにサイバー技術の防衛を確保しつつ、政府が対話する機会は常に開いておき、地球環境のように協力できる領域では協力しなければならない。なかでも重要なのは、台湾危機が戦争とならないよう、現在の米中軍拡競争が核兵器の軍拡競争にエスカレートしないように努めることです。
これが、米中競合時代に岸田政権に求められる外交政策の柱であると考えます。

関連記事