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「衆院選の民意と今後の政治」(視点・論点)

東京大学 教授 牧原 出 

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 10月31日の衆議院総選挙では、自民党は261議席という絶対安定多数議席を獲得しました。9月に発足したばかりの岸田文雄内閣は国民の信任を得たことで、まもなく第二次内閣として、本格的に施策に取り組むこととなります。他方、野党第1党の立憲民主党は、共産党など野党4党で共通政策を掲げて選挙協力を行いました。 多くの小選挙区で候補者を一本化し、自民党と1対1の熾烈な選挙戦を繰り広げました。しかし、ふたを開けてみれば、立憲民主党は10議席以上落として、選挙協力の効果は、表面上は無かったかに見えます。責任をとって枝野代表は辞任を表明しました。

 2012年の総選挙で自民党が圧勝して政権を奪還し、公明党との連立政権を組織してから9年が経ちましたが、現在政治は転換期を迎えています。これまでの政治を継承するか刷新するかという選択を次第に迫られつつあります。このことの意味を考えながら、これからの政治の行方を探っていきたいと思います。
 まず今回の解散は、岸田内閣発足直後に断行されました。閣僚と党役員人事は決まってもまだ何をするか分からない段階での解散です。ただ、夏の新型コロナウイルス感染症の感染爆発で、感染拡大を食い止められなかった菅義偉内閣には国民の間で強い不信感がありました。

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そのため、代わった内閣への期待はそれなりにあったわけですが、発足直後の岸田内閣の支持率は歴代内閣と比べてかなり低いものでした。ここに岸田内閣の特徴があります。それは、岸田首相と岸田派は野党に近いリベラルな政策志向ですが、党内ではまだ安倍元首相とその右派イデオロギーヘの支持が強く、岸田内閣は安倍・菅内閣を継承しつつ、新鮮味を出すことに苦労しています。世論調査では、安倍・菅内閣からの変化を望む声が強いのですが、自民党内ではまだまだ安倍元首相の影響力が強いと言えます。というのは、2012年の政権交代後、安倍内閣の他に成功モデルがないからなのです。

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 そうした岸田内閣を国民は一定範囲で信任したわけですが、やはり内閣支持率が低いことから予想できたように、自民党は議席を276から261に落としました。しかも自民党の獲得議席数は、2012年の政権奪還から少しずつ落ちています。その意味でも、自民党は少しずつ国民の意識とずれ始めているといえるでしょう。
 しかも、野党の選挙協力による小選挙区の候補者一本化によって、多くの小選挙区では激戦となりました。早くから自民党の優勢が伝えられた2017年の総選挙とは異なり、最後まで結果は見えない状態でした。事実、甘利明幹事長や、石原派の領袖である石原伸晃氏など、数々の重鎮が小選挙区で落選しました。責任をとって甘利氏は幹事長を辞任しました。安倍政権時代の問題が様々に現れた選挙といえるでしょう。やはりこれまでの自民党への強い不満が国民の間にあることが見て取れます。やはり、新型コロナで我慢を強いられている国民には、不安と不満がマグマのようにたまっているというべきでしょう。
 そして、このような不満の向かったもう一つの先が、 野党第1党の立憲民主党でした。

議席を選挙前から10議席も減らした上に、小沢一郎氏、辻元清美氏といった大物議員が小選挙区で落選しています。まずは、今回の選挙が、自民・立憲民主という第1党、第2党で議席を滅らした点に注目した方がよいでしょう。国会審議の中核にあって、本来、政治のあり方に責任を負うべき二つの政党に対する批判があったということが言えます。
 とはいえ、立憲民主党の場合は、共産党との選挙協力を評価しない有権者がいたことも議席を減らした理由の1つではあるでしょう。確かに小選挙区では、自民党候補と多くの議席で競り合いましたが、思うほど議席は伸びませんでした。しかも、比例区では、自民党が前回よりも伸びたのに、立憲民主党は国民民主党などと合併する前の段階であった前回の総選挙と比べて得票数が伸びていません。党のイメージがあまり国民に受け入れられていないことは明らかです。

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 特に選挙中、枝野代表は政権交代の可能性を主張し、その際に政権奪還後は、共産党が閣外協力すると踏み込んで発言しました。選挙前の立憲民主党が、かつての20 0 9年の民主党のように公約を練り上げたとは言えず、政権担当能力を磨くことをあまり真剣に考えているようには見えませんでした。立憲民主党の公約にあった安保法制の転換や、消費税減税などは、外交・経済政策の基軸を大転換することですが、その道筋もなく支持を集めようとするような今回の選挙での姿勢は、責任政党にふさわしい公約とは言えません。とはいいながら、新型コロナにより、昨年安倍首相が退陣し、一年で菅首相も退陣に追い込まれることによって自民党の感染症対策に問題が多いことが明らかになりました。では、自民党に代わるべきはずの第2党である立憲民主党の政権担当能力はどうかということで、国民の視線はこれまで以上に厳しくなってきたと言うことが言えるでしょう。
 突然の与党の敵失で有利になったかに見えたとは言え、それまではとても安倍政権にかないそうにない弱小な野党であったため、政策立案を怠っていたようにみえ、そのつけが効いてきたと言えます。また、野党間選挙協力をするならば、勝利した場合どのような連立政権を作り、どのような政策に着手し、何を目指すのかという具体的な戦略を公表しなければなりません。立憲民主党が振るわなかった結果に終わったのは、戦略が不足した選挙協力と、実現の見込みのない公約によるところが大きいと言えます。自公政権が転換期に入り始めた今、野党第一党の立憲民主党はようやく、政権交代の受け皿となるような政党へと脱皮するための準備をする段階に入ったということではないでしょうか。

 また与党では公明党が微増であり、野党では改革を旗印とする日本維新の会が議席を四倍に伸ばしました。自民にも立憲民主党にも飽き足らない有権者の票を集めたものと言えます。とはいえ、具体的に維新の会が何をするのかとなると、まだ未知数です。憲法改正に維新の会は積極的ですが、公明党はむしろ消極的・限定的です。二つの間に立って岸田内閣はどう動くのかが、これから問われてきます。
 とはいえ、当面政権は、通常国会での予算審議に備えなければなりません。与野党ともにバラマキの傾向が強かった公約をどうそろえて、将来にツケを回すことなく財政を連営するのかは、かなり難しい舵取りとなります。また、岸田内閣は、独自の経済政策として「新しい資本主義実現会議」を立ち上げて、世界的にも転換を迫られている資本主義のあり方について検討し直すと宣言しています。とはいえ、来年7月には参議院選挙があり、これで敗北すると政権も責任を問われるでしょう。参議院で過半数を失えば、国会審議も極めて難しくなります。ただ、だからといって、あわてて新しい資本主義のあり方など未来に向けた政策をまとめるべきではないでしょう。今は安倍・菅政権からの転換を図るときです。新しい時代に向けて何を備えるのか、デジタル化や人口減への対応、国外では中国の安全保障上の脅威に備えつつ景気を上向かせるための施策を講じなければなりません。国民は、冷静によく見て投票したのが今回の選挙の結果です。与党の失敗は責めつつ、野党に簡単に議席を増やすほど信頼もしないで様子見というあたりでしょう。政権は、参議院選挙までそうあせって結果を出そうとして混乱するよりは、策をしっかり練り、国民各層との対話を進めるような政治こそ、今望むべきではないかと思います。決定をいたずらに加速し、国民との対話よりは官邸からのトップダウンで意思決定を進めた、安倍・菅政権が新型コロナ対策で失敗を続けたことを思い起こせば、どうやってそのような政治から転換できるかが問われます。野党もまた、政府への反対を声高に言うだけではなく、人権問題やジェンダー平等、貧困対策から外交・経済政策までを含めて、どうやって実現可能な政策を練り上げ国民との対話を進めるかがこれからは問われるでしょう。
未来に向けて時間をかけて準備しながら、コロナ対策など緊急に必要な手段を講ずるといった政治を期待したいと思います。

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