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「メルケル政権の終わりとドイツ総選挙」(視点・論点)

上智大学 教授 河﨑 健

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16年間続いたドイツのメルケル政権が終焉しようとしています。ドイツ史上初の旧東ドイツ出身の女性首相として国内外の注目を集めてきたメルケルですが、シュレーダー前首相の構造改革の効果で、任期中に好況が継続したことも長期政権を可能にした理由でありましょう。

とはいえ首相としての舵取りは決して楽ではなかったはずです。女性・東ドイツ出身・中道寄りということで男性中心の保守政党キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)内でつねに少数派であったこと、そのCDUの弱体化で左派社会民主党(SPD)との連立をつねに余儀なくされたことで、中道志向にならざるをえませんでした。しかし最低賃金制導入、脱原発政策への再転換、保育施設の増設など、成否はともかくその中道志向の政策は国民の評価につながり、ライバルSPDの伸長を抑えて安定政権の継続に寄与したのも事実です。
 半面、党の保守支持層の不満を呼び、反移民政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の台頭を許したことがメルケル政権終焉の一因になりました。2015年のシリア難民大量受け入れで国民の反難民感情が高まったことが首相の人気に影を落とす契機になったのですが、当初はドイツ社会が首相の寛容策を称賛したように、受け入れの決断は世論の動向を敏感に察知したメルケル一流の判断であったともいえます。
 外交面では、EUの舵取り役であったことが特筆されます。メルケル以前の首相も欧州統合に尽力してきましたが、右肩上がりの統合推進に集中できました。メルケルには統合の発展が鈍化し、欧州政治が内政と密接につながる時代の切り盛りが求められたのです。しかしここでも英仏間の予算をめぐる対立、ユーロ危機、ウクライナ危機、難民問題そしてコロナ対策での拠出金問題などで欧州諸国間の調整役として力を発揮しました。
また中国やトルコでの権威主義国家の台頭、米国トランプ政権にみられるポピュリズム勢力の躍進に対抗して、法と秩序の重要性を訴えてきたことも記憶されるところです。

引退するメルケルの後任を決める連邦議会選挙が9月26日に実施されました。メルケルのCDU/CSUが敗北し、連立パートナーであったSPDが僅差で第一党になっております。

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しかしSPDの得票率は25.7%、12年前のメルケル第一次政権終了時とほぼ同じ得票率です。一方、敗北したCDU/CSUは24.1%。合わせて約50%です。ドイツではこの2つの政党が二大政党として長く政権の中枢を担ってきました。しかし両党合わせた得票率は次第に低下し、今回の選挙では議席数で過半数をわずかに上回ったにすぎません。それでもSPDが第一党になったのは、中道志向のメルケル首相が退任したためでしょう。ポストメルケルの時代に右傾化する可能性の高いCDU/CSUから中道票がSPDに回帰したと思われます。

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SPDの首相候補ショルツ蔵相の人気が高まったこと、選挙戦では環境とは別に、格差問題が注目されたことも労働組合を母体とするSPDには追い風となったのかもしれません。一方メルケル人気で近年の選挙を勝ってきたCDU/CSUは、後継をめぐる党内不和が目立ち、すべての政党に票を奪われる有様でした。
 二大政党の得票減で票を伸ばしたのが、4つの小政党です。これらの4つの小政党の違いを政策面での位置づけから見てみましょう。

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御覧のグラフの横軸は、経済的自由を示す軸です。右に行くほど規制緩和の推進など市場の自由を重んじる立場です。逆に左に行くほど経済への国家の介入を重んじます。縦軸は経済以外の個人や政治的自由を測る軸です。上に行くほど個人の自由を重んじるリベラル、下に行くほど国家や歴史、あるいは階級や連帯といった集合的なものを重視する権威主義的な立場です。
 穏健化した緑の党は、都市の高学歴若年層の支持を拡大してきました。プライバシーなどの個人の自由を尊ぶ一方、左派系の政党として社会的弱者の救済や環境保護のための国家の介入を求めています。右上の自由民主党(FDP)は、個人の自由と同時に経済的自由を求める規制緩和や減税を主張する政党です。左下の左派党は、旧東ドイツの共産主義政党の後継政党で、脱党したSPD左派と合併しました。左翼政党で、格差縮小のための経済介入や労働者の連帯を主張します。最後が右下の「ドイツのための選択肢」(AfD)です。元来は市場重視の反ユーロ政党として結党されましたが、現在は反移民政党として、国家主義的なイデオロギーを強くしております。
 政策面での違いと並んで4つの小政党には自党が強みとする特定の政策分野があり、有権者からも広く認知されています。緑の党は、「環境保護」、FDPは「規制緩和」、左派党は「東ドイツ」、そしてAfDは「反移民」です。4つの小政党間の違いが明確なのに対して、二大政党は幅広い有権者層の支持獲得をめざし、メルケル政権下では長年連立を組んできたため、政策面での違いが不明瞭です。小政党の支持が拡大したことの一因といえましょう。

 今回の選挙では、個人の自由を尊ぶ緑の党と自由民主党(FDP)の2党が得票率を上げました。その理由は、第一に、長年続いた二大政党の大連立政権への批判という点です。しかしそれが左派党やAfDの躍進につながらなかったのは、第二に昨今のコロナ禍で、国民生活への国家の介入を批判する声が高まったためです。予防接種を受ける自由、街を歩く自由といった当たり前の権利が侵害されたと感じた人々が、個人の自由を尊ぶ2つの政党を支持したためでしょう。第三に、この2つの政党の中核的支持層が都市の若年層ということです。国家の介入で息苦しさを感じていた多くの若者が、若年層に人気の高い緑の党とFDPの投票に赴いたのでしょう。
 さて選挙は終わりましたが、新政権樹立には至っていません。昨今のドイツでは二大政党の弱体化もあり、過半数確保のための政党間の連立交渉が難しくなっています。

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 今回の選挙では勝利した緑の党とFDPを含む3党の連立が有力視されています。この2つの小政党は前回の選挙後もCDU/CSUとの3党連立協議を行いましたが、合意形成に失敗しております。左右の違いはありながらも共に都市の高学歴若年層を支持者とする両党の合意は容易ではありません。支持者の奪い合いにつながりかねないためです。しかし共同で政権形成を迫られる機会が増してきたことから、両党は前回の交渉失敗後、非公式の話し合いを重ねて歩み寄りを模索してきました。問題はこの2党が二大政党のどちらと連立するかです。選挙に勝ったことから世論の大勢はSPDとの3党連立を推しています。しかし右派政党FDPと左派のSPDの連立は容易ではありません。両党の間では、減税、最低賃金制度、環境規制への補助金拠出などを巡って隔たりがあります。この3党交渉が失敗した場合にはCDU/CSUと緑の党、FDPの3党合意の可能性が出てきますが、選挙で敗北したCDU/CSU首班の政権樹立に世論は批判的になるでしょう。そうなると、あるいは大統領の仲裁を経て、再び二大政党の大連立政権とならざるをえないかもしれません。国民に不評の大連立は両党とも望んでいませんが、果たしてどうなるのでしょうか。

 さて、いずれの政権ができるにせよ国内外の問題は少なくありません。中国との密接な経済関係、防衛政策での米国との不和、ロシアとのエネルギー問題などは、メルケル後の時代にも引き続く問題といえます。国内の格差対策、デジタル化推進、企業の女性幹部登用推進、脱炭素社会の実現などは新政権に残された課題といえましょう。連邦議会の総議席数が定数を大幅に上回ったことから、選挙制度改革も再びテーマになるかもしれません。
 中国との蜜月が曲がり角を迎えた現在、ドイツにとって、アジアの中心国としての日本の重要性は増してくると思われます。日独の経済関係も再び密接化しているといいます。
新政権下での日独関係の緊密化に期待したいところです。

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