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「新種の恐竜化石が教えてくれること」(視点・論点)

北海道大学総合博物館 教授 小林 快次

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 私は恐竜を専門に研究しています。特に、恐竜類から鳥類への進化過程や、アジアと北米の恐竜の進化と移動などを研究しています。今日はこれまで私たちが行ってきた研究から、日本の恐竜について分かってきたこと、また化石が伝える恐竜からのメッセージについてお話ししたいと思います。

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 私たちは、2019年に北海道むかわ町穂別地区から発見された全身骨格の化石を発見し、新種の「カムイサウルス・ジャポニクス」と命名しました。また兵庫県の淡路島で2004年に発見された化石が、今年新種であると判明し、「ヤマトサウルス」と命名しました。
「カムイサウルス」や「ヤマトサウルス」は、ともにハドロサウルス科という中生代白亜紀に北半球で繁栄した恐竜の分類です。

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 ハドロサウルス科の恐竜は、吻部(ふんぶ)に長く平たいカモのようなクチバシをもつ、白亜紀で最も成功した植物食の恐竜です。白亜紀後期の後半(カンパニアン期:約8,350万年前~7,060万年前)以降に急激に多様化し、オーストラリアとインドを除く全大陸に分布域を広げました。この高い多様性は、独特な顎(あご)や歯の構造の進化によって確立された、効率の良い口内消化に起因していると考えられています。

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 日本における白亜紀後期のハドロサウルス類は、北海道小平町(おびらちょう)、福島県いわき市・広野町(ひろのまち)、香川県さぬき市、長崎県長崎市・西海市(さいかいし)、熊本県御船町(みふねまち)、鹿児島県薩摩川内市(さつませんだいし)から部分的な化石が発見されており、2019年には北海道むかわ町からカムイサウルス・ジャポニクスがハドロサウルス科の新属新種として記載報告されました。

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これらの資料に加えて、2004年5月、姫路市在住の岸本眞五(しんご)さんが、兵庫県洲本市に分布する白亜紀末の海成堆積物である和泉層群北阿万(きたあま)層(約7,194万年前~7,169万年前)から、恐竜の下顎の一部と思われる化石を含む数点を発見しました。同じ月には兵庫県立人と自然の博物館が調査を行い、追加資料を採取しました。これらの資料は、当時、札幌医科大学と兵庫県立人と自然の博物館の研究員の共同研究により、ハドロサウルス科の中でも派生したランベオサウルス亜科であると同定され、2005年に国内外の学会で発表されました。

 その後の研究で、この恐竜がランベオサウルス亜科ではなく、新属新種の恐竜であることが判明し、今年4月にヤマトサウルスと命名しました。
ヤマトサウルスは、他のあらゆる白亜紀後期のハドロサウルス類には見られない、固有な特徴を2つ持つことが判明しました。

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下顎中央部における歯列の機能歯が一本しか無いことがある、歯の咬合(こうごう)面に「分岐稜線(ぶんきりょうせん)」と呼ばれる構造が存在しないということがあります。それに加えて、固有な特徴の組み合わせというものもありました。後方に向かって緩やかに広がる歯骨の結合面と歯骨の側面、そして大きく腹側に面した上角骨を持つこともわかりました。これらの固有な特徴と特徴の組み合わせから、新種であることが判明したわけです。

 ヤマトサウルスの学名は、「ヤマトサウルス・イザナギイ(Yamatosaurus izanagii)」といいます。

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属を表す「yamato」は、古代の日本国家を示す「倭(やまと)」を意味し、「saurus」の「sauro」は「は虫類」を意味します。そして種小名を表す「izanagi」は、日本神話に登場する男神「伊弉諾(イザナギ)」です。「国生み」によって日本国土が誕生したと言われていますが、その初めての島こそがヤマトサウルスが発見された淡路島であり、日本誕生の起源とも言えます。また淡路島から発見されたヤマトサウルスは、ハドロサウルス科の起源にも重要な役割を持っていることが研究で明らかになりました。「淡路島」と「起源」という共通するキーワードから「伊弉諾(イザナギ)の倭竜(やまとりゅう)」という意味を持つ「ヤマトサウルス・イザナギイ」と命名しました。
 ヤマトサウルスが他の恐竜とどのような関係にあるか検証するために、354個の特徴を70種の他のハドロサウルス類と比較して、進化の道筋をたどる、系統解析を行いました。その解析の結果、ヤマトサウルスは基盤的、または原始的という表現もありますけれども、なハドロサウルス科である事が判明しました。

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急激に多様化した、白亜紀後期の後半(カンパニアン期:約8,350万年前~7,060万年前)以降の派生的なハドロサウルス科、例えばカムイサウルスやニッポノサウルスなどとの最大の違いは、烏口骨(うこうこつ)と呼ばれる肩の骨の一部の上腕二頭筋の結節が未発達であるということでした。

 肩と前肢(まえあし)の進化速度を調べた結果、基盤的なハドロサウルス科において、肩と前肢の進化速度が加速するという傾向が見られました。この傾向は、ハドロサウルス科における二足歩行から四足歩行への進化を示している可能性が考えられます。先に述べた、白亜紀後期の後半にハドロサウルス科が大繁栄に成功した理由として、これまでは食に関する特徴、歯や顎の構造が注目されていましたが、私たちの研究によって、体の動きに関わる肩や前肢の進化も、大繁栄の鍵を握っているかもしれないということを提唱しました。

ハドロサウルス類の生息域の変遷過程を統計的に推定したところ、このハドロサウルス科というのは、誕生当初、北米とアジア大陸に広く分布していた事がわかりました。しかし、北米のハドロサウルス科は一度絶滅し、ハドロサウルス科の初期の進化、大繁栄はアジアで生じた可能性が、私たちの研究によって示唆されました。
 今回命名されたヤマトサウルスは、北海道むかわ町から発見されたカムイサウルスと同じ年代の地層から発見されています。

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白亜紀末の地層から基盤的なハドロサウルス科、ヤマトサウルスなどと、派生的なハドロサウルス科、カムイサウルスなどが両方が見つかるということは、アジアで初めての記録となりました。これまで基盤的なハドロサウルス類は、派生的なハドロサウルス類の進化に伴い生息地を追われて、絶滅するものと考えられていました。その唯一の例外が、当時諸島を形成していたヨーロッパで、海によって隔てられた島々に、基盤的な、そして派生的なハドロサウルス類が分かれて生息していたと思われます。ヤマトサウルスとカムイサウルスの関係も同じように、東アジア沿岸域の北部と南部で棲(す)み分けることで、ヤマトサウルスのような基盤的なハドロサウルス類は、白亜紀末期まで生き延びた可能性があったと考えられます。

 今回紹介したヤマトサウルス、そして北海道のカムイサウルスは、恐竜が絶滅する直前に棲んでいた恐竜です。
同じ時代にすんでいた恐竜に、皆さんもご存知のようなティラノサウルスやトリケラトプスがいます。これらの恐竜のように、世界を支配していた恐竜たちは、隕石の衝突によってこの地球から姿を消してしまいました。そして現在、私たちの世界からも多くの生命がいなくなっており、生命史上最悪の大量絶滅期にあるとも言われています。

 私たちも恐竜のように絶滅してしまうのでしょうか。答えは「絶滅します」。問題は、絶滅するか否かではなく、いつ絶滅するかということなのです。環境を破壊していく私たち人間。私たち人間には、恐竜にはない能力があります。「考える力」「伝える力」です。これらの能力を発揮し、私たち人間は環境問題に真剣に向き合い、少しでも絶滅する時期を先延ばしにする。そのことが重要だと思います。
 恐竜のように絶滅するのではなく、今だからこそ「絶滅」について恐竜から学び、環境問題について皆さんと一緒に考え、伝えて行きたいと思います。

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