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「バイデン新政権と米中関係」(視点・論点)

東京大学 准教授 佐橋 亮 

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 今年1月、ジョー・バイデン氏が第46代アメリカ合衆国大統領に就任しました。過去四年間、トランプ政権は国交正常化後40年にわたった中国政策の考えを根底から見直し、激化した対立は貿易戦争、技術をめぐる覇権争い、人権問題と多面的なものとなりました。中国の台頭によって、いまや世界の二つの超大国ともいえるアメリカ、中国が互いにどのように向かい合うかは、アジアの安全保障だけでなく、グローバル経済、社会にも大きな影響を与えます。果たして、バイデン新政権は中国とどう向かい合っていくのでしょうか。習近平政権の中国はどのように対応するのでしょうか。

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 バイデン大統領はこの2月、旧正月を前にして、習近平国家主席と二時間にわたって電話で会談をしています。
 会談直後に発表された米中両政府それぞれの発表文は、両国の国内事情を反映したものでした。ホワイトハウスは、バイデン大統領が、中国の不公正な経済慣行、香港や新疆ウイグル自治区における人権侵害を厳しく指摘した上で、中国の高圧的な行動が台湾を含めた地域で起きていることに深い懸念を示しました。バイデン政権は1月から、国務省報道官や、国務長官の発表という形で、台湾に関してアメリカの従来の立場が変わらず、また緊張の高まりを懸念する姿勢を一貫して示しています。たしかに、発表文は中国と結果を出すような協力をするとも触れますが、バイデン大統領や政府関係者はその後も中国問題に果敢に取り組むと語っています。背景には、中国に関して弱腰とみられれば議会や世論との関係でダメージになるとの判断があり、トランプ前政権から強硬姿勢を引き継ぐ形になっています。 
 他方で、中国政府の発表では、アメリカとの関係を修復することに前向きな姿勢が読み取れます。旧正月前の祝賀ムードもあるのでしょうが、中国の発表文には韻を踏むなどの遊び心もみられました。両国が「衝突せず、対抗しない、相互尊重し、ウィンウィンの関係」を構築することを目指すべきと、米中対立前から繰り返されてきた表現を用いながら、幅広い協力を訴えました。新たな市場開放がみられる金融分野にも触れています。バイデン政権の閣僚たちは1月から議会の公聴会で、厳しい対中認識を相次いで示してきました。しかし、そのようなアメリカ新政権の出方を受けても、中国は関係修復への期待を前面に出し、異例の長さの発表文を公表し、対話メカニズムの創設まで提案したのです。台湾、香港、新疆ウイグル自治区に関しては内政問題であり、中国の核心的利益を尊重して慎重にふるまうべきと、この点では強い姿勢をみせました。
 アメリカは強硬姿勢を、中国は関係修復への期待を示すというように両国はすれ違っていますが、それではこれから米中関係はどうなるのでしょうか。ここで鍵になるのがバイデン政権の出方です。

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まずバイデン外交を考える上で重要なことは、前政権が「アメリカ第一」のもと進めてきた外交方針や、トランプ大統領による取引重視の姿勢を否定し、国際組織や法を基盤とした国際秩序の立て直し、同盟国との関係修復を掲げていることです。
また「中間層のための外交」を標榜していますが、そこには新型コロナウイルス感染症の感染拡大で苦しむアメリカ経済の立て直しにつなげるように経済外交を進めたいという狙いがあります。
 バイデン政権は人権問題への対応を重視する方針を示すだけでなく、世界における民主主義の後退にも強い懸念を示しています。中国やロシアなどの権威主義と民主主義が対立しているという世界観が色濃く、実際に今月、国務省やミュンヘン安全保障会議でバイデン大統領はそのような演説を行っています。気候変動ではケリー元国務長官を新たに特使に任命しましたが、民主党には気候変動が安全保障に直結すると捉える向きが強いことは事実です。
 もちろんポイントは、互いに矛盾しかねないこれらの方針をどのように政策として調整していけるのかにありますが、まずはバイデン流の世界観を提示することに専念しているようです。
 これらの大方針は中国政策にどのように反映されていくのでしょうか。
バイデン政権の中国政策は、トランプ大統領のような不確実性を持たず、アメリカが主導してきた国際秩序に中国が挑戦しているとの世界観から厳しいものになると考えられます。
アジア安全保障において中国への警戒心も揺らいでいません。南シナ海を始めとしたインド太平洋において活発となる中国の行動に加え、冒頭に触れましたとおり、台湾周辺で危機が生じる可能性への指摘が増えており、政府もそれを意識した発言を行っています。

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日本やオーストラリアといった同盟国との調整に加え、それにインドを加えた四カ国での首脳会談をひらく動きもでています。さらにG-7以外にも民主主義国の結束を高める様々な枠組みが提案されています。他方で中国牽制の意味合いからもオバマ政権が重視したTPP・環太平洋パートナーシップ協定への復帰は当面難しいと言われます。
アメリカからの技術流出を防ぐ経済安全保障、また中国の科学技術の発展スピードを鈍化させようという動きも続くでしょう。情報通信サービスなどで中国製を排除する方針も、原則として続けられる見通しです。ただし、中国系市民や留学生への偏見が増長した、憎悪犯罪の増加が増えているとの報告もあり、多様性を重視する民主党として、アプローチの変化が部分的にみられるかもしれません。
世界の人権状況の悪化や民主主義の後退を中国やロシアが助長しているとの問題意識も強まっています。ただし、そこには新疆ウイグル自治区や香港だけでなく、ミャンマーやフィリピンなど多くの国が含まれます。またロシアの行動も強く批判されており、ヨーロッパとの関係修復を考慮してもそういった視点は強まるでしょう。
トランプ政権には象徴的な対中強硬政策を好む傾向がありましたが、バイデン新政権は粛々と政策対応を積み重ねると考えられます。たしかに、気候変動やさらには中国の経済慣行をめぐり、今後バイデン政権は中国と交渉を行うことも増えるでしょう。トランプ政権も貿易協議を行いましたが協議の論題はより広くなりそうです。しかし、政策方針の背景にある中国認識はトランプ政権と大差はなく、軍事、外交、科学技術、情報通信などをめぐり、対中政策の充実が図られそうです。
 中国をみますと、短期的にはアメリカとの関係を安定化させることに利益を見いだしていますが、長期的にはアメリカへの経済的な依存を解消するように動いてもいます。いまや両政府は、対立の長期化を見越して動いているようです。
 過去40年間の米中関係には、互いに対する期待が存在しました。とくにアメリカには、中国が政治改革を進め、市場化改革を行い、国際秩序にも貢献を増していくとの期待がありました。そのような期待が信頼につながってきたといえますが、それはすでに消失したといわれます。信頼のない状況を回復することは容易ではありません。
対立が過度なものとなり、危機につながったり、グローバル化を傷つけたりしないよう、歯止めを考えるべきとの声も強まっています。しかし同時に、中国政府の政策に多くの問題があるのも事実です。
国際社会が連携を深め、ルールに沿った秩序作りのなかで超大国の行動さえも抑制していく。そのような視点が求められています。

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