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「新型コロナ ストレスへの対応とこころの整え方」(視点・論点)

日本認知療法・認知行動療法学会 理事長 大野 裕

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新型コロナウイルス感染症の収束が見えない中、懸念されているのが心の健康です。そこで、今日は、私が専門にする認知行動療法の観点から、ストレスへの対処法や、こころの整え方についてお話しさせていただきます。

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新型コロナウイルスの感染拡大が始まってから、感染症に伴う生命の危機、外出自粛などに伴う人間関係の危機、休校や家庭内の虐待に伴う子どもたち、つまり次世代の危機のために多くの人がストレスを感じるようになり、メンタルヘルスパンデミックの状態が生まれました。その結果、不安やうつ、怒りなどの情動面の不調を体験したり、不眠や不摂生な食習慣、運動不足、酒やタバコの摂取量の増加などの生活習慣の乱れを体験したりしている人が増えています。
このようなストレス状況に、私たちはどう対処すれば、いいのでしょうか。

まず、理解しておいていただきたいのは、今お話ししたような気持ちや行動の変化は、自然な自己防衛的な反応だという点です。つまり、新型コロナウイルスの流行を心配するのは自然な感情です。一人で寂しいときに、人恋しい気持ちになるのも自然です。そうした感情や行動のおかげで、私たち人類は、自分たちの身を守り生き延びてきました。ですから、そうした気持ちになったり、好ましくない行動を取ったりしたときに、自分を責めるのではなく、それが自己防衛のための自然な反応だとまず受け入れること、つまり自分の気持ちに寄り添うことが大切です。
そのうえで、そうした感情が強くなりすぎたり、適切な行動が取れなくなったりしたときに、気持ちを落ち着かせ、目の前の問題に対処するようにします。
そのとき、気持ちや行動に考えが影響している、ということを意識しておくと良いでしょう。危険だと考えると、不安になります。大切なものをなくしたと考えると、落ち込みます。ひどいことをされたと考えると、腹が立ちます。現実がどうであっても、そうした考えが強くなると、気持ちの揺れは大きくなりがちです。ですから、気持ちが揺れたときには、そのときの自分の考えに目を向けて、気持ちをコントロールするようにしてください。
そうした視点から、不安、うつ、怒りの、3つの感情のコントロール法について、考えていきます。

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まず不安についてです。不安が強くなりすぎているときには、危険を過大評価して、自分の力や周りの人からの手助けを、過小評価しています。その結果、危険を避けようとする、回避行動が生まれてきます。しかし、逃げていたのでは、本当に危険かどうか判断できません。逃げてばかりだと、自信がなくなってきます。もちろん、危険な状況を避けることは大切です。しかし、それがいき過ぎると、適切に問題に対処できなくなりますので、その行動を修正していく必要があります。そのときには、可能性と確率を区別して考えることが役に立ちます。新型コロナウイルス感染症は、誰でも感染する可能性があります。しかし、感染する可能性があるということと、その確率が高いということとは別です。私たちが生活する中で、完全に安全ということはありえません。ですから、感染する可能性が否定できない場合でも、その確率が低い行動を取ることができれば、不安を感じながらも、自分らしい生活を送ることができます。

次に、うつについてお話します。
親しい人たちに自由に会えないときや、何かに失敗したときに、落ち込んで閉じこもりがちになるのは自然なことです。だからといって、自分の世界に閉じこもってばかりいると、ますます気持ちが沈み込んできます。

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そうしたときには、感染対策に十分配慮しながら、楽しいことややりがいのある活動を、増やしていくようにしてください。新型コロナ感染症が終息しない状況が続くと、絶望的になって、前に向かう気力がなくなってきます。しかし、歴史的に見てパンデミックが永遠に続いたことはありません。新型コロナウイルス感染症でも、第1波、第2波と、みんなで工夫して乗り越えてきました。今は大変でも、感染が落ち着けば、再チャレンジすることは可能です。そうした可能性にも目を向けながら、自分が今できることを、少しずつやっていくようにしましょう。
そのときには、問題は問題として認識しながら、自分が期待する新しい現実に向けて、工夫していくようにしてください。それもいっぺんに解決しようとするのではなく、目の前のものから一つ一つ問題に取り組んでいくようにすると、前に向かって進んでいけるようになります。

次に怒りですが、自分の行動が邪魔されたとか、否定されたと考えたときに、怒りが生まれてきます。

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ただ、この怒りはエネルギーにもなります。腹が立って負けるものかと考えるから頑張れる、ということも少なくありません。
ただ、怒りにまかせて行動すると、トラブルになる可能性があるので、注意が必要です。そうならないためには、自分の声の調子や体の反応などから、怒りに早く気づくようにします。そのとき、怒りにまかせてすぐに反応するのではなく、一呼吸置いてから対応するようにすることも大切です。サーフィンのように、怒りの波をうまくやり過ごしてから、穏やかに、しかしきちんと自分の気持ちや考えを、相手に伝えるように工夫してください。

ここまで、不安やうつ、怒りへの対処策について、お話ししてきました。そこで次に、ストレスのために起こる生活習慣の乱れについて、考えていきます。
私たちは、ストレスを感じると、甘いものを食べすぎたり、お酒やタバコの量が増えたりしがちになります。

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そうした変化に気づいたときには、好ましくないその行動を取ろうしたそのときに、気分転換につながるような、他の健康的な行動を取るように、工夫してください。
新型コロナウイルス感染が心配で不眠がちになった方も、少なくないと思います。こうした危機的な状況で緊張して眠れなくなるのは、自然な反応です。睡眠に関しては、翌日疲れがいくらかでもとれていれば良い、くらいに考えてください。そうした中で眠れるようになるためには、夕食後、できるだけリラックスするようにしてください。睡眠のリズムを取るためには、就寝時間ではなく、朝起きる時間を一定にして、起きたら太陽光を浴びるようにします。日中だるさが残っているときには、昼食後に15分前後、座ったまま昼寝をすると良いでしょう。目を閉じてゆっくりするだけでも、疲れはとれます。

ここまで、コロナ禍でのストレス対処策について話してきましたが、最後に、もう一つ大事なことをお話しさせていただきます。
それは、私たちは誰もが、ストレス状況を切り抜ける心の回復力、レジリエンスを持っている、ということです。

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そうしたこころの力を引き出すためには、自分がこれまで困った状況に陥ったときに、どのように対処したのかを思い出してみると良いでしょう。そのときに自分がとった方策を振り返ると、今のストレス状況に対処するヒントが見つかります。そのとき、自分の長所に目を向けることも大事です。私たちは、良い結果になると「運が良かった」とか「たまたまだ」とか、外に理由を見つけ、良くない結果になると「自分が悪かった」と自分の責任にして自分を責めてしまうことがあります。しかし、それでは辛くなるばかりです。良い結果になったのは、自分が工夫したからでもあるということを忘れないようにしてください。
今回の、新型コロナウイルス感染症でも、多くの方が大変な体験をしていますが、みんなで工夫し、努力して、ここまで危機的状況を乗り越えてきました。こうした前向きな面も意識するようにしましょう。この体験は、きっと、今後の私たちの新しい生活で役に立ちます。
そのためにも、辛くなったときには、一人で悩みを抱えずに、信頼できる人に話したり、自治体などの相談機関や医療機関に相談したりするようにしてください。

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