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「新型コロナ危機下の米中対立激化とASEAN諸国」(視点・論点)

神奈川大学 教授 大庭 三枝

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 新型コロナの流行や米中対立の激化で地域秩序が動揺するなか、日本にとってASEAN諸国との連携強化がこれまで以上に重要な課題となっています。菅(すが)総理大臣が、総理大臣としての初めての外遊先にベトナムとインドネシアを選んだことは、その表れです。
本日は、新型コロナ危機下の米中対立激化とASEAN諸国の関係や課題についてお話しします。

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新型コロナの影響は、ASEAN諸国にも大きな試練をもたらしています。インドネシアとフィリピンでの感染拡大は収まっておらず、一度感染が収まったとみられたマレーシアやミャンマーでは感染者数が拡大しており、先行きが懸念されます。また、貿易や投資、ヒトの移動の遮断による経済の停滞、それを補填するための多大な財政出動による財政状況の悪化などによってASEAN各国政府や社会に多大な負荷がかかっています。飲食業や旅行業などのサービス産業への影響も深刻です。

 そしてこの新型コロナ危機下で米中対立がいっそう激化し、米中両国それぞれから東南アジアへの関与が強まりました。新型コロナ対策に関して、中国からはマスクや防護服、検査キットなどの医療支援、また医療エキスパートの派遣といったいわゆる「マスク外交」の展開が見られ、アメリカからも公衆衛生に関する能力向上支援や人道支援が行われました。

さらにASEAN諸国にとって重要な南シナ海の平和と安定を巡っても、米中の対立は顕著になってきています。

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今年4月にはパラセル諸島周辺海域で、ベトナム漁船が中国海警局の船に体当たりを受け沈没するという事件が起きました。また同じ4月下旬には、中国政府が、すでに2012年に設置していた行政区である海南省三沙市(さんさし)の下に「西沙区(せいさく)」と「南沙区(なんさく)」を設置すると発表しました。さらに7月初旬には、パラセル諸島付近で、また8月には南シナ海北西部における大規模軍事演習も敢行しました。
こうした中国の姿勢に対してアメリカは警戒感を強め、南シナ海問題への関与を深めています。4月から南シナ海で航行の自由作戦を再開し、7月に南シナ海に原子力空母二隻を派遣、軍事演習を実施しました。さらに7月中旬、アメリカ・ポンペイオ国務長官は、南シナ海での中国の海洋進出を違法とし「世界は中国が南シナ海を自らの海洋帝国として扱うのを認めない」として、それまでこの海域の領有権問題に対して中立を維持してきたアメリカの立場を大きく転換します。引き続いてアメリカは英海軍と日本の海上自衛隊とともに、南シナ海から米領グアム周辺海域での合同訓練を実施しました。

こうした対立の激化によって、ASEAN諸国は米中に引き裂かれる、あるいは中国の圧倒的な影響力に飲み込まれる、という議論があります。しかしながら、ことはそれほど単純ではありません。こうした見方に共通するのは、米中といった大国のみならず、ASEAN諸国も地域情勢を動かす主体である、という認識の欠如です。

確かに、中国との経済的関係が一層増大していくことは、すでにASEANのどの国にとって避けられない現実です。しかしながら、彼らは、中国への過度な経済的依存の危険性やそれを回避する必要性を十分に認識しています。そして南シナ海への中国のあからさまな権益拡大に対しても反発を示し、その動きをけん制しようとしています。今年6月、フィリピンのロレンザーナ国防相は、自国が実効支配しているスプラトリー諸島の一角にあるパグアサ(Pag-Asa)における船着場の完成式典に参加した際、滑走路を含む他の施設の建設も計画されていることに言及しました。またインドネシアは、ナトゥナ諸島海域における中国の進出を警戒し、5月に中国が主張する九段線(きゅうだんせん)には根拠がない旨を国連本部に送付し、7月下旬には、南シナ海南部において軍事演習を実施しました。さらに、これまでASEAN首脳会議等の主要な場において、南シナ海における状況に対する「懸念」や、国際法の遵守等による秩序維持、というASEANの立場が繰り返し表明されてきました。

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また、今年9月のASEAN関連諸会議で、一般的には中国寄りと言われているカンボジアが「国際法に基づく平和的解決」を求め、ラオスも「平和・協力の海にすべき」と発言しました。また、現在中国とASEANとの間で進められている南シナ海行動規範(COC)策定協議において、中国側からは様々な要求が突きつけられていますが、ASEAN諸国側はそれに対して抵抗しています。

こうしたASEAN諸国にとって、アメリカが南シナ海問題はじめ東南アジアへの一定の関与をしていることは、中国の影響力拡大を相対化する上で重要です。しかしASEAN諸国がアメリカの対中姿勢の強硬化を、もろ手を挙げて歓迎していると考えるのは早計です。

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例えばフィリピン・ドゥテルテ大統領は、7月末の施政方針演説において「米中いずれとも対じするつもりはない」という立場を強調しました。また、前述の今年9月のASEAN関連諸会議において、議長国ベトナムのミン副首相兼外相は、「ASEANは大国の対立には巻き込まれたくない」と明言しました。

すなわち、新型コロナ危機下で米中それぞれが東南アジアへの関与を強化しようとするなかでも、ASEAN諸国は特定の大国との関係のみを選択せず、すべての域外大国との関係を友好に維持しつつ、どの国からも得られるものは得る、という彼らの伝統的なバランス外交を維持しようとしています。米中対立の激化は彼らに「選択」を迫ることでもあり、好ましいことではありません。よってこれまでもASEAN諸国は、対立を深める米中それぞれに自制を求めてきましたが、事態はより厳しくなっています。
しかしながら、米中がこの地域への関与を強め、ASEAN諸国を自国に引き寄せようとする動きを明確にすればするほど、ASEAN諸国がそれに対してどう動くか、が米中それぞれの戦略の成果を直接左右します。よって、皮肉なことにASEAN諸国の動向が米中対立の帰すうに与える影響は大きくなっている、ともいえます。
そしてASEANのもとで団結し、地域協力をより一層進め、統合を強化することが、米中のなかで自らの自立性を失わないための手段として、彼らにとっていっそう重要度を増しています。これまでASEANが域外国を巻き込んで構築してきた東アジアサミット(EAS)やASEAN+3、ASEAN地域フォーラム(ARF)などの広域地域制度を、関係各国の意見交換や情報共有、協議や協力の場として最大限活用することも彼らの戦略です。そしてASEAN諸国にとって日本との連携強化は、米中の影響力を相対化するという観点から重要視されつつあります。

今まさに、日本とASEAN諸国は、1977年に発出された福田ドクトリンでうたわれたように、「対等なパートナーシップ」を新たな時代背景の下で再構築するべき時にきています。近年すすめられてきた、日ASEAN間の海洋安全保障協力は、安定的な海洋秩序の構築と維持という責務を、ASEAN諸国自身が担う能力を強化する、という観点から今後一層取り組む必要があります。また、新型コロナ下での社会や生活の変化によってASEAN諸国でもデジタルトランスフォーメーション(DX)の急速な進展が見込まれますが、日本は、日ASEAN企業の連携によるDXプロジェクトへの支援事業をスタートしたばかりです。これらの例に見られるように、今後、日本とASEANとの協力や連携は、地域の安全保障環境の安定化を図りつつ、民間の力をも活用し今進展しつつある社会全体の急速な変化に乗りながら、それに伴う課題に共に対応していく、ということを目指すべきでしょう。

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