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「ポストコロナ これからの都市のあり方」(視点・論点)

建築家 隈 研吾

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きょうは、これから都市と建築がどっちの方向に向かっていくのか、コロナという未曽有のディザスターの後でどちらに向かっていくのかということをお話ししたいと思います。

今までの人類の都市や建築を振り返ってみますと、私は、一つの流れに向かってずっと流れてきたと思います。それは、「箱」の中に人間を詰め込むという流れです。「箱」の中に人間を詰め込むことが効率的だ、人間の幸せにつながるんだ、という考え方で、その「箱」というのは、わかりやすくいえば、建築のことです。
その行きついた先がどこかといいますと、20世紀の超高層の都市です。ニューヨークが超高層の都市のモデルを20世紀の最初に確立して、世界中がそれをまねして、いまだにそのモデルは世界中で反復されているわけですが、この大きな流れに対して、コロナという疫病が大転換をもたらすのではないかというふうに私は考えております。

もう少し細かく振り返ってみますと、実は疫病というのは、都市の歴史、建築の歴史に、古代から影響を与えてきました。実際、古代ローマでも、疫病がきっかけになって、道路をより大きくしよう、幅を広くしよう、あるいは建築をよりしっかりしたものにしよう。そういうふうなことがおこなわれてきたわけです。
その後、疫病で有名なのは14世紀のヨーロッパを襲ったペストですけれども、このペストでも、問題にされたのは道が狭くて不潔だ、これをもっと広くしなければいけないのではないか、建築がごちゃごちゃして汚い、これをもっと大きく立派なものにしなければいけないんじゃないか、といった点です。そういうことを受けて、14世紀の後にルネサンスという建築、都市のある種の革命がおこったわけです。
ルネサンスの建築はそれまでの中世の建築に比べるとより大きな「箱」です。道路も、ごちゃごちゃした中世の道に比べて、整然として大きな道路、そういうふうな計画がルネサンスから始まります。
その後にも何回かそういう、いわゆるディザスター、大惨事で建築、都市は変わってきました。有名なのは1755年のポルトガルのリスボン大地震。

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これはリスボンの街が大地震におそわれたあと、津波でやられ、何万人も亡くなったのです。この大地震の後、リスボンのようなレンガと木でできた町はもう弱くてダメなんじゃないかということで、近代的な大きな「箱」の建築、ルネサンスで始まったその流れがリスボンで加速されて、ヨーロッパで広まっていった。リスボンの大地震は近代と名のつく産業ですとか政治をもたらした大転換といわれているのですが、実は近代建築の初めもリスボン大地震といわれています。
その後に起きたのは、1871年のアメリカのシカゴ大火、大火事ですね。

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これがアメリカの都市を変えたといわれています。その大火事で、それまでの木とレンガのシカゴがかなり燃えてしまったものですから、その後、アメリカの建築技術は、コンクリート・鉄で立派なものを作ろうということになります。要するにコンクリート・鉄の箱の技術ですね。これが一気にシカゴ大火のあと花開きます。その技術が1871年の後、19世紀の末、進化いたしまして、20世紀の超高層ビルが可能になった。
それまでは実はアメリカよりヨーロッパのほうが建築の技術は上だった。でも、シカゴの大火をきっかけにして、アメリカの建築の技術が一気にヨーロッパを抜き去って、最終的にニューヨークの超高層ビルに代表される新しい大箱の都市が誕生するわけです。
そういう歴史上の大惨事、疫病と比較したとき、今回のコロナは実は全く逆の方向に、人類をもっていこうとしているのではないか、もっていかなければいけないのではないかと私は感じております。
いままでの流れは、「箱」に閉じ込めるという流れなのですね。それが効率的だった、幸せだった、ということなのですけれど、実は「箱」の中にいることはかえって危ないし、むしろストレスばかりを高めて、非効率で、人間にとって不幸せをもたらしているのではないか、ということを今回のコロナでみんなが感じたわけです。そして実際のところIT技術は、すでに「箱」の外でも、効率性を可能にしていたのです。
ではどうやって「箱」から外に出たらいいか、どうやって「箱」の集合体である都市から出たらいいか、都市から逃げ出したらいいか、ということが、これから我々に問われています。
「箱」への流れは人工化への流れです。自然を離れて人工的な「箱」の中に入れば入る程、幸せだということです。ところが、これからの我々はどうやったら自然と一体化できるか、ということを考えなければいけないわけです。そのために建築は大きく変わると思います。「箱」の中で空調する、石油をばんばん焚いて空調するという時代ではなくて、「箱」の外で快適な環境が作れないかを考えればいいのです。

そのヒントは実は日本の古い建築の中にたくさんあります。日本の古い建築は密閉しない、ひさしで影を作り、雨を防ぐ、という作り方をしていましたから、この作り方は「箱」と「箱」の中の区別が曖昧であった。そういうふうな住まい方を日本人はやってきたわけです。この住まい方にもう一回我々は戻れるんじゃないか。それは都市についても同じです。日本の都市というのは実は村の集合体でした。日本全国にいろんな村があった。一極に集中するというよりは、いろんな村の文化があった。それぞれの村はそれぞれの村の近くにある自然と一体になって暮らしていました。
例えば、里山という言葉があります。日本の村は里山の資源で建物を建て、里山から得たエネルギー、薪ですね、それでお湯を沸かし料理を作っていた。そのように里山と村の生活は一体だった。これもポストコロナの都市の大きなヒントになります。われわれは里山を昔と違ってより効率的に使うことができる。ならば大都市にいて、無理に大都市の中で暮らすよりは、里山の近くにいてそれから里山の資源を使いながら、そこの空気や光をうまくコントロールしながら、我々は住むことができるんじゃないか。建築物も、里山の木を使った建築をつくるということが、実は地球温暖化を防止するのに非常に役に立つということがいわれはじめています。われわれはもう一回、日本の昔の建築、都市の在り方、これからヒントを得て、それに現代の技術を加え、現代のIT技術を加えることによって、従来の都市、アメリカのニューヨークの都市、あの超高層都市とは全く違うモデルを作れるのではないか、というふうに私は感じております。

それはある種の日本型モデルと言ってもいいのではないかと思います。ニューヨーク型の超高層モデルに代わる、低層で、地元の素材を使い、木をたくさん使って風通しの良い空間を作るのが日本型モデルです。これに我々は還ってゆける、そういうことは日本の存在感をもう一回、世界の中でも強めることができると私は思っています。
建築という「箱」は近代という時代にフィットする一つのOSだったわけです。そのOSに代わる、人間の新しいOSを日本発で世界に提案することにもなると思っています。

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