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「苦境の若手芸術家たちに新たな風を」(視点・論点)

東京藝術大学長 澤 和樹

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 新型コロナウィルス感染拡大防止のため、2月末には多くの美術館、ギャラリー、劇場やコンサートホールが次々に閉鎖されました。東京藝術大学においても、卒業式、入学式も中止となり、4月7日の緊急事態宣言により授業は約1ヵ月遅れの5月11日開始とし、原則オンラインのみによる事としました。

 6月に入ってからは、卒業制作のため大学内のアトリエや工房を使わざるを得ない卒業年次の学生や、音楽学部の演奏試験を目前に控えた学生などを優先的に、徐々に対面による実技レッスンを開始しました。

 また、企業の協力も得て、楽器や声楽演奏の際の飛沫を可視化して、演奏やレッスンの際の感染リスクを避けるためにどれくらいの距離が必要か、また、演奏者同士、あるいは教師と学生の間の透明アクリル板設置の有効性を検証するなど、感染防止対策を徹底しながら、対面によるレッスン、あるいは室内楽やオーケストラ授業再開への試行錯誤を続けています。

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 ヴァイオリニストである私自身も、今年、結成30周年を迎えた澤クヮルテットによる記念演奏会をはじめ、国内外の演奏会、夏の音楽講習会など、9月末まではほぼすべて中止または延期となりました。

 こうした緊急事態の中で、感染リスクにさらされながらも昼夜を問わず奮闘されている医療・福祉従事者や、世の中を支えるいわゆるエッセンシャルワーカーの方々へのメッセージとして「Life.」という動画を配信し、演奏を通じて感謝とエールを送りました。その一部をご覧ください。

【VTR】

 世界に目を向けると、日本やアジア圏に比較して、感染者や死亡者が多いヨーロッパや北米各国では、より強制力の強い都市封鎖(ロックダウン)を行う国がほとんどで、美術館・博物館の閉鎖、コンサートやオペラは軒並み中止となり、芸術家や音楽家は活躍の場を奪われました。
 しかし例えばドイツでは、メルケル首相が3月16日に国民に発出したメッセージを通じて、また、グリュッタース文化大臣は「アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要」とさえ述べ、フリーランスの芸術家や、文化芸術施設への援助、文化芸術にかかわる事業者への保障など、総額600億ユーロ(日本円で約7兆5000億円)もの支援をいち早く打ち出しました。

 音楽や芸術による産業が、国家財政の極めて大きな部分を占めることもあり、文化芸術への支援や、音楽会・イベント等再開への政府や国民の理解が格別であるように感じられます。

 日本でも、博物館、美術館は6月以降、入場者を時間予約制にするなど、密集を避ける形で徐々に再開し、音楽会も6月半ばから、客席の2分の1以下の聴衆、演奏者同士の距離を保つ、休憩時間の換気の徹底など様々な対策を講じながら再開されて来ていますが、主催者も演奏者も、大きな喜びを感じる反面、客席の半数以下のお客様では、演奏会を開くたびに赤字が増えるという現実があり、極めて厳しい状況が続いています。

 最近になってようやく、観客が声を出すことがほとんどないクラシック音楽や歌舞伎が、収容定員100%での公演が可能となりましたが、器楽とは違い、飛沫感染のリスクが大きいといわれる声楽や合唱を伴う演奏会、また、演者同士の濃厚接触を避けることが困難なオペラなどはさらに深刻で、東京藝大でも、合唱やオペラの授業再開にはもう少し時間がかかりそうです。

 現役学生たちは授業の受講だけでなく、キャンパスに自由に立ち入れないことによって、アトリエやホールを利用することがままならず、自らの制作や演奏に大きな支障をきたしています。また、卒業生も、勤務先の休業や表現活動の制限によって、甚大な影響を受けています。

 先ほどのドイツの例とは比較できませんが、わが国でもフリーランスのアーティストを含む個人事業主を対象とした持続化給付金や、文化庁を中心に、文化芸術活動への緊急総合支援ということで、第2次補正予算で500億円規模の支援が打ち出されましたが、これらはすでに芸術家としてキャリアを確立している人たちへの支援であり、学生や、これから実績を作ろうとしている若手芸術家にとっては、実績を構築する活躍の場そのものが奪われているのが現状です。

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 そこで、東京藝大では、6月に「若手芸術家支援基金」を新たに立ち上げ、大学の自己資金に加え、クラウドファンディングによる募金を行いました。7月末日までの52日間で900名を超える方々から総額3700万円余りの寄付金が集まりました。これらをもとに、困窮している学生や卒業生の「今の苦しい状況を救う」とともに、コロナ禍の中での、「新しい芸術表現」を支援してまいります。
 現在、少しずつ演奏会や展覧会が再開されているものの、入場制限があり、チケット収益だけでは、赤字になってしまいます。また、感染防止のための様々な対策にかかる費用、またオンラインでの配信のための機材や、システムを構築するのにかかる費用の支援なども含まれます。

 歴史的に見ても奈良時代の天然痘大流行の後の天平文化、あるいは中世のペスト大流行の後にルネッサンスが花開いたように、パンデミックの後こそ芸術が必要とされます。
その時まで、根を絶やさないためにも今こそ若手芸術家への支援が必要なのです。

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