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「戦後75年の節目に 歴史の教訓とこれからの国家戦略」(視点・論点)

同志社大学 特別客員教授 兼原 信克

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今年、21世紀に生まれた子供たちが、成人式を迎えました。300万人の同胞が犠牲となった戦争の思い出も、遠くに去りつつあります。この節目の年に、戦前の日本を振り返りながら、同時に、21世紀の日本はどう進むべきかということに、思いを馳せてみたいと思います。

 日本が世界に目を開いた19世紀の後半、欧米の国々では、産業革命が軌道に乗り、近代的な国民国家が登場し、民主主義が根を下ろし、国力が飛躍的に向上し、同時に、頻繁な戦争が続いていました。
その一方で、アジアやアフリカの国々のほとんどは、欧米諸国によって植民地に貶められました。
「弱肉強食」と言われた当時の国際社会は、一方で繁栄する欧米社会と、もう一方でその植民地となったアジア、アフリカの国々が、天上と地上のように分れていました。インドのムガル帝国は、イギリスの植民地となり、大清帝国も、オスマン帝国も衰退していました。欧米諸国では、人種差別や植民地支配は当然のことと考えられていました。アジア人、アフリカ人には、同じ人間としての尊厳は認められていませんでした。
日本だけが、非欧州文明圏からただ独り、産業を興し、国民軍を整備し、近代的な国民国家に変貌し、民主主義制度を導入していきました。日本の成功は、「欧米の国々の収奪的な国際秩序は長続きしない」という希望のメッセージを世界中に送りました。
大正デモクラシーは有名ですが、私は、明治の民主主義をもっと評価して良いと思います。

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明治維新の年には「万機公論に決すべし」と書かれた五か条の御誓文が出され、1889年には帝国憲法が制定され、1890年には衆議院選挙が行われ、帝国議会が開設されています。明治の日本は、肌の色、人種、民族に関係なく、近代化も、産業革命も、民主主義も、地球的な規模で広がっていくということを、身をもって証明することが出来たただ一つの国でした。

人は、皆、幸せになるために生まれてきたということ。
人は、皆、他人を幸せにする優しさを持っているということ。
自分が正しいと信じることを実現できることが本当の意味の自由であること。
そして、政治権力は、国民の幸せに奉仕する手段に過ぎないこと。
こういう考え方は、言い方こそ様々でも、アジアでは古くから親しまれてきた考え方です。啓蒙思想と呼ばれる西欧の政治哲学も、アジアの王道思想も、普遍的なところで繋がっています。いつか世界は、欧米の宗主国とアジア、アフリカの植民地と言う二階建ての構造から、全ての人間の尊厳が尊重される、一つのフラットな世界に生まれ変わらなければなりませんでした。日本はその魁(さきがけ)になるはずでした。

残念なことに、戦前の日本は、大きく道を誤りました。

特に、致命的だったのは、「統帥権の独立」という憲法論の下で、軍部が暴走したことです。満州事変は、政治家も、外交官も、そして天皇陛下も、誰も知らなかった関東軍の謀略でした。そのまま日本は、日中戦争、太平洋戦争へと、ずるずると亡国の道を進んでいきます。このとき、「国民も熱狂していたではないか」というのは、無責任な議論だと思います。戦争になれば、国民が団結して自分の国を応援するのは当たり前です。亡国の責任は、その国民を指導できなかった政府と軍部にあります。
この過ちを繰り返さないためには、21世紀の日本は、真のシビリアンコントロールを根付かせねばなりません。健全な政治と軍事の関係を、国家の最高レベルにおいて、しっかりと築き上げねばなりません。今の日本には国民を守るために命を懸ける25万人の精鋭の自衛官がいます。平時の段階から、外交と軍事が、政府の最高レベルで調整されていなければ、いざという時に、総理大臣が自衛隊を手足のように動かすことは出来ません。
戦後70年経って、ようやく、総理官邸に国家安全保障会議(NSC)が立ち上がりました。中国の台頭で、アジアの戦略環境はますます厳しくなっています。戦後民主主義が成熟した今こそ、日本は、シビリアンコントロールを自家薬籠中の物にしなければならないと思います。

それでは、21世紀の日本の国家戦略はどういうものでしょうか。第二次世界大戦後、わずか20年足らずで、ほとんどのアジア、アフリカの国々が独立を果たしました。根強く残る人種差別も、ガンジーやキング牧師やマンデラの活躍で、制度としては消滅しました。20世紀の末には、ソ連を中心とした共産圏が崩壊して、東欧諸国が民主化しました。また、同じ頃、アジアでは、開発独裁体制の下で経済発展を遂げた多くの国々が民主化しました。フィリピン、韓国、インドネシア、タイ、マレーシアなどです。台湾もそうです。
地球上の全ての人が生まれながらにして自由で、平等で、自分の幸せを実現する権利を認められている国際秩序。
自由な貿易を通じて豊かさが広がっていく世界経済。
日本人が、明治以来、夢に見てきた理想の国際秩序が、21世紀になって、その姿をくっきりと見せるようになりました。
その国際秩序は、今日、「自由主義的な国際秩序」と呼ばれています。

アジアで最古の民主主義国家であり、中国に次ぐ経済規模を誇り、自らがけん引して自由で豊かなアジアを築き上げてきた日本は、この自由主義的国際秩序を守り、育てていく責任があります。そのためには、次の三つの努力が必要です。いずれも日本の国益であり、同時に、21世紀の日本の世界史的な使命だと思います。
第一に、日米同盟をしっかり維持して、地域の戦略的安定を支えることです。中国の成長は著しく、まるで「ジャックと豆の木」に出てくる豆の木のようです。中国の対外的拡張傾向は、南シナ海、尖閣諸島、中印国境などで、明確になってきました。中国は、その力をもって、アジアに独自の影響圏を築きたいと考えているようです。中国は、最早、日本一国の手に余ります。西側諸国が団結することが必要です。日米欧の経済規模はまだ世界の半分以上を占めます。中国の関与は可能です。特に、アジアにある日米同盟がしっかりして、中国と戦略的均衡を保つことが、地域の平和を保つ前提条件です。
第二に、自由貿易体制を維持することです。日本は、今日、輸出国家から世界を相手にする投資国家へと生まれ変わりました。地球的規模で市場経済システムが機能することが日本の国益です。
21世紀に入り、日本は初めて自らリーダーシップを取って、CPTPPや日EU経済連携協定を締結し、巨大な自由貿易圏を創出しました。海洋立国、貿易立国、そして投資立国という世界戦略を打ち立てる時が来ています。
ここにも中国問題があります。中国は、最先端技術をどんどん取り入れながら、「軍民融合」を推し進めています。中国への技術流出規制問題や、情報通信分野を中心に米中技術覇権争いが表面化してきました。「安保は同盟、経済は中立」という都合の良い選択肢はありません。日本でも安全保障と市場経済のバランス感覚が問われる時代になっています。
最後に、明治以来、日本が磨き上げてきたアジアの民主主義の伝搬です。韓国も、台湾も、東南アジアも、今日、自分たちの民主主義にとても高い誇りを持っています。彼らを取りまとめて「自由で開かれたインド太平洋地域」を実現するために、リーダーシップを取らねばなりません。
日本が、「アジアの連帯」を実現し、世界史を牽引する時代が来ているのだと思います。それは、中国を関与する最大の武器になります。中国に対する最良の働きかけは、「自由社会こそが人々を幸福にできる」ということの証明だからです。

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