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「SNS中傷対策と表現の自由」(視点・論点)

京都大学 教授 曽我部 真裕

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 ソーシャルネットワーキングサービス、いわゆるSNS上での誹謗中傷対策のあり方に改めて関心が集まっています。そのきっかけは、今年5月、リアリティ番組に出演していた女子プロレスラーの方が、SNS上で激しい誹謗中傷を受けた挙句、亡くなるという痛ましい出来事でした。ただ、この事件の前にもSNS上での誹謗中傷に苦しんでいる被害者は多くおり、この問題は新しいものではありません。実際、この15年ほどの間に、各種のSNSが普及し、情報の拡散力が飛躍的に高まりました。それによって、例えば、セクハラや性被害といったこれまで十分知られていなかった問題が広く社会に周知され、政策にも影響を与えるなど、歓迎すべき変化も生じた一方で、ヘイトスピーチやフェイクニュースなどと並び、個人に対する誹謗中傷の被害も深刻化しているのです。

さて、今回の出来事をきっかけに、官民で具体的な取組が進み始めています。政府においては、総務省や法務省で検討が進められています。まず、総務省の研究会から、7月15日に、プロバイダ責任制限法に基づく、誹謗中傷者の身元情報の開示手続――これを発信者情報開示手続といいます――の改革に関する中間とりまとめ(案)が出されました。また、8月3日には、総務省の別の研究会から、SNS事業者等に対してより一層の自主的な取組を促す緊急提言案も出されています。並行して、SNS事業者の団体が設立されるなど、事業者側の取組も始められています。
これらのうち、発信者情報開示手続の改革案の内容についてはのちに改めて触れますが、まずは、SNSでの誹謗中傷に対する主な対策について簡単にお話します。

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 SNS上で誹謗中傷を受けた場合、まず、被害者は、利用規約等に基づき、SNSの運営事業者に対してその投稿の削除を求めることができます。また、悪質な場合にはアカウントそのものが停止されることもあります。
また、これは法的な手段ではありませんが、ミュートやブロックといったSNS上に用意された機能を使って被害者が自衛することも一定程度は可能です。こうした機能を使うことで、誹謗中傷投稿が自分の目には触れなくなりますが、他のユーザーは見ることができるので、効果としては限定的です。実際、匿名投稿による誹謗中傷の被害者は、誰が加害者なのか分からないために疑心暗鬼になって、日常生活にも支障をきたすようなことがあり、誹謗中傷が直接目に触れないことが有効な対策になるとは限りません。
 執拗に中傷してくる者がいるような場合、個々の投稿の削除請求にとどまらず、いわば加害の根本を断つためにも発信者の法的な責任を問いたいと思う場合もあるでしょう。その場合、まずは発信者の身元を突き止める必要があります。SNSでの情報発信の多くは匿名で行われますが、実は、多くの場合は身元の調査は可能です。

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そのために用いられるのが、さきほども触れた、プロバイダ責任制限法4条の定める発信者情報開示手続になります。
プロバイダ責任制限法は、その投稿によって「権利が侵害されたことが明らかであるとき」には、SNS事業者やインターネット接続プロバイダは、自社の保有している発信者情報を被害者に開示しなければならないとしています。被害者は、この手続によって発信者の住所や氏名といった情報を入手し、損害賠償請求訴訟を提起するなどの措置をとることができるわけです。

ただ、この手続には課題もあります。

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第1に、複数回の開示請求をしなければならないことです。
つまり、誹謗中傷の投稿が行われたSNSを運営する事業者は、発信者の住所や氏名の正確な情報を保有しているわけではありません。したがって、SNS事業者に開示請求をしても、得られる情報は、誹謗中傷の投稿がどのプロバイダ経由で投稿されたのか等が分かるIPアドレスと呼ばれる情報や、投稿日時の分かるタイムスタンプという情報などにとどまります。被害者は、こうした情報を基に、今度は、インターネット接続プロバイダに開示請求をすることによって、ようやく住所や氏名といった情報を入手することができるわけです。このように複数回の開示請求を、しかも、多くの場合は裁判手続によって行わなければなりません。なお、開示請求に時間がかかった場合などに、プロバイダが通信記録を消去してしまっていれば、開示請求はいわば空振りに終わりますので、通信記録の保存のあり方も課題となります。
第2に、「権利が侵害されたことが明らかであるとき」という判断が意外と難しいということです。「明らか」かどうかの判断は簡単だろうと思われそうですが、発信者の立場からすれば、発信者情報が開示されることで匿名表現の自由を奪われることになるため、慎重な判断が求められます。
その結果、先程見たように裁判で争われることが多くなります。
第3に、現在利用されている主なSNSには、海外事業者が運営するものが多いのですが、海外事業者に対して裁判手続を通じて発信者情報開示請求をする場合、国内事業者を相手取る場合と比べて非常に時間がかかってしまうのが実情です。

これらの問題のいくつかを解決しようとするものが、冒頭で述べた総務省の研究会の提案です。

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発信者を特定するための負担を緩和するために、SNS事業者に対して発信者の電話番号やログイン時情報の開示を求めることができるようにしたり、複数の裁判手続を経る必要をなくすための新たな裁判手続を検討したりといったものです。また、あわせて、海外のSNSを相手とする裁判手続に要する時間の短縮や、通信履歴の保全手続のあり方の検討、裁判外での発信者情報開示の促進といった点も挙げられています。
 ただ、それによって匿名表現の自由が犠牲になってはいけません。独裁国家での政府批判を考えれば明らかですが、現代の日本社会でも、官公庁や企業での不正を内部告発的に明らかにするような場合を考えれば、匿名表現を認めなければ本人に不利益が及び、社会で共有されなければならないような情報が公表されないことが多くあることが理解されるでしょう。
 発信者情報開示請求が認められるためには、「権利が侵害されたことが明らか」であることが必要だとされているのは、このような匿名表現の自由の重要性があるからです。総務省の研究会でも、「現在の要件を緩和することについては極めて慎重に検討する必要がある」とされているところです。

 この匿名表現の自由の問題のほか、正当な批判と不当な誹謗中傷の線引の問題も重要です。一見すると人を貶めているような投稿であっても、公共性があり、事実に裏付けのあるようなものについては、正当な批判として認めなければなりません。正当な批判と不当な誹謗中傷の線引を行うには、かなり慎重な考慮が必要です。

要するに、SNS上の誹謗中傷対策においては、単に被害者保護を強化すればよいというものではなく、同時に、表現の自由とのバランスを十分に考える必要があります。そのため、いかに批判の対象となった本人が負担に思おうとも、正当な批判であるために削除請求や法的責任の追及ができない投稿も存在します。その場合には、本人の側でミュート等を行ったり、カウンセリング等を受けて精神的負担を軽減するといった自衛策をとるほかないこともあるでしょう。そこで、こうした自衛のための情報提供や相談などのサポートが必要です。
 また、削除や法的責任に値する投稿であっても、こうした投稿が殺到していわゆる炎上状態になってしまえば、そのすべてを削除させたり、法的責任を問うことは実際上困難です。その意味で、ここまで述べてきた諸対策にはどうしても限界があります。
 そこで、他の方法も含めて総合的な対策を行う必要性があることになりますが、結局、最も重要なのはSNS利用者のリテラシーでしょう。軽い気持ちで行った投稿が、広く拡散されたり、あるいは他の利用者からも同様の投稿が多数なされ、他人に対して大変な苦しみを与えることになります、こうしたことに思いを巡らし、また、場合によっては身元が開示されて責任が問われることがあることを理解し、SNSで投稿や拡散をする際にはよく注意をする必要があります。
 また、SNS事業者においては、利用者に対して注意事項をわかりやすく周知する取り組みが求められます。また、誹謗中傷の投稿をしたり拡散したりしないように投稿前に再考を促す仕組みを取り入れるなど、テクノロジー面で利用者のリテラシーを補助するような取り組みも求められます。さらに、先程も述べた自衛のためのサポートも含め、被害者を支援するための官民の取り組みも必要でしょう。

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