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「デジタル化社会の現状と課題 ~データ活用とプライバシー保護の両立のために~」(視点・論点)

東京大学 教授 宍戸 常寿  

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みなさん、こんにちは。
今日は、デジタル化社会の現状と課題について、私が研究している憲法の観点から、お話したいと思います。

この数ヶ月の間、新型コロナウィルス感染症の拡大により、私たちの社会は大きく変化しました。その特徴の一つとして、デジタル化の急速な進展が挙げられます。

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インターネットを利用した在宅勤務や学校の授業などで、情報通信技術(ICT)をより身近に感じた方も、多いのではないでしょうか。
また、IT企業が政府や自治体に協力したり、政府が、スマートフォン用の接触確認アプリであるCOCOAの利用を呼びかけたりする等、感染症対策にICTを活用する動きも,進んでいます。
他方で、こうした取り組みには、データの収集・利用に関わるプライバシーの懸念があります。データがどのように政策に反映されているのか、わかりにくいところもあります。また、ICTを理解して使う能力の違いによって様々な格差が生じたり、誤った情報により不当な人権侵害が起きたりしないかといった問題もあります。
 
そこで、デジタル化社会が健全な方向に向かうためにはどうすべきなのか、みなさんと一緒に考えたいと思います。

それでは、デジタル化社会の特徴を挙げてみましょう。
私たちは、物理的な空間で、移動したり食事したりすると同時に、メールやSNSで情報をやりとりしています。こうしたサイバー空間と物理的な空間の融合は、今後いっそう進展すると考えられています。

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物理的な空間での私たちの行動が、様々な端末を通じてデータ化され、ネットワークを通じて送信されてビッグデータとなり、人工知能(AI)によって解析される。そのAIの判断が、自動走行車やドローン、ロボット等を作動させる。こうした、デジタル化の恩恵が拡大する社会のイメージは、”Society5.0”と呼ばれています。新型コロナウィルス感染症の拡大で私たちが体験した変化は、まさに“Society5.0”の姿を示しつつあります。
そして、このような新しい社会の鍵となるのがデータです。質の高いデータを扱いやすい形式でそろえ、多く集めることができれば、より正確な分析が可能になります。たとえば政府は、感染症拡大防止のために、携帯電話事業者や検索サービス事業者の統計データを活用して、エリアごとに人々の密集度を詳しく把握したり、感染の疑いのある人の多いエリアを推測したりして、対策を講じてきました。
このように、デジタル化社会には、一人ひとりに合った、便利なサービスが受けられたり、困難な問題への対応を可能にする、優れた側面があることは確かです。しかし、同時に、プライバシー侵害をはじめとする、様々な問題点があることも、見逃すことはできません。

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企業や政府が集めるデータの中には、個人に関するものが多く含まれます。そして、氏名などの項目を一つ一つのデータから削除しても、加工されたデータを大量に集め、別の企業のデータと一緒に分析すれば、個人を特定したり、その人の行動や思想を明らかにできたりする場合もあります。
さらに、個人データの漏洩や、本来の目的とは違う使い方によって、プライバシーが侵害されるおそれもあります。たとえ公衆衛生という立派な名目のためでも、深く考えずに、そうした濫用を可能にするシステムを作ってしまうと、私たちがいつも監視されて自由な行動ができなくなってしまう危険があり、さらには行動が制限されていることに気づかなくなる可能性すら、指摘されています。

ここまで、デジタル化社会の鍵となる、データ利活用の光と影の両面について、お話ししてきました。それでは、私たちはどうすればよいのでしょうか。
私は、プライバシーなどに配慮しないまま、一面的にデータ利活用のメリットを強調することも、逆に、リスクを過大視して利活用を諦めるということも、ともに極端な考えではないかと思います。むしろ、プライバシーを適正に保護しながらデータ利活用を進めること、そのために、企業や行政機関等が適切なガバナンス体制を構築すること、そして利活用に対する社会的信頼を獲得するために、必要な規律を日本全体で実現することが、重要であると考えています。

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例えば、個人データの取扱いについては、現在、民間企業を対象とする個人情報保護法のほか、国の行政機関を対象とする法律、独立行政法人や国立大学法人を対象とする法律があります。地方自治体ごとに個人情報保護条例も定められています。これらの法令は、個人情報の定義や取扱いの制限などが様々に異なっているために、個人データの提供や利活用が妨げられていると指摘されています。
新型コロナウィルス感染症に即して言えば、住民の健康情報を管理する地方自治体と、民間企業、大学、国が、データを共有して分析し、地域ごとに連携して、キメ細やかな対策を実施することが考えられます。そうした取り組みを円滑に進めるためには、法令をできる限り統一し、データが共有されてもプライバシーが実効的に確保されるよう、規制の内容を見直す必要があります。
この点で重要なのが、個人情報保護委員会の役割です。現在のところ、民間企業と比べると、行政機関等には、委員会の監視・監督の権限が、ほとんど及ばないようになっています。いわばアクセルとブレーキのように、私たちの権利利益を守るために、行政機関や地方自治体に対する委員会の権限を認めることが、民間と政府、国と地方公共団体の間で、安心してデータ共有を進めるためにも不可欠だと、私は考えています。

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次に、行政機関や、個人データを高度に利活用する企業には、データガバナンス体制の構築が求められます。法令遵守は当然として、あらかじめ利活用によるプライバシー侵害や差別等のリスクを分析し、メリットに照らしてみてリスクが過大である場合には、データの利活用を停めるという勇気をもつべきです。利活用を進める場合でも、リスクを抑えるために、不必要なデータは収集しない、利用目的を具体的に限定する、また、プライバシーに関する責任者の役割を強化したり、外部の有識者や消費者から定期的に助言を受けたりする等の、自己規律が必要になります。
さらに、国民や利用者に対して、どのような哲学に立って、どの範囲でデータを利用し、誰と共有するのか、わかりやすく説明して理解を得るとともに、問い合わせや本人の苦情を受け付ける手続きを設けることも、重要です。
こうした取り組みが十分でないと、たとえ法令違反を起こしていなくても、プライバシーや差別に対する国民や利用者の不安を払拭できず、正確なデータを集めることすら、困難になります。例えば接触確認アプリは、スマートフォンのOS事業者の協力により、もともとプライバシーに配慮した仕組みにはなっています。しかし、その普及を進め、感染症対策の効果を高めるためには、政府は、保健所の情報を管理するシステムとの連携を適切にチェックするガバナンス体制を構築する等して、運用の透明性を高める必要があるでしょう。

今後の日本社会では、人口減少や少子高齢化が進むとともに、大規模な災害に襲われることも予想されます。従来の社会運営の方法のままでは、インフラや行政サービスの維持が、困難になるかもしれません。しかし、デジタル化によって効率的に資源を活用しながら、私たちの健康や安全、基本的人権を守り、一人ひとりが個人として尊重される公正な社会を作ることも、可能であるはずです。
そのためには、データ利活用かプライバシーかという二項対立で思考停止するのではなく、利活用のメリットとリスクを適正に判断するガバナンスの体制を、それぞれの組織が構築して、利用者や国民の信頼を得ることが必要です。また、新型コロナウィルス感染症の収束には時間がかかると予想される中、公衆衛生の実現に真に必要な範囲でデータを共有・活用するためにこそ、プライバシーに配慮した法的規制と、それを担保する監督の仕組みの整備を急ぐべきです。
何よりも、私たち一人ひとりがこうしたデジタル化社会の現状と課題を正しく認識し、関心を持ち続けることが必要だと思います。
そのきっかけに、今日の私の話がなれば、幸いです。ご静聴、ありがとうございました。

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