NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「香港危機 世界秩序の大きな転換」(視点・論点)

立教大学 教授 倉田 徹  

s200715_0.jpg

6月30日、中国は「香港国家安全維持法(国安法)」を成立させました。これによって、香港では猛烈な勢いで言論が萎縮している一方、日本や欧米諸国は「国安法」に強く反発しています。
 中国はなぜ「国安法」の制定を急いだのか、「国安法」は香港をどう変えるのか。そして、「国安法」がもたらした国際問題はどう展開するのかを考えたいと思います。

北京の意図
 中国政府による「国安法」制定の過程は非常に迅速でした。中国政府が初めて「国安法」制定を公に発表したのは5月21日、そして同法が成立し、公布と同時に施行されたのは6月30日で、発表からわずか一月あまりでの成立でした。
 これほど急いで「国安法」を制定した中国政府の狙いはどこにあったのか。今回の動きは一見すると突然のものに見えましたが、「国家の安全」は中国政府の香港政策の最大の課題であり、その問題の解決は長年の悲願とも言えます。
 1984年、中国とイギリスは1997年の香港返還に合意しました。中国政府は香港を経済都市と捉え、「一国二制度」で香港の資本主義経済の仕組みを保障すれば、香港の繁栄と安定を維持できると考えました。しかし、実際には、香港をめぐって複雑化したのは政治問題でした。1989年には北京で天安門事件が発生しましたが、この時香港市民は大規模デモを繰り返し、学生運動を支援しました。この事件をきっかけに、香港には民主派勢力が出現しました。香港の民主派は、返還後の香港で自由を守るために、民主主義で共産党政権に対抗しようとしました。
 他方、共産党と国家が一体化している中国では、政権の崩壊は国家の安全に直結します。北京での大規模な学生運動に直面した共産党政権は、欧米的価値観に基づく民主化要求を「国家の安全」への最大の脅威と見るようになりました。香港の民主派も、北京の目から見れば、欧米と結託して中国を倒そうとする勢力と映っていたのです。
 香港返還後、「一国二制度」の下で民主派の活動も続けられましたが、返還後の香港では抗議活動が繰り返され、2003年には「50万人デモ」で、当時審議されていた「国家安全条例」を廃案に追い込み、2012年には若者のデモでいわゆる「愛国教育」の必修化を食い止めました。これらは中国政府にとって、極めて不愉快な出来事でありました。
 中でも去年の巨大デモは、中国政府にとって深刻な問題をもたらしました。抗議活動は長期にわたって続き、行動もエスカレートしていきました。

s200715_009.jpg

政府は強硬に対応しましたが、11月24日の区議会議員選挙では民主派が大勝利を収め、その3日後の27日にはアメリカの「香港人権・民主主義法」が成立しました。民主派はさらに、今年9月の香港の議会である立法会議員選挙での過半数獲得を目指しています。民主派が過半数を得れば、政府予算を否決するなどの方法により、行政長官を辞職に追い込むことも可能になります。これは北京から見れば、アメリカと結託した「革命」です。抗議活動を食い止め、民主派勢力を抑制することは、中国政府にとって「国家の安全」を守るための緊急の最優先事項でした。

自由の危機
 したがって、「国安法」には、明らかに去年の抗議活動を念頭においたと見られる条文が多数あります。例えば、「国家政権転覆罪」には、政権機関の職務を行う場所を攻撃・破壊することが含まれます。これは立法会の占拠や政府機関の包囲といった行為を指すものでしょう。また、交通機関の破壊は「テロ活動罪」とされています。

s200715_010.jpg

道路上の信号機や地下鉄の駅を破壊した抗議活動はここに含まれるでしょう。
 一方、こうした規定が具体的であるのに対し、どこまでが罪に問われるかという基準には曖昧さが多く残ります。とりわけ言論活動が罪に問われるかどうかが不明瞭です。例えば「国家分裂罪」では、国家を分裂させる行為は武力行使の有無にかかわらず罪に問うとしていますが、香港独立の主張を口にしたり、ネットに書き込んだりするだけでも罪に問われるかどうかは明記されていません。また、政府に対する憎悪をかき立てることも罪とされていますが、この規定を厳格に運用すれば、政府批判すら有罪となることが懸念されています。
 有罪・無罪はいずれ裁判で判断されることですが、それを前に香港では言論統制が進んでいます。7月1日の最初の「国安法」違反容疑での逮捕者は、「香港独立」と書かれた旗を所持していたことが理由とされました。

s200715_011.jpg

政府は「香港を取り戻せ、革命の時代だ(光復香港、時代革命)」という、去年の抗議活動で最も多用されたスローガンに、香港独立の含意があるとの声明を出しました。一部の親中派の政界人は、警察を批判することも問題視します。どこまで罪になるかが分からないという状況を前に、香港社会では自主規制が進んでいます。民主派団体が解散したり、民主派支持の店がスローガンを店から撤去したり、図書館から民主派の著作の一部が消えたりと、香港では言論の自由が急速に萎縮しています。

新たな危機
 こうした香港の沈黙は、中国政府のねらい通りの展開でしょう。しかし、口封じによって本当に「国家の安全」が実現したかについては、予断を許しません。香港では新たな抵抗も始まっています。スローガンが禁じられる中、白い紙を掲げて街頭に立つ抗議活動も現れました。今まで目に見えていた抵抗運動は不可視化され、政府は今後見えない脅威と戦い続けなければなりません。
 7月11日から12日にかけて、民主派は立法会議員選挙の予備選挙を実施しました。これは、当選者を増やすために、候補者を事前の人気投票で決めるという趣旨の民間イベントです。しかし、政府はこれが「国家政権転覆罪」にあたる可能性があると批判しました。それでも、結果的に主催者側発表で61万人以上が投票に参加しました。弾圧は却って抵抗を強める可能性もあります。
 そして、「国安法」は欧米諸国や日本などの民主主義国家から強く批判されています。中でもアメリカはすでに中国政府関係者へのビザ規制などの制裁を開始し、今後状況次第では、香港と中国の経済により大きな打撃を与える手段をとるかもしれません。香港問題は「米中新冷戦」の大きな焦点に浮上しました。
 この事態は香港の危機に止まらない、世界秩序の歴史的転換の危機になり得ると私は考えています。「一国二制度」は、社会主義の中国がイデオロギーを棚上げにして、資本主義の世界と経済的につながるという妥協の産物です。同様に、中国の「改革開放」も、社会主義国家が市場経済をとりいれ、世界に門戸を開くという意味を持ちます。しかし、中国政府がこれほどまでに国際社会の批判を軽視し、イデオロギー色を強めるとなれば、「一国二制度」はもちろんのこと、「改革」も「開放」も、先行きは危ぶまれます。日本や西側諸国の中国との関係は、全てこの40年以上続いてきた「改革開放」を大前提としています。中国がイデオロギーを後回しにして世界に対して開かれてゆくという土台なしには、あらゆる面での中国との交流が成り立たなくなってしまいます。
 アメリカも過去40年以上にわたり、中国との関係強化により中国をより開かれた体制に導く政策を基調としてきました。しかし、今やアメリカは中国を封じ込める政策に大きく舵を切りました。香港問題をめぐって両国が対立したのは、そうしたアメリカの政策転換の反映でもあります。
 この事態に日本はどう向き合うのか。米中の狭間に立つ日本にとって、問題は決して他人事ではありません。新しい状況に対応する賢い外交が、日本には必要です。

キーワード

関連記事