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「演劇のともしびは消さない」(視点・論点)

公益社団法人 日本劇団協議会 理事 井上 麻矢  

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作家であり、戯作家でもあった私の父井上ひさしは 理想とする演劇活動をするために劇団こまつ座を立ち上げました。私は丁度10年前、父から劇団を引き継ぎ、代表をしております。又現在は日本劇団協議会で理事として、主に演劇の啓発事業の推進担当の理事をしております。
世界中に感染が広がり、人々の命、暮らし、そして経済活動にも大きな影響を与えています。きょうは、新型コロナウイルス感染症が、文化活動、特に私も携わっております演劇の世界にどのような打撃を与えているかについてお話をさせて頂きたいと思います。

一口に演劇と言っても商業演劇や劇団、小劇場と様々な上演形態があります。
そして現在も、自粛緩和になり、演劇を含む様々な文化的な催しも少しずつ始まりつつありますが、一度離れてしまった観劇への機会がいきなり元のように戻ることはなく「新しい生活様式」という名のもとにそれぞれリスタートを余儀なくされていることは皆さんもご存知の通りです。演劇界も政府のガイドラインだけでは網羅出来ない切実な状況が続いています。
そこで演劇界はいち早く、独自のガイドラインの検討に入りました。なんとか幕をあけるために独自に演劇緊急支援プロジェクトを立ち上げるなどして、じかに現場の声を政府に訴えて参りました。
しかしながら日本は各国に比べての芸術文化に対する支援はなかなか進んでいません。芸術文化が生活のために必要不可欠であるという考え自体が傲慢であるかのように、誰かが発信すれば批判の対象となってしまう事も多々起こりました。

公演をする経費だけでなく、中止になった場合、いつ再開できるのか見通しが立たないのはすべての経済活動において懸念されることではありますが、演劇も同じように人の手を借りないと出来ない生ものであり、演者の皆さん、裏で舞台を支えるスタッフの生活も大変です。

どんなに文明が進み機械化が進んでも「生」でしか伝えられないものが芸術文化だと思いますが、今その劇場が、演劇が、大きな先の見えない中にどっぶりと浸かっているように思います。
現状として政府のガイドライン、国の管轄にある劇場や主催者が演劇をする場合のガイドラインがありますが、実際のところこれだけでは民間の演劇には対応できないものが多く適していません。このガイドラインに則れば、どんどん経済的にひっ迫し、上演すればするほどに赤字計上されてしまうという事態が起きてしまいます。

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これは、沖縄の宜野座村文化センターがらまんホールのフェイスブックに載ったものです。ホールの関係者によって発信されました。政府のガイドラインに従ってソーシャルディスタンスを保って公演をした場合、「定員の15%なのに<満席>」と問いかけたこの発信には「思わず笑ってしまったが、ちょっと笑えない未来」との意見が寄せられたとのことです。
おそらくこういう笑えない劇場の未来、そして演劇の未来が初めて可視化されたように思います。あるいは国が定めたガイドラインで公演を行うことはほとんど不可能であることが可視化されたと言ってもいいかもしれません。

一度消えかけた灯を再度灯していくために、先行きが見えていません。
人口の密集が著しい都市部では特にそうですが、今は日本各地の劇場でも感染者多い所からの移動公演についても規制がどこまで緩和されていくのかを見守りつつ、東京からやってくる公演を心待ちにしていてくれていながらも感染者の多いところから人が行き来することはとても心配だという現実も無視できません。文化の灯を消さない前に「生活をしていく」という事までが危ぶまれています。

今現在は「観客定員の半分以下」という規制が私たちに重くのしかかっています。

例えば私どもの劇団に置き換えて説明させて頂きますと、今年は1月からすでに公演しておりました。新型コロナウイルスの影響が色濃くなっていった3月5日から、ものすごいスピードでウイルスが蔓延していきました。今日話したことはすでに明日には遅いという程の速さです。政府からは自主的な自粛要請があり、各公演主催者は苦渋の選択を迫られました。当時はまだこのような事態へのガイドラインも特になかったので、政府の意向通り大型のイベント自粛という形に則り話を進める必要がありました。

当時は1000人規模の劇場が対象でしたので私どもはその規模ではなかったことがあり、まだ上演も可能だったのですが、東京公演だけでなく地方のホール、そして日本の演劇活動を地方から支えて下さっている演劇鑑賞会という非営利の文化団体への皆さんの上演もできなくなる危機感はどんどん膨れていきました。
東京公演の5ステージだけを中止しましたが、実施した公演では私たちが考えていた以上に大勢のお客様に来て頂きました。この後、4月に控えていた公演はすべて中止に至ります。特に全国的に感染状況も深刻になっていったためです。皆さんもご周知の通り、ステイホームを余儀なくされた私たちはどこにも出かけることができませんでした。街全体に人がいないという状況での公演は成立せず、もちろん街が死んでしまったように活気がない中で劇場だけが元気であるという事はあり得ません。

 それから2ヶ月はコロナ感染を強く意識しながら、演劇の灯火は消さないという強い思いだけで、私達は次の公演に向けての稽古を重ねてきました。

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「劇場は夢を見る懐かしいふるさと。その夢の真実を考えるところ」と書いた父の言葉を反芻しながらの必死の日々が続きました。
稽古場での感染を徹底的に防ぐ努力をしてきました。演者、そしてスタッフもまさに命がけで対応をしています。各現場で独自にガイドラインを作成し、それをチェックしながらの稽古も当たり前となりました。
公演自体も「密」を避けるため、お客様の人数を定員の半数以下に減らして実施しなければならず、経営的には大変厳しい状況です。収入面ではまったく悲観的ではあるにせよ「観劇するという」今まで当たり前であったことを一刻も早く再開し、その経験を力にしていくことを第一歩として進み、それを重ねているところです。
 そして この7月、念願の公演再開にこぎつけました。

過去2000年も前から劇場はウイルスや戦争で封鎖されてきた歴史があります。それでも演劇は消えなかった。そのことを励みとして今後も続けていくために、国からの支援を期待しつつ、演劇関連団体の努力は日々続きます。
劇団を引き継いで10年、
井上ひさしはかつて私どもこまつ座のパンフレットの中でこう記しました。

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「記憶せよ、抗議せよ、そして生き延びよ」
これは1980年にイギリスの歴史学者のエドワードトムソンの言った「抗議せよ、そして生き延びよ」という言葉に井上ひさしが「記憶せよ」と付け加えたものです。
芸術文化はまさにこの記憶せよ、の一文に於いて、記憶を共有する機能として社会において必要です。そして今コロナ禍の中でこそ、正気を失わないための任を背負っていると思います。

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