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「キム・ジョンウン委員長の『持久戦』戦略」(視点・論点)

元公安調査庁 調査第二部長 坂井 隆

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<はじめに>
 最近、北朝鮮は、めまぐるしい動向を示しています。6月初頭、韓国からの宣伝ビラ散布への反発を名目に激しい対韓批判を突然開始し、16日には南北共同連絡事務所を爆破するなど、対決姿勢を加速しました。
ところが、24日、韓国に対する「軍事行動計画」の保留を明らかにしたのを機に、それまでの過激な姿勢を一変させ、緊張激化を望まない意向を示すに至りました。
このような北朝鮮の行動は、一見理解しがたいものです。そこで、本日は、まず、北朝鮮の基本的な戦略について整理した上で、その中で北朝鮮の一連の動向がいかに解釈できるのかをお話ししたいと思います。

<1 北朝鮮の基本戦略:「正面突破戦」の背景と骨子>
(1)戦略策定の背景
北朝鮮は、昨年12月末、キム・ジョンウン(金正恩)委員長の強いイニシアティブの下、「正面突破戦」と称する基本戦略を策定しました。

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まず、この基本戦略が策定された背景からお話しします。北朝鮮は、1990年代、国際的な冷戦構造の崩壊を受けて弱体化の度を進め、既存体制の保全が長期的課題となりました。
そのような中、北朝鮮は核兵器開発に固執してきましたが、2018年には、「非核化」を交渉材料として対米関係の正常化を追求する政策に転じました。
しかし、周知のとおり、米朝交渉に進展はみられず、国際的な経済制裁は北朝鮮経済の足かせとなっています。
(2)戦略の骨子
このような状況下で打ち出されたのが「正面突破戦」戦略です。その骨子は、
・経済制裁解除のために国の尊厳、威信を損なうような妥協はせず、あくまでも自力によって経済建設を成し遂げる
・経済建設の成果を誇示することを通じて経済制裁の無効性を印象付け、米国の対北朝鮮政策を制裁などの締め付け策から宥和的なものに転換させる
というものであると考えられます。
つまり、「正面突破戦」とは、苦境にあっても妥協することなく、他国に依存せず自力で存立できる国造りを粘り強く進めていくという、経済建設を主軸とした「持久戦」的性格が濃厚な戦略であると言えます。

<2「正面突破戦」戦略の具体的内容と当面課題>
(1) 内政面
次に、この「正面突破戦」戦略の内容をやや具体的に紹介したいと思います。
まず内政面についてですが、そこでの鍵となるのは、原料・資源・資金などが不足する中で、それを補う経済建設の推進力をどこに求めるか、という問題です。
キム(金)委員長は、それを人々の積極的・主体的な勤労意欲の引き出しと科学技術の振興・活用を二本の柱として進めようとしているといえます。
このうち、勤労意欲引き出しのためには、愛国心、民族的自尊心を大いに刺激するとともに、「抗日パルチザン闘争」の場であったとするペクトゥ山(白頭山)地区の「革命戦跡地」をめぐる学習活動を大々的に実施するなど、様々な思想教育を展開しています。

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また、科学技術に関しては、独自の技術開発を進め、原料・資源の国産化や省エネ・リサイクルの促進などに力を注いでいます。
しかし、そのような政策展開にも、課題が存在します。それは人々の心の問題です。朝鮮労働党の機関誌「労働新聞」でも、人々の社会主義体制に対する支持・信頼の度合いの低下、公益よりも個人の利益を優先させる利己主義的傾向などが深刻な問題として指摘されています。
この背景には、北朝鮮がいうところの「資本主義の思想文化的浸透」、すなわち韓国文化への憧れなどが青年層をはじめとした社会の各層に幅広く拡散している状況が存在すると考えられます。
(2) 外交面
外交面に話を転じますと、「正面突破戦」における最大の狙いは、米国による対北朝鮮「敵視政策」の中止、さらには米朝関係正常化の実現にあるとみられます。そのような過程の中で経済制裁が緩和・解除されることを期待していることはいうまでもありません。一方、自らの「非核化」については、それら狙いの実現に必要な最低限度において実行するというのが彼らの目論見であろうと考えられます。
そして、このような狙いを実現する足掛かりとなり得るのが、トランプ大統領との第1回目の首脳会談で発表されたシンガポール合意でしょう。

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しかし、現在、米朝交渉の膠着状態は深まるばかりで、経済制裁の緩和も期待できず、韓国が北朝鮮に約束した経済協力の合意さえ米国の制約などによって実行されないという状況が生まれています。
この結果、外交面では、シンガポール合意の枠組みを破壊しない範囲でトランプ大統領を刺激・圧迫して、米国との「関係正常化」に向けた交渉を再開・促進することが課題になっていると考えられます。

<3 最近の一連動向の主な特徴と狙い>
(1)第1期:6月4日~23日
次に、冒頭に申し上げた北朝鮮の最近の動向が、以上のような基本戦略なり課題の中で、いかに位置付けられるかを見ていきたいと思います。
そのためには、まず、北朝鮮の一連の動向を、二つの時期に分けて考えることが必要と考えます。
その最初の段階と考えますのは、6月4日にキム・ヨジョン(金与正)党中央委員会第一副部長の談話が発表されて以降、23日までの期間です。この時期の動向は、国内向けという性格が濃厚であったと考えられます。韓国側の対応にかかわらず、一方的に非難をエスカレートさせ、その内容を国内に周知させることに力が注がれていました。
その狙いは、韓国に対する敵愾心をかきたて、韓国からの経済支援に対する期待を払拭することで、国内政策上の課題となっていた人々の気持ちの引締めを図り、自力による経済建設に一意専心させることにあったと考えます。そのことは、この時期、「敵はやはり敵である」とのスローガンをはじめとする対韓非難の談話、論調などを国内で大々的に報道するばかりか、国内各地で各層の人々を動員した抗議集会、デモ行進などを盛大に実施したことなどからもうかがえます。
(2) 第2期:6月24日以降
これに続く第二段階といえるのが、6月24日、「対南軍事行動計画」の保留という党中央軍事委員会予備会議の結果が報道された以降の時期です。この時期の動向は、米国ないし韓国という相手の行動を見極めつつ、対応を検討・選択しようとの姿勢が示されており、対外交渉的な性格が濃厚になったといえます。
その端的な例が、予備会議の報道で「戦争抑止力」の強化に言及したことです。北朝鮮のいう「戦争抑止力」とは、必ずしも核兵器だけではなく通常兵器も含む概念です。しかし、このような報道は、「核・ミサイル開発」の再開を示唆するものとも解釈でき、外交面での課題となっていた対米圧迫策につながり得るものであります。
逆に、それまで「労働新聞」などに多数掲載されていたビラ散布を巡る対韓非難記事は、24日以降、影を潜めています。ここからも、キャンペーンの性格が、国内志向から外交志向的なものへと大きく変容したことがうかがえます。

<結び>
以上お話ししてきたことの結論を申しますと、北朝鮮の最近の一連の行動は、その基本戦略に即した、内政・外交両面での重要課題打開のための方策であると考えられます。
北朝鮮の動向には、短期的には、緩急、硬軟を織り交ぜた予断を許さない面があります。しかし、それらに一喜一憂するのではなく、その基底にある「正面突破戦」戦略の持つ、経済建設を重視した「持久戦」的な性格も踏まえつつ、冷静にその動向を見極め、対応していくことが必要と考えます。

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