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「新型コロナウイルス 今 ニューヨークは」(視点・論点)

アルバートアインシュタイン医科大学 助教授 コルビン大塚麻衣

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 ニューヨーク州で最初の新型コロナウイルス感染者が確認されたのは、2020年3月1日のことでした。それから約1か月半、4月中旬にピークを迎えるまで、感染者数は急増しました。
 そんな中、ここニューヨークの医療現場はどのような対応をし、今はどのような状況にあるかについてお話しさせていただきます。

 2月に日本でクルーズ船での集団感染が確認されても、イタリアで多くの感染例が報告されても、ニューヨーカーは今までと何ら変わりのない生活を続け、病院内もまだ皆「対岸の火事」程度の意識しかありませんでした。

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 状況が一変したのは3月中旬になってからです。私が勤務するモンテフィオーレ病院で最初の感染者が確認されたのは3月11日。それからの1か月半は、私の想像をはるかに越える壮絶な闘いとなりました。2週間で新型コロナの入院患者数は200人以上に増え、更にその2週間後には1000人程にまで急増しました。

 ER・救命救急ではストレッチャーが何列にも所狭しと並び、様々な症状を訴える患者でごった返しました。院内でも症状が悪化し、気管支挿管され人工呼吸器に繋がれた状態の患者さんが、常に10人20人とICU・集中治療室の空きを待っていました。
 病院には4つの種類のICUがありましたが、アッと言う間に全てが新型コロナの患者で埋まりました。新たなICUを短期間でいくつも増設し、隣の小児病院の病棟の一部もICUとして使いましたが、それでも追いつきません。

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 一般病棟も足りなくなり、会議室をカーテンで仕切って病室として使いました。しかし入院できたのは重症患者だけで、軽症患者を受け入れる余裕はありませんでした。

 感染防護具も足りなくなりました。N95のマスクは1週間近く使い続けました。
人工呼吸器は20台、30台単位で何度も買い足し、何とかゼロになる事態は避けました。
 新型コロナが重症化すると腎機能不全を起こす方も多く、透析装置も足りなくなりました。実際に透析を受けられずに亡くなった患者さんもいました。普段では考えられない事態です。病床を増やせば増やすほど人手も足りなくなりました。

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 写真は集中治療室で6人のスタッフが対応しているところです。患者の体位を変換をする際、挿管が外れたり、点滴が絡まったりしないようにするために多くの人員を要しました。
 医師は外科医も麻酔科医も小児科医も皆、自分の専門に関係なく、新型コロナの患者の治療にあたりました。
 クオモニューヨーク州知事は、全国の医療従事者に向けて「ニューヨークを助けに来てください」と呼びかけました。この病院にも、ほかの州から大勢の看護師や医師がヘルプに来ました。3年前にシアトルに引っ越した集中治療の同僚も戻ってきて、3週間ほぼ休みもなく治療に当たってくれました。

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 医療従事者の感染リスクは避けられません。病院では、点滴スタンドを廊下に置き、病室の中に入ることをできるだけ減らすといった対策もとりましたが、それでも自分が感染する事で家族にうつしてしまう事を一番恐れていました。
 帰宅してすぐに着ている服は全て洗濯機に投げ込み、シャワーを浴び、爪の中まで徹底的に洗いました。それでも恐怖から子供達を抱きしめることは出来ませんでした。
集中治療医として、一人でも多くの命を救うためにできる限りのことをしようと必死でした。医師も看護師も呼吸療法士も同じ思いだったと思います。皆今まで以上の団結力をみせ、懸命に治療にあたりました。

 そんな中、多くの医療従事者が新型コロナに感染しました。アメリカの調査研究団体とイギリスのメディアによる共同調査では、アメリカ全土で新型コロナで亡くなった医療従事者の数は、約600人にものぼるとされています。
 実際に私の担当するICUでも、治療にあたっていた20代の研修医が亡くなった時は心が張り割かれる思いでした。コロラド州からボランティアとして来て、約500人の患者の搬送にあたった救急隊員の方も、この病院で亡くなられました。

 集中治療医として今まで何十人もの患者さんの最期を看取ってきました。患者さんやその家族と終末期ケアの話をすることも日常茶飯事です。でも、今回のように短期間にここまで大勢の患者さんが孤独に、家族に看取られることもなく最期を迎えるのをみたのは初めてで、自然と涙が流れる日もありました。

 そんな日々の中で、ニューヨーカーからの医療従事者へのメッセージやエールは大きな励みとなりました。幸い私の周りでは医療従事者への差別や偏見を見聞きしていませんが、そのようなニュースを目にすると辛い気持ちになりました。

 ニューヨークでは、今、ピークから約2か月が経ち、感染はやっと落ち着きを見せ、病院でも新型コロナの入院患者数は数十人にまで減りました。緊急で作られたICUは全てクローズになり、もともとあった4つのICUは、大規模な清掃をした後に、また本来の機能を取り戻し、今月からは手術室も再開しています。

 ただ病院では、新型コロナにかかって一度回復した患者さんが新たに血栓で入院するケースが出てきたり、5月に入って感染した子供の中に「川崎病」に似た症例が相次いだりと、油断はできない状態です。

 ニューヨーク市の発表では、黒人やヒスパニック系の人口あたりの死者数は、白人やアジア系の2倍に上っていて、経済、医療格差の問題も浮き彫りになっています。もともと黒人やヒスパニックの方が多い地区にあるこの病院では、特にそれを感じました。

 マンハッタンの富裕層が次々に別荘地へと避難する一方、ここでは入院時に「基礎疾患なし」とカルテに書かれていても、健康保険がなくて普段医療を受けられず、ただ診断がされていなかっただけのケースが多くありました。重度の高血圧、糖尿病がみつかったり、腎機能不全があっても、自覚がない患者さんが大勢入院してきました。

 アメリカ疾病対策センターでは、コロナが重症化しやすいリスクの一つに、重度の肥満を挙げています。糖尿病学会の学術誌には、低所得層や貧困層に肥満が多いとするリポートがあります。
 私の担当するICUでも肥満男性の死亡率が圧倒的に高く、所得格差が健康格差に直結していることを目の当たりにしました。

 一時期はゴーストタウンのようだったニューヨークも、今月になって一部の経済活動が再開され、人出も増えてきました。
メディアでは今でも social distancing(ソーシャル ディスタンシング)の方法や必要性について活発な議論が行われています。ニューヨーカーが皆マスクを着けて、2メートル間隔を開けてスーパーで列を作る光景も、最初は異様に感じましたが、今では普通の光景になりました。
 一部の地域では、メンタルヘルスの観点や一人で住む高齢の方を安全にサポートする方法として、家にこもって社会との関係を断ち切った生活を送るのではなく、
「バブル」といって、共通のルールを守る小さいグループを作り、社会性を保つ方法も模索されています。
 当分は続くであろうコロナウイルスとの共生のためには、一人ひとりがただ恐れるのではなく、知恵と工夫で社会性を保ちつつ、冷静に自分の行動に責任を持つ事が何より重要だと考えます。

 治療薬やワクチンの一日も早い実用化が待たれるところですが、残念ながら楽観できる状態にあるとは言えません。第二波に備え、検査体制の充実と感染者隔離の体制を整える事が必要だと思います。

 ニューヨークの医療従事者の一人として今回の経験を活かし、医療体制の充実の必要性を強く提言し、医療崩壊だけは絶対に避けなくてはいけないと痛感しています。

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