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「黒人暴行死事件とアメリカ大統領選挙の行方」(視点・論点)

成蹊大学 教授 西山 隆行  

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今年5月にミネソタ州ミネアポリス近郊で、黒人男性のジョージ・フロイドさんが白人警察官の不適切な拘束方法によって死亡した事件をうけて、警察による暴行への抗議と法執行機関の改革を求めるデモ行進が全米各地で繰り広げられました。警察改革を求める動きは世論の支持を得ており、大統領選挙の行方にも影響を与えるとみられています。

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抗議デモが広がりを見せた背景には、アメリカ社会における人種をめぐる分断があります。
今日は黒人暴動死事件をきっかけとして警察改革の動きが顕在化した理由と、それがアメリカ大統領選挙に及ぼす影響について考えます。

今日、アメリカの黒人の間には、刑事司法制度に対する強い不信感があります。アメリカで黒人が人口中に占める割合は約13%ですが、刑務所に収監されている人に占める割合は約3割となっています。このような高い収監率の背景に、人種的プロファイリング、すなわち、特定の人種に対する取り締まりが行われているのではないか、また、司法制度が全体として黒人に対して差別的な取り扱いを行っているのではないかという強い疑念が持たれています。

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ピュー・リサーチ・センターが2019年に実施した調査によると、「黒人と白人が公平に扱われていない」と回答した人の割合は、警察の対応については黒人の84%、白人の63%、刑事司法制度については黒人の87%、白人の61%となっています。

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また、人種的な要因によって不当に警察に止められたことがあると回答したのは、黒人全体では44%、黒人男性に至っては59%に及んでいます。
このような刑事司法制度への不信の根底・背景には、経済格差と医療の問題があります。
白人世帯の世帯年収の中央値は黒人の1.7倍となっています。白人の貧困率は8.1%ですが、黒人の貧困率は20.8%に達しています。黒人を取り巻く状況は、コロナウイルス禍の下でより厳しいものとなっています。黒人は在宅勤務が困難な低賃金の仕事についている割合が高くなっています。また、医療保険を提供していない職種についていることも多く、無保険者・低保険者の割合が高くなっていることもあり、新型コロナウイルスによる死亡率も突出して高くなっています。
それに加えて、トランプ大統領による人種差別主義的発言が、黒人のアメリカ社会に対する不満をさらに強める結果となっています。

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トランプ大統領は自らを「法と秩序」を守る大統領だとした上で、デモ行進が一部暴動化した状態を国内におけるテロ行為だと糾弾し、州知事や市長に暴力が鎮圧されるまで警察権力の圧倒的な存在感を示すよう依頼するとともに、それができない場合は自らが米軍を派遣すると発言するなどしました。トランプ氏は大統領就任以来、白人至上主義者にも良い人がいると発言したり、国歌演奏時に人種暴力に抗議して膝をついたアメフトの選手を非難したり、非白人の女性議員に対して国に帰れと発言したりするなどしていたことも、黒人の間に強い不信感を抱かせた背景にあるといえるでしょう。

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今日、アメリカ国民の74%がフロイドさん殺害に対する抗議運動を支持しています。その背景には、フロイドさんに対する暴力行為がスマートフォンで撮影され、ソーシャル・メディアを通して拡散されたことがあるといえます。非武装で無抵抗の黒人が殺害された複数の事件をきっかけに、2013年以降、黒人への暴力や差別に抵抗する「ブラック・ライブズ・マター」、黒人の命は重要だという運動が盛り上がり、刑事司法制度改革の必要性についての関心が高まっていたことが背景にあるといえるでしょう。抗議運動を支持する人の割合が共和党支持者の間でも53%に達していることは、人種間の不正義についての認識がアメリカ社会で広がっていることを示しています。

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このような背景の下、「警察予算を打ち切れ!」というスローガンを掲げる運動が展開されるようになっています。最も尖鋭な立場をとる人々は、現在の警察を解散して公共の安全を確保するための新たなシステムを構築するべきだと主張していますが、活動家の大半は、警察に対して向けられている予算の一部を、心の病やホームレス対策など、別の社会サービスに振り向けることを要求しています。
また、下院民主党は警察改革を実現するための法案を今月8日に提出しています。同法案は、背後から首を絞めたり頸動脈を絞めたりするのを禁止するとともに、過去に問題を起こしたことのある警察官のデータベースを全米規模で構築したり、違法薬物取締などに際して警察官による無断の家宅捜索を認める令状を制限しようとしています。また、警察官に対する「資格による免責」という法原則が、時に警察官による過剰な取り締まりを正当化するために用いられているとの懸念から、それを制限することも求めています。
これに対して、下院少数党院内総務である共和党のケヴィン・マッカーシー議員はツイッターで、民主党は警察予算を削減しようとしているが、共和党は警察に背を向けることは決してしないと、警察官に対して呼び掛けています。共和党は、民主党が犯罪に対して弱腰であり、反警察的バイアスを持っていると主張するなどしており、犯罪問題はにわかに二大政党が対立する争点となりました。

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では、この一連の動きは、トランプ対バイデンとなる今年の大統領選挙にどのような影響を与えるのでしょうか。今日のアメリカの政治社会の分断を受けて、トランプ大統領に対する支持も分断しています。とりわけ、新型コロナウイルス問題への対応の問題もあり、黒人の間でトランプ大統領に対する支持率は著しく低くなっていますが、この傾向はさらに強くなるといえるでしょう。
ただし、今回の事件をきっかけに民主党に有利な状況が出来上がったと判断するのも早計です。民主党大統領候補に決まったジョー・バイデンは、初の黒人大統領となったバラク・オバマを副大統領として支えたこともあり、黒人の間でバイデンに対する支持率は高いです。ですが、実は黒人活動家や人権活動家の間にはバイデンに批判的な人もいます。人種的プロファイリングが行われるようになった背景に、1990年代のビル・クリントン政権期に行われた刑事司法制度改革がありますが、当時バイデンは上院司法委員長として対犯罪戦争の旗振り役を務めた経緯があるからです。警察改革を求める声が高まるとともに、この問題が蒸し返されると、バイデンに投票したくないと考える民主党支持者が登場する可能性もあるかもしれません。とはいえ、バイデンが警察改革に積極的な立場をとりすぎると、今回の選挙で重要なカギを握ると考えられている白人労働者層の支持を失ってしまう可能性もあり、バイデンも難しい選択を迫られることになります。

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最近、バイデンが、オーランド警察署長を務めた経歴のあるフロリダ州選出下院議員で黒人女性のバル・デミングスを副大統領候補にするのではないかとの噂が流れたりする背景には、このような微妙な問題が存在するのです。
アメリカでは警察と人種的マイノリティの間で度々不幸な事件が発生していますが、この問題への抗議の動きは世界的に広がっています。以後このような問題を防ぐことができるでしょうか。また、警察改革の動きは大統領選挙にどのような影響を及ぼすでしょうか。
今後の動きに注目する必要があるといえます。

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