「新型コロナウイルス 災害対応をいかした生活支援を」(視点・論点)
2020年06月01日 (月)
弁護士 津久井 進
私たち弁護士のもとには、新型コロナウイルス感染拡大でお困りになった方々から、数多くの相談が寄せられています。
たとえば、解雇されて収入を失い、社宅を退去し住む場所がないなど、生活の危機に瀕する案件です。
私は、これまで東日本大震災などの大災害で、被災者の方々の相談を受けてきましたが、今回、それと重なるような印象があります。
だとすれば、災害時の支援策を活かせるのではないかと考えられます。
今日は、今、特に深刻さが際立つ労働者の困窮、住宅の危機、貧困世帯の教育の観点から、それぞれに「災害」時の支援策がどのように活用できるのか、お話ししたいと思います。
まず、労働者の方々が直面している問題です。
たとえば、「イベント会社の社員が解雇された」、とか、「派遣社員が派遣先の休業で給料がもらえない」など、悲鳴のような相談が寄せられています。
4月18・19日に弁護士などでつくる任意団体が「コロナ災害を乗り越える いのちとくらしを守る電話相談会」を行ったところ、約5000件にのぼる相談が殺到しました。話し中でつながらなかった分も含めると42万件ものアクセスがありました。
一人ひとりの生活者にとって仕事は死命線です。
収入が断たれ、生活困窮者が増えると、自殺者増大など命のリスクにもつながります。
政府は、個人に10万円を給付する「特別定額給付金」を決めました。しかし、1回切りのお金ですから、長期化する事態には十分対応できません。
また、雇用問題の切り札として「雇用調整助成金」に力を入れています。
これは、雇用を維持するため、きちんと休業手当を支払う企業・事業者をバックアップする助成金です。
しかし、手続きがとても複雑で、支給に時間がかかるため、利用が低迷しています。
何よりも、この制度は会社に助成金を渡す仕組みですから、会社側が申請しなかったら、労働者はどうしようもありません。
私は、こういうときこそ災害の制度を活用するべきだと思います。
大災害の時には、「みなし失業給付」という特例制度があります。
自然災害で会社が休業せざるを得なくなったとき、労働者は、会社に籍を置きつつ、失業したものとみなして失業給付金を受給できるという特例です。
この制度を使えば、解雇されることなく、ハローワークに直接お金を請求できます。
阪神・淡路大震災、西日本豪雨災害などでは、激甚法に基づくこの特例で多くの人々が救われました。
政府は、第2次補正予算案に、このみなし失業給付に代わる新制度の創設を盛り込みました。
一刻も早くスタートさせるとともに、一人でも多くの人に届く、簡易明瞭な救済制度となることを期待します。
二つ目は、住居に関する問題です。
新型コロナウイルス感染拡大で、住まいを失う危機に瀕している人々がいます。
「2か月間家賃が払えず、契約解除の話が出ている」、あるいは、「ローンが支払えず、マイホームを手放さざるを得ない」といった相談が寄せられています。
これまで「生活困窮者自立支援法」という法律に基づく「住宅確保給付金」という家賃補助制度がありました。
この制度で、原則3か月分の家賃が補助されます。
ただ、とても要件が厳しく、ほとんど使い物になりませんでした。
今回、政府が要件を大幅に緩和したところ、この制度に関する問い合わせの相談が急に増えました。
困窮の瀬戸際にいる人がたくさんいることが浮き彫りになりました。
災害制度は、住まいの問題にも活用できます。
「災害救助法」という制度があり、避難所としてホテルを使う方法や、賃貸型応急住宅、いわゆる「みなし仮設住宅」を提供する方法があります。
あるいは、被災自治体では「利子補給」といって住宅ローンの利子を補助する特例もしばしば使われます。
こうした災害制度を弾力的に使えば、ホームレスの危機や、住宅喪失の危機を救うことができます。
国連では、災害の定義のポイントを、「コミュニティまたは社会の機能の深刻な混乱」、「広範な人的、物的、経済的もしくは環境面での損失と影響」、「社会が自力で対処する能力を超える」、としています。
今回のウイルス感染拡大でも、アメリカやイタリアなど深刻なパンデミックとなっている国では、災害として位置付けています。
日本としても、支援のあり方として学ぶべき点は多く、決して対岸の火事にしてはなりません。
三つ目は、貧困世帯の子どもたちに対する学習権の保障です。
学校によってはオンライン授業が行われ、学習塾などでもWebで学習機会を提供しています。
しかし、オンライン環境が整っていない世帯もあります。
子どもの貧困問題に取り組む公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンが行った実態調査では、通信端末がない、あるいは通信費の負担ができない子どもたちが一定数いることが分かりました。
ここでも、災害救助法の「学用品の供与」の規定が活用できます。
これは、災害で学用品を失った被災者に、義務教育かどうかを問わず、支援をする仕組みです。
今回、オンライン環境が不足している世帯に、タブレットやレンタルWi-Fiを学用品として供与・貸与して、学習権を保障するという対応が急務だと思います。
最後に、もう一つ大事な問題に触れておきたいと思います。
新型コロナウイルス感染拡大の影響で二次的に命を落とされた方、いわゆる「コロナ関連死」についてです。
緊急事態宣言の下では、連日、感染者の死者数が報じられていました。しかし、その陰で危機にさらされた命がありました。
たとえば、5月中旬、原発事故で災害公営住宅に避難していた福島県浪江町(まち)の60代の男性が、孤独死していたのが発見されました。
この男性は、3月4日には電話で元気に話していましたが、福祉の見回り訪問が難しくなり、その後の異変に気付かず、今回の事態となりました。
本来受けられる医療や福祉のサービスが受けられないという点では、災害時の「災害関連死」と同じです。
どうやって「コロナ関連死」を防ぐかが重要です。
近時、鳥取県などで実施された「災害ケースマネジメント」という手法が注目されています。
この手法のポイントは5つあります。「アウトリーチによる申請主義の克服」、「一人ひとりの個別対応」、「様々な支援を組み合わせた総合的な計画」、「計画的な支援」、そして、「官・民の垣根を越えた連携」です。
ごく簡単に言うと、介護保険のケアマネジメントの災害版です。
コロナ禍によって、人と人のつながりが断たれ、社会的弱者が孤立し、生命の危機が生じています。
いま新しい生活様式が求められていますが、社会的な孤立を回復するためには、新しいコミュニティの様式も必要です。
次の課題は、人と人とのつながりの新様式と、災害ケースマネジメントの徹底活用によって、コロナ関連死に立ち向かうことです。
日本は災害大国です。災害の教訓はたくさん蓄積されています。
私たちには、その知恵や経験をフルに活かしてコロナショックに対応することが求められています。