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「今こそ 子どもたちに人権教育を」(視点・論点)

自由学園 最高学部長 渡辺 憲司 

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一昨年冬に、北海道の帯広のお菓子屋さんに入った時でした。ふと店先にあった可愛い表紙の詩集に心惹かれました。その詩集の名前は「サイロ」です。それ以来、毎月、詩集を送っていただいています。昭和35年から続き今年の5月号が、725号です。

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*本別町 宗形咲希(むなかたさき)さん、
「みんなに会いたい!!」と題した詩です。
「さびしいな なにしてるかな はやく会いたいな まだかな まだかな 
ここが教室だったら いいのにな みんなは何してるかな まだかな まだかな 
あと十回ねないといけないな 妹と遊ぶのもうあきたな
春に近づいているのに わたしの心は冬のままだな」

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*帯広市 清水悠花(ゆうか)さんの詩です。
「わくわく」
「友だちに会いたいな 体育館でおにごっこをしたいな 
図書室でいっしょに本を読みたいな マンガの話をしたいな 
学校に行ける日がわくわくするな」

子どもたちがどんなに学校の再開を心待ちにしているかを考えると胸が締め付けられるような思いです。

こんな経験は、中学高校大学と50年以上教壇に立ってきた私にとっても未曾有の経験です。子どもたちの声が響く学校は、私にとっても待ち焦がれているものです。
 
しかし、一方で何とも不安な気持ちがしてなりません。不安は、今に始まったことではありません。通常の年度でも、長い夏休みが終わる頃には不安でたまらなくなるのです。長期間休んでいた子供は新しい学期で出てきてくれるだろうか。長期休暇後、新しい生活が始まるとどうしても登校拒否や、いじめが多くなります。新しい学期の始まり、教師はその対応に追われます。

始業式の後でした。
「子供が学校が嫌だと云っているんです。カバンが泥だらけになって帰ってきたんです。泣きながらですよ」
夕方の切羽詰まったような保護者の電話に、すぐに対応できず、「後ほど電話いたします。今は元気ですか」などと答え、その後職員会議やミーティングが続き、夜の8時過ぎに何度電話しても、保護者が出ず、そのまま翌日の連絡になり、子どもがしばらく不登校になってしまったこともありました。

今年は通常年度ではありません。異常な状況が続いての学校再開です。教員は疲弊に疲弊を重ねています。新しい学習指導要領は、小学校では2020年4月に全面実施です。中学校では2021年全面実施です。その実施負担が、重く現場にのしかかっていることは確かです。

5月1日の文部科学大臣の記者会見で、強調されているのは、休校に伴う学力の遅れの指摘です。夏休み返上、土曜日授業の延長、さらに学校行事の縮小などといったことも取り上げられています。今後も学習時間の確保に、現場では懸命な努力が展開されることでしょう。

しかし、学校教育にとって、もっとも重要なことは、学力の強化ではありません。人間力の強化です。人としていかに生きるべきかを、学校という集団の中で、学ぶことです。それが後手に回るのではないか。私は不安です。

コロナの拡大によって、多くの差別偏見が生まれました。多くの人が恐れていたことが現実になりました。差別偏見は、学校現場では、いじめになります。大人たちでさえ、非常時には恐怖心が平静な心をおかし他者に攻撃的になります。まして、子供の世界にその感情が増していくことは想像に難くありません。

感染者へ、さらに医療従事者、配達関係者などへの差別も報告されています。欧米ではアジア人差別が今も続いています。ヘイトスピーチが、さらに助長されているとも聞きます。
休校中の遠隔授業は、新たな方向性を見出すものです。学校に行きたくても行けない長期入院中の子供や、集団生活についていけない子供にも新たな援助になるでしょう。遠隔授業は希望の灯です。長期化が予想されるコロナ対策の中で新たな可能性を生み出したのです。

しかし、反面、教育の不平等、貧困格差を生みだしていることも事実です。文部科学省の2019年8月の報告によれば、教育用コンピュータ1台当たりの児童生徒数は、5.4人です。
今年3月31日の記者会見で文部科学大臣は、コロナ感染拡大でパソコン整備の前倒し予算計上を提言しました。
遠隔授業は加速されましたが、道半ばです。
持つことのできる子と持つことの出来ない子との間に格差が生じています。教育伝達の方法が大きな格差を生んでいるのです。

このような時、学校現場で急がねばならないのは、人権教育です。
しかしながら、コロナ感染症拡大における人権教育の指針は後手に回っているように思えてなりません。

人権問題に詳しい九州大学名誉教授内田博文氏は、5月5日ある新聞社のインタビューで、「新型コロナウイルスを巡り、患者や医療関係者などに対する差別的な言動が相次いでいる。社会が感染症と向き合うためには、医療と同じほどに人権の視点が重要だ。」と語っています。

文部科学省は学校再開に向けて、コロナ感染症拡大に伴う人権教育への道筋をつけ、いち早い対応を考える必要があります。いまその声は聞こえてきません。
文学表現は、共感を導き、やさしい共同体を作りだすために有効な手段です。想像力を養い、やさしさを引き出す文学教育と毅然たる人権教育に、多くの時間を割くべきです。学力偏重主義の性急な動きは、人権教育、人間力の教育を遠ざけることになるのではないかと私は危惧します。

学校再開を心待ちにしている子供たちの期待を裏切らないような教育行政の準備は必須です。最後に、「サイロ」からもう一編紹介します。

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*鹿追町 中野結(ゆい)さんの「ぶきは笑顔」という詩です。
「最近、あいつは 世界中の人を困らせている 
あいつは、私の 友達との時間も楽しみな行事も うばっていく
あいつは、世界中で みんなの自由も大切な命も うばっていく
ただ、私は、負けない 限られた時間でいっぱい 思い出をつくる
あいつに、そんな私の 笑顔はぬすませない」

私たちには子供たちの笑顔を守る責任があります。
学校の使命は子供を守ることです。

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